超人トループ/第1部・第15話;夕暮れの凶行!
前回
九月十日木曜日だった。学校をサボって公園で時間を潰していた高校一年生の巣倒筋具が、柳蛇縁と名乗る男性と会ったのは。
縁は筋具を自分の屋台に招き、蛙の串焼きや【ヤシオリ】という飲料を振る舞った。そして、筋具に指環を渡した。犬の顔のような装飾が施された、白い指環を。
この指環を左手の中指に嵌めた筋具は静かに立ち上がり、何処かへと歩いていった。左右に大きく蛇行しながら。その背を見送る縁は、満足げに頷いていた。
筋具が去った後、入れ替わるように縁の屋台を訪れた者がいた。
「五之首。等活リングの代金は取ってください。こちらの世界での活動資金も必要なので」
落ち着いた声のリクルートスーツ姿の女性で、サングラスと白杖を携えている。そんな人物が、先程まで筋具が座っていた席に座った。彼女に「五之首」と呼ばれた縁は、軽く笑い飛ばす。
「固ぇこと言うなよ、二之首」
白杖の女性を、縁は二之首と呼んだ。
この二人は相柳。人間に等活リングを渡し、人間を殺すよう仕向けている存在だ。
「昨日、超人朱雀が現れて、ついに超人トループが四人揃いました」
二之首は昨夜の会合で伝達したことを、五之首こと縁に伝えた。縁こと五之首は「ふーん」と返す。
「そんでも、俺の仕事に変わりはねえだろう?」
五之首は、蛙の串焼きを乗せた皿を二之首に差し出した。
「そうですね。今まで通り、等活に相応しい人間を選んでください」
二之首は串焼きを食べ始めた。五之首は筋具が去った方を見据えて、不敵にほくそ笑んだ。
「アイツは暴れるぜ」
この数時間後、巣倒筋具は自分の母親と妹を手に掛けた。
金曜日、榎門みなみは大学の授業が三限で終わるので、放課後はコンビニのバイトを入れることが多かった。前期からこの流れが続いていたが、この流れは早くも後期の第二週で終わることになりそうだった。
(今日でバイトも終わりか…)
みなみのバイト先のコンビニは、九月十六日水曜日で閉店する予定だ。今日、九月十一日金曜日は、みなみの最終勤務日だった。
(次のバイト先は探しとらんね…)
大学からコンビニへの道を歩きながら、みなみは何度も溜息を吐いた。足取りも重い。途中、何度か右手の薬指に目を落とした。朱雀の装飾が施された、銀色の超人リングを。
(キッチンカーの残念イケメンがウチにこの指環を嵌めたの、先週のバイト帰りやったね。もう一週間か…)
短いようで長いようで。この一週間に起きたことが、みなみの脳裏を掛け巡る。決して気分良い記憶ではないので、みなみは余計に溜息を吐く。溜息を吐きながら歩いていたら、やがてコンビニに着いていた。
コンビニでの仕事内容は、今までと特に変わりなかった。基本的にはレジに配置し、店長からの指示次第で棚卸しや荷物運びもする。仕事中、他事が頭を過ることはなかった。
やがて時計の針が六時を回り、みなみはバイトを上がることになった。
「今まで、ありがとうございます」
バックヤードでみなみはエプロンを脱ぎ、店長に挨拶した。
「こっちこそ今までありがとう。本社の方針で急に移転することになって、本当にごめんね」
最初、店長は笑顔だったが、閉店の理由になると顔をしかめた。しかし、店長はすぐに表情を明るくした。
「ボーナスとしては、ヘボいけど…。賞味期限が厳しいヤツ、欲しいの持って行って良いよ」
そう言われて、みなみも少し表情が明るくなった。
「ホンマですか? そんなら、ありがたく頂きます」
二人は店舗スペースに移動した。みなみは店長から渡された大きなレジ袋に、賞味期限が今日限りの総菜パンやおにぎりを幾らか入れた。今日の夕飯と明日の朝食だ。商品を選んでいるみなみを見て、店長は呟いた。
「良かった。榎門さんが元気になって」
その言葉を聞いて、みなみは息を呑んだ。店長は微笑んでいたが、みなみは申し訳なくなった。
(ウチ、そんな暗いムード漂わしとったんや…)
みなみは私情を排して、今日のバイトに臨んでいるつもりだった。 等活など、ここ最近の衝撃的な事件のことは、頭の片隅に追いやっているつもりだった。しかし、周囲にはそんな風に見えていなかったらしい。
(余計な気を遣わしてしもた…)
みなみが暗いのは、雇止めのような形でバイトが終わるからだと、おそらく店長は思っていたのだろう。本当に理由は覚られなかったが、相手に心配を掛けたことを、みなみは申し訳なく思った。
みなみは普通の客と同様に、店の出入り口から店を出る。出る際には振り向き、レジに入っていた別のバイトの人と、店舗での業務に戻った店長に一礼した。二人とも、笑顔でみなみを見送った。
朱色になりつつある空の下、みなみはアパートへと歩く。往きと同じで、溜息ばかりが口から漏れた。右手の薬指に目が行くのも、往きと同じだ。往きと違うのは、指環が朱い陽光を反射している点と、総菜パンやおにぎりで荷物が増えた点だけだろうか。指環を見ながら、みなみは思った。
(今のウチには、バイトしとる余裕なんか無いかもしれんね)
自分には、等活に対抗できる力が与えられた。自分が立ち向かわないと、誰かが等活に殺される。そんなことを思っていると、昨日の燭陰の言葉が甦った。
「等活が人間の姿に戻った。殺された人間は…二人か」
「急いで駆けつけても間に合わなかったかもしれん。気に病むな」
等活出現の一報を受けたが、出遅れたせいで人死にが出た。その事実は、未だみなみの胸に、深く突き刺さっていた。みなみは泣きそうになったが、外なので嗚咽を口の中に封じ込めた。
やがて、みなみは赤信号に足を止められた。溢れそうだった涙も、もう無くなっていた。このまま等活の件を一時的でも忘れられたら良かったが、現実は何処までも非情だった。
『等活が暴れている。すぐに向かってくれ』
何の予告も無く、燭陰の声がみなみの頭の中に響いた。みなみは息を呑んだが、すぐに呼吸を整えた。まだ信号は赤。みなみは本能的に、左斜め前方に目を凝らした。
信号機や建物、車や通行人をすり抜けて、どんどん視線が遠くに突っ走る。やがて、視線はある一点に突き刺さった。
「等活や!」
決して近くない。常人なら視認できない位置だ。それでも、みなみの目は明確に捉えた。異形・等活の姿を。
夕陽の逆光のせいで最初は人型であることしか判らなかったが、それも数秒。すぐに詳細が把握できた。全身を茶色の毛で覆われ、四肢の指には鋭い鉤爪が備わっている。犬や狼のように面長な顔は、杭のような牙や刃のように鋭い目で恐ろしい印象を増している。鉱石のような光沢を持つ塊を備えた両肩が特徴的で、左手首には攫猿と同じく白い腕輪があった。
この等活は、何処かを目指して歩いているようだった。等活の姿を見て、みなみは足が少しだけ震えたが、すぐに頭を振って決意した。
「今度こそ、誰も殺させへん!」
みなみは超人朱雀に変身する為、人目に付かなさそうな場所を目指して走った。
巣倒筋具は待っていた。朝津澄河の住むマンションの周囲を歩き回り、あの人物が帰って来るのを。日が傾き、時刻が午後六時を過ぎた頃、筋具はその人物に会えた。澄河のマンションの前で。相手は筋具の姿を見るや、足を止めて盛大に溜息を吐いた。
「お前か。妹に付き纏うの、いい加減にしろよ。本当に警察呼ぶぞ」
筋具と鉢合わせたのは、澄河の兄だった。彼は鞄からスマホを出し、威嚇するように筋具に示す。しかし、筋具は動じなかった。
「こんな乱暴なお兄さんと一緒に居たら、澄河さんが殺さてれしまう。僕は澄河さんを守る」
筋具がボソボソと呟くと、澄河の兄は不快そうに顔を歪めた。この時、彼は気付いていなかった。筋具が着ていた学ランが、血に染まっていることに。筋具の左手の中指に、犬か狼のような装飾が施された白い指環があることにも。筋具はゆっくりと左手を前に向け、ニヤつきながら呟いた。
「等活覚醒。…禍斗!」
指環が筋具の指から抜け、宙に飛び出して巨大化し、ブレスレットとして筋具の左手首に戻ってきた。その次の瞬間、筋具の姿は激変する。赤茶色の毛に覆われ、両肩に黒い鉱石のような塊を備えた、二足歩行の犬のような姿に。筋具は一瞬で、禍斗という等活に変身したのだ。
「何が起きたんだ!?」
筋具が目の前で異形に変身した。この事実を朝津・兄は理解できず、思考が止まった。筋具が変身した禍斗は、その隙を突く。地を蹴って一瞬で朝津・兄の眼前に迫り、右の貫手を彼の鳩尾に繰り出した。鋭い鉤爪を備えたその手は、人体を簡単に貫く。朝津・兄は口から大量の血を吐き、足は力を失ってその場に崩れ始めた。
「僕は澄河さんを守る!」
朝津・兄が倒れる前に、禍斗は左手を振るった。禍斗の左手の鉤爪が兄の顔を切り裂く。朝津・兄は血飛沫と肉片を盛大に散らして道路に倒れ伏し、動かなくなった。天を仰ぐ顔は目や鼻が崩壊していて、もう誰か判別できなくなっていた。禍斗は血に濡れた手をうっとりと眺めてから、腹を抱えて笑った。
「澄河さんを虐待する人たちは許さない。次はあそこだ」
夕陽の下、禍斗は遠方を見据えて、牙の並んだ口許を緩ませた。
第16話へ続く!
