超人トループ/第1部・第13話;疑惑?
前回
九月十日木曜日は平和だった。
榎門みなみは大学で、何のトラブルも無く一限から四限までの講義を受けることができた。
授業後、みなみは大学の正門で、同じUMA研究会の有馬優子と落ち合い、自室のあるアパートへ向かった。昨日、みなみのアパートで一泊した優子は、まだ荷物をみなみの部屋に置いている。優子はみなみの部屋に寄り、荷物を回収してから帰宅する予定にしていた。
(等活が出ん。最高や)
帰路で優子の話を聞くみなみは、微笑んで右手の薬指に目を落とした。朱雀の装飾が施された、銀色の指環に。
昨夜、初めて知った等活という怪人の存在は、みなみに衝撃を与えていた。人間が変身した、人間を殺す為の存在。そんな者が、この街に何人も潜んでいるのだから。
(ウチには、この指環があるから…。ウチの目の届く範囲では、誰も殺させへん)
麒麟だというキッチンカーの青年に与えられたこの指環は、等活に対抗し得る力を持っている。与えられた力で、守れる者を守る。みなみの心は決まっていた。
不意に優子のトークが止まった。みなみが気付いた時、優子は不安そうな目でみなみを見上げていた。
「みなみ、疲れてるの?」
優子にそう問われて、みなみは焦って取り繕った。
「いや…。全然! 元気やけど…何やろ? ちょっとボーッとしとっただけで…」
みなみの挙動に優子は首を傾げる。そんな優子の挙動に、みなみは独特な不安を覚えていた。
(やっぱ優子ちゃん、ウチが変身したの知っとるのかな…?)
今のみなみはこのことが気になり、自ずと心拍数が上がる。優子はみなみを見上げながら、静かに言った。
「ホウセキ、買って来るから。ちょっと待ってて」
優子はそう言うと、近くにあったコンビニに駆け込んだ。意表を突いた行動に、みなみは目を丸くする。
「宝石? コンビニに売っとるの!?」
みなみは困惑して立ち尽くした。
優子がコンビニで買い物を終えた後、二人はみなみのアパートに戻った。優子はすぐに帰宅はせず、みなみとブレイクタイムを取った。
「ビックリしたわ。東京の子がホウセキとか言うたら、ジュエルやって思うやん」
「ははーん。地元ネタなのに、抜かったな」
二人はちゃぶ台の前に並んで、コンビニケーキを食べていた。ホウセキとは奈良の方言でお菓子を意味する。みなみに教えてもらったネタを、優子はサプライズに利用したのだ。
「今回は泊めてもらったし、お世話になったからね。お返しはしないと」
優子は真顔でそう言った。この表情は、みなみを不安にさせる。
(お世話になった? ウチが変身して等活をやっつけたこと、知っとるの?)
しかし、次に優子の口から出た言葉は、完全にみなみの想定外だった。
「コンビニのバイト、明日までなんでしょ? 閑古鳥が鳴いてる訳でもないのに急に閉店とか、止めて欲しいよね。次のバイト先は見つかったの?」
優子の言葉を受けて、みなみは蒼褪めた。
(忘れとった。そうやった…。明日でバイト終わりやった。次のバイト先、まだ探しとらん)
今の今まで、みなみは忘れていた。週一でアルバイトをしていたコンビニが、急に閉店することになったことを。しかし、みなみは安堵した。
(優子ちゃんは、バイトの件でウチの気が重くなっとると思っとったんやな。やから、ウチを元気付けようとしてくれとったんか)
そう思うと、みなみは自ずとどんどん表情が柔らかくなり、口から自然に感謝の言葉が出た。
ケーキを食べ終わった後、優子は家路に就いた。みなみは荷物持ちの手助けも兼ねて、優子を電車の駅まで送った。みなみは駅の改札まで優子に同行し、優子がホームの方に向かったら、踵を返して元来た道を戻った。
優子と別れて帰宅したみなみはベッドに寝転び、電灯の笠にぶら下げたUMAたちを見上げる。窓からは、橙色の夕陽の光が差して来る。さっき優子とケーキを食べたので、空腹には程遠い。
「ニュースくらいは見るか」
みなみはスマホを手に取り、大手新聞のweb版のサイトにアクセスした。天井に向けたスマホを漫然と眺めて読み進める。ある記事を見つけて、みなみは息を呑んだ。
「男性の死体が発見された!?」
みなみを驚かせたニュースは、長い水草で全身を縛られた男性の死体が、波間離宮の池で発見されたというものだった。
死体の状態から、男性が死んでから余り時間が経過していないこと。男性の体に絡みついていた水草は、波間離宮の池に生えている水草とは異なること。男性が身に着けていたボディバッグの中に二人の女性の運転免許証が入っていて、その女性は数日前に惨殺された人物であること。
記事にはこれらの情報が記されていた。記事を読んでいて、みなみは次第に寒気を覚え始めた。
「ボディバッグ? 女の人の運転免許証?」
攫猿に変身した男は「人を殺した」と自慢げに語りながら、ボディバッグから小さな冊子を取り出して、みなみに見せていた。その冊子に納められた、二人の女性の運転免許証を。
(ウチがやっつけた後、アイツはレインコートの子とチャイナドレスの人に連れて行かれたけど…。あの後、アイツは殺されたん?)
攫猿に変身した男は、自分に負けた直後に殺された。この推論に至ると、みなみの目からは涙が溢れ始めた。スマホを上に掲げる気力も無くなり、手を降ろした。
「用済みになったから、殺された? 他の等活に殺させて、共工たちの餌にしたん?」
攫猿に変身した男と対峙した時、みなみは彼に猛烈な嫌悪感を覚えた。超人朱雀に変身した時は、娯楽で人を殺す彼を野放しにしてはいけないと強く思った。それでも「彼は死ぬべき」とは思わなかった。
(負けた等活は殺されるん? なら、ウチはどうすれば良かった?)
疑問と後悔が、みなみの胸に渦巻く。目から溢れる涙も止まらなかった。
こんな状態のみなみの脳裏に、低い男声が響いた。
『等活が暴れている。其方の近くだ。すぐに向かってくれ』
まだ記憶に新しい、燭陰の声だ。朱雀の指環を介して、異界から念を送ってきたのだろう。
(また人が殺される。止めないかん!)
燭陰の声が聞こえてた当初、みなみはそう思った。ベッドに横たえていた体を起こし、立ち上がろうとしたが…。ベッドに座った状態で、体が止まった。疑問が生じたからだ。
(ちょっと待って? なんで燭陰、昨日は教えてくれんかったの?)
疑問が生じた次の瞬間、みなみは岩山にいた。燭陰が体を巻き付けている岩山だ。みなみは立ち上がり、山頂に下顎を乗せる燭陰の顔を睨む。燭陰は顔を山頂から動かさず、横目でみなみを見た。
「何をしている? 早く等活の元へ行け」
口を閉じたままの燭陰はみなみに催促したが、みなみは応じない。燭陰から視線を外さず、鋭い視線を維持したまま訊ねた。
「昨日、ウチがやっつけた等活が、他の等活に殺された。アイツが殺された時は、なんで今回みたいに教えてくれんかったの?」
問われた燭陰は山頂に顎を乗せたまま横目でみなみを見る体勢のまま、顔色一つ変えずに言葉も返さない。だから、先にみなみがもう一言叩きつけた。
「アイツの指環、壊れとった。もう、等活に変身できんくなっとった! 普通の人間と同じやん? なのに、殺されそうになっとるのに、なんで教えてくれんかったの!?」
みなみの口調は、怒鳴りつけるようなものだった。燭陰はみなみから視線を外し、瞳を前方に向けた。
「其方が倒した等活か…。殺した人間の数からして、あの者は人間に殺される可能性が高かった。我らの糧になる存在ではないなら、相柳に引き渡しても問題は無い」
燭陰の言葉を理解するのに、みなみは少しだけ時間を要した。
(こいつ、何言っとんの? 殺した人間の数からして、人間に殺される?…死刑確定やったとか言いたいの?)
この答に辿り着いた時、みなみは腹の底から怒りが込み上げてきた。
「どうせ死刑になるから、等活に殺されても同じ? ふざけんな!」
みなみは人間の感性で叫んだが、その数秒後に思い出した。相手は魂を食べる生き物だということを。
(燭陰も共工も、死んだ人間の魂を食べとるんだったよね? 燭陰の目的って、自分たちのご飯を減らさんこと!?)
みなみは気付いた。燭陰が麒麟を人間の世界に送ったり、超人トループを結成したりしたのは、自分のたちの食糧になる【天寿を全うした人間の魂】を少しでも増やす為であり、人間を守る為ではないのだということを。
視線を足元に落としたみなみに、燭陰は再び横目を向けた。
「等活が人間の姿に戻った。殺された人間は…二人か」
俯いていたみなみの耳に、燭陰の言葉が鋭く突き刺さる。
(ウチがすぐに行かんかったら、人が殺されてしもた…)
衝撃を受けたみなみは、俯いたまま顔を上げられなくなった。
「其方が等活に最も近かったのは確かだが、急いで駆けつけても間に合わなかったかもしれん。気に病むな」
燭陰の言葉は意外に優しかった。しかし、みなみの気分は変わらなかった。
みなみは自室のベッドに戻っていた。
(何しとんや。今、等活に狙われてる人が最優先に決まっとんのに…)
みなみは歯軋りしながら、涙を流した。
みなみが燭陰から知らせを受けていた頃、都内のとある団地の一室で惨劇が起きていた。
目を剥いた中年女性が天井を仰いで倒れている。彼女の腹には拳大の風穴が開き、その穴から溢れた血が床を真っ赤に染めている。首の無い女児らしき者も倒れている。スカートを穿いた女児の遺体は、乱雑な首の断面から大量の血が流していた。
ガスコンロではカレールーが煮込まれていて、部屋に充満する血の匂いとカレールーの匂いが混ざっていた。弱火で鍋を温め続けるガスコンロの音と、冷風を送り続けるエアコンの音が部屋に響き、独特な静寂を演出する。
静かで臭い部屋の中、黒い学ランを着た少年が立ち尽くし、二人の死体を眺めている。彼は頭から足まで血に塗れていた。服が学ランでなかったら、赤が更に際立っていただろう。大量の血飛沫がついた彼の顔を見ると、口許が緩んでいた。
「母さんたちの普通を押し付けるな」
呟いた彼の左手の中指には、指環があった。犬の顔のような装飾が施された、白い指環が。
第14話へ続く!
2026年8月10日(月)追記!
さぶいぼ選手権に応募しました!
