超人トループ/第1部・第14話;それは善意なのか?
前回
高校一年生の巣倒筋具は、等活リングを手に入れて自分の母親と妹を惨殺した。彼が等活に変身したのを燭陰は感知してみなみに伝えたが、彼女が現場に向かう前に彼は変身を解いた。
筋具が等活リングを手に入れたのは、九月十日木曜日の正午過ぎだった。
その日の午前中、彼は高校の近くの公園のベンチで寝ていた。朝に家を出て登校したフリをして公園で時間を潰し、午後三時頃になったら家に帰るつもりだった。夏休みが明けて九月に入ってから、ずっとこの調子だった。
「帰ったら、母さんに怒鳴られるんだろうか?」
ベンチに寝そべる筋具は、思い出したかのように呟く。昨日、彼は母親に怒鳴られた。約一週間、学校を無断欠席し続けていることについて、学校から家庭に電話があったからだ。
「僕の話も聞かないで…」
昨日のことを思い出すと、筋具は腸が煮えくり返るような気持ちになった。
(どうして解ってもらえないんだ!? 僕は澄河さんを助けたいだけなのに、変なことばっかり言われる。普通の男子と違って、乱暴な言葉も使わないのに!? 自分からグイグイ行く積極性は無いけど、人に親切にしたい気持ちはあるのに!)
心の中で喚いていたら、時間ばかりが過ぎた。
公園に設置されている時計で、筋具は時刻が正午になったことを知った。筋具は体を起こし、通学鞄を開けて弁当箱を取り出した。弁当箱を開けた瞬間、唐揚げの匂いが筋具の鼻に届いたが、箸は進まなかった。
「母さんのご飯なんか、食べたくない…」
開いた弁当箱を膝の上に乗せたまま、筋具は静止した。そんな筋具に、いきなり声を掛けた者がいた。
「学校、サボってんか? けしからん奴だな」
口調は軽かった。筋具はベンチに座ったまま、声の主を見上げた。紫紺の頭巾を被り、紫紺の割烹着を着た、調理師風の男性だった。年齢は五十代くらいで、肌は浅黒い。調理師風の男性は筋具の隣に座った。
「弁当、美味そうじゃねえか? 食わねえなら、俺が食っちまうぞ」
男性の気さくな雰囲気に、筋具は自然と心を許した。
筋具は男性に連れられ、場所を移動した。何処か解らない路地裏で、木組みの屋台があった。男性は筋具をその屋台に誘導し、客席に当たる位置に座らせて自分は調理する場に立った。筋具が潜った紫紺の暖簾には、【串焼き・ゆかり】と白い文字で書いてあった。男性は「柳蛇縁」と名乗った。
「お前の弁当は俺がもらう。だから俺は、お前に串焼きをやる。交換条件ってヤツだな」
縁は調理を始めた。筋具は、顔に炭火の輻射熱を感じた。香ばしい炭の匂いと甘辛いタレり匂いも漂い始め、筋具の食欲をそそった。串焼きを作りながら、縁は訊ねた。
「なんで学校サボって、弁当も食わずにいたんだ?」
問われると、筋具は静かに語り始めた。
「僕、学校で虐められてるんです。変態とかストーカーとか言われて…」
筋具の目には、涙が浮んできた。
筋具の近所には、朝津澄河という女子高生が住んでいる。澄河と筋具は同学年だが、学校は違う。
今年の七月某日。筋具は下校の途中、澄河を偶然見た。その時、澄河は偶然ハンカチを落とした。筋具は偶然それを見て、ハンカチを確保した。
筋具はハンカチを澄河に届ける為、彼女の住むマンションを訪れた。澄河の住むマンションの出入り口は、各部屋で鍵を解除される仕組みになっていて、住民でない者はインターフォンで住民に声を掛け、鍵を開けてもらう必要があった。筋具はロビーのプッシュボタンで澄河の部屋番号を入力した。既に部屋に帰っていた澄河が、これに応じた。
『巣倒君? なんで私の部屋番号を知ってるの?』
応答した澄河に筋具はハンカチの件を伝えた。
『そういうこと…。ハンカチは郵便受けに入れておいて欲しいな。後で取りに行くから』
澄河の返答を筋具は異様に感じた。
「僕が部屋まで持って行くよ」
筋具が何を言っても、澄河は「部屋に来なくて良い」と、頑なに主張した。
「澄河さんが降りるなら、鍵を閉めたり靴を履いたりしなきゃいけないじゃん。僕が部屋に行く方が、早いと思うんだけどなぁ。僕、余計な負担を掛けさせたくないしぃ」
インターフォン越しに、筋具は澄河を説得しようとした。しかし、澄河は「ハンカチを郵便受けに入れて帰れ」と言い続ける。この押し問答は、思わぬ形で終止符を打たれた。
「俺ん家に用があるのか?」
大学生風の若い男性が、筋具に声を掛けた。筋具は彼に、澄河のハンカチの件を伝えた。
「拾ってくれたのか。サンキューな。ハンカチは俺が妹に渡すから」
彼は澄河の兄だった。兄は筋具の手からハンカチを取り、持っていた鍵でロビーのドアを開けようとした。その時、筋具は思わず兄に組みついた。
「ハンカチは僕が澄河さんに渡します!」
しかし筋具は兄に振り解かれ、勢いで壁に激突した。筋具は壁に後頭部を打ちつけ、激痛を覚えて蹲った。
「変な奴だなぁ…」
兄は愚痴のように呟きながら、素早くロビーのドアの向こうに行った。
「あの時の澄河さんは、どうして『ハンカチを郵便受けに入れて帰れ』と言い続けたのか。あのお兄さんを見て解りました! 澄河さんは乱暴なお兄さんに虐待されてたからです!」
串焼きを作る縁は閉口しているが、構わずに筋具は熱く語る。
「僕には五歳の妹がいるんです。以前、母親が不在の時、澄河さんには僕の家に来て欲しかったんです。妹も世話をしてもらえて喜ぶし。だけど、澄河さんは断りました。本当は僕の家に来たかったけど、あのお兄さんに脅されたに違いないです」
筋具は益々ヒートアップしていく。
「あのお兄さんは、僕が頭を打ったのに何もしなかった…。あんな乱暴者と暮らしてたら、澄河さんが殺されてしまう! それからずっと、僕は澄河さんが心配になって…」
縁の様子に頓着せず、筋具は話を続けた。
夏休みのある日、筋具は近所のスーパーへ行った。偶然にも同じスーパーで、澄河が買い物をしていた。
(生きてた!)
乱暴な兄と同居している澄河の安否を心配していた筋具は、彼女の生存を確認して安堵した。筋具は買い物をする澄河を暫く見守っていた。
「澄河さん」
見守り始めてから数分後、筋具は澄河に声を掛けた。澄河はかなり驚き、「ひえっ!」という甲高い声が店内に響き渡った。
「そんなに驚いた。ふふふ…ビックリ屋さんなんだね」
目を丸くした澄河に、筋具が笑い掛ける。平穏な光景そのものと筋具は思っていたが、ここに血相を変えた男性が駆けつけた。
「何をされてるんですか?」
筋具は「何でもないです」と言ったが、男性は聞かなかった。
「ずっと、この女の子の後をつけてましたよね?」
男性は客に扮して店内を巡回している【万引きGメン】で、筋具の挙動を怪しいと思ってマークしていたらしい。
「この子は乱暴なお兄さんに虐待されてるんです! 僕に恋愛感情は無くて、心配してるだけなんです! 僕には五歳の妹が居て、僕の中ではこの子は妹と同じなんです!」
筋具は訴えたが、相手に聞く気は無かった。
男性は筋具を店のバックヤードに連れて行った。狭い部屋に軟禁された筋具は、「いい加減にしないと警察を呼ぶぞ」とまで言われた。この苦境から解放される為に、筋具は「自分が悪い」と言わざるを得なかった。
数時間後、母が筋具を引き取りに来た。母は店員たちに深々と頭を下げ、必死に謝っていた。筋具が全て悪いと決め付けて。
「スーパーの人たちは僕の高校に電話までしてました。始業式の日、僕は担任に呼び出されて叱られました。『乱暴なお兄さんに虐待されてる澄河さんが心配だった』っていくら言っても、聞いてくれませんでした。僕はストーカーだってことにされました」
涙ながらに筋具は語り続ける。縁は言葉を封じ込めるように唇を巻き込みながら、串焼きを作っていた。
「始業式の次の日、僕は学校で虐められました。気持ち悪いとかストーカーとか、酷いことを言われました。僕が澄河さんの為に頑張った話が、変な風に変えられて広まってたんです」
ここで筋具の話は途切れた。丁度良く、縁の串焼きも焼き上がった。
「まあ、これでも食って元気出しな。津木路に上がった蛙だ」
縁が差し出した皿には、茶色のタレに塗れた蛙が置かれていた。雨蛙と思しい小さな蛙が四、五匹横に並べられ、串刺しにされていた。見慣れない食品だが、筋具は構わず手に取り、食し始めた。その様子を、縁は微笑みながら見つめる。
「酷え話だな。お前みてぇな優しい奴が、ストーカー呼ばわりされるなんて」
縁の言葉に、筋具は目を見開いた。「優しい奴」。筋具が最も求めていた言葉だった。堪らず筋具は感涙してしまう。
「だけどよぉ。その澄河って子を守りたいって気持ちは、本物だろう? 誰が何と言おうと」
縁は大きなガラス瓶に入った飲料をコップに注ぎ、筋具に差し出した。ガラス瓶のラベルには、【ヤシオリ】と書かれていた。ヤシオリという飲料はトルエンに近い香をしていたが、匂いの強さが適度だったので筋具は心地よい気分になった。筋具はヤシオリという飲料を飲んでから、縁の言葉に答えた。
「そうです。僕は澄河さんを、乱暴なお兄さんから守りたいだけなんです」
筋具は真っ直ぐに縁の顔を見据えていた。その目を見て、縁は深く頷いた。
「なら全力で守れ。失敗したって、後でやり直せば良い。自分の優しさを信じろ」
縁はそう言って、何かを筋具に手渡した。それは白い指環で、犬か狼の顔のような装飾が施されていた。筋具はこの指環に引き込まれ、指環しか見えなくなった。彼の瞳は、瞳孔が開ききったかのように大きくなった。
「そうだね。僕は自分の優しさを信じるよ」
筋具は指環を左手の中指に嵌めると、静かに立ち上がった。そして、何処かへと歩いて行く。覚束ない足取りで、左右に大きく蛇行しながら。縁はほくそ笑みながら、筋具の後ろ姿を見送った。
第15話へ続く!
