社員戦隊ホウセキ V 第2部/第135話;思い出を力に変えて
前回
八月十八日の水曜日。
社員戦隊の五人は、それぞれ異なる時間を過ごしていた。
リヨモを失った悲しみを乗り越え、それぞれ自分の納得できる答を見出す為に。
新杜宝飾の本社ビル。デザイン制作部の部屋がある二階のフロアーに、正午を告げるチャイムが鳴る。社員たちは席を立ち、それぞれ昼食の為に移動を始めた。
その中には、十縷の姿もあった。普段通り、十縷は男子寮の食堂で昼食を摂ろうと思っていた。普段と違って、和都と一緒ではないが。
廊下に出た時、十縷は意外な人物に声を掛けられた。
「見つけた! エロ助!」
声を掛けたのは社林千秋だった。副社長が正面から手を振りながら近づいて来たので、十縷は緊張した。千秋はすぐに用件を話した。
「午後からの仕事、依頼して良いかな?」
十縷は目が点になった。今まで、千秋から何かを頼まれることは、本業の方でも戦隊の方でも無かったから、意外だった。動揺気味の十縷に、千秋は奥歯を軽く噛み締めながら語った。
「光里が朝から、寿得神社の離れに居るのね。励まそうと思ったけど、私じゃ上手くいかなくてさ…。最音子ちゃんも自分の会社休んでまで来てくれて話してくれたけど、やっぱり変わらないみたいで…」
千秋の話で、光里の現状を容易に想像できた。十縷は思わず唸り声を上げる。
(光里ちゃんは一番落ち込んでるに決まってるよね。だけど…僕が何かできるのか?)
千秋に頼まれても、期待した働きができるのか? 十縷はそれが気になった。そんな十縷の内心を読んだかのように、千秋は言葉を付け加えた。
「無理に励まそうとしなくて良い。取り敢えず、光里と話して来て。エロ助もさ。無理して普通の仕事するより、喋って発散した方が良いかもしれないし…」
十縷は余計に首を傾げた。自分が無理をしている自覚は無かったし、何より光里と話して何か事態が進展するのか疑問だった。しかし、それと同時に思った。
(副社長は、僕たちのことを気にしててくれてるんだよな)
十縷は千秋の好意を受け入れることにした。「解りました」と十縷が告げると、千秋は和やかに微笑んで「ありがとね」と返した。
八月十八日の水曜日。光里は朝からずっと、寿得神社の離れの二階に居た。昨日まで、リヨモはここを居住空間として使っていた。光里はソファーに座って、部屋を見渡す。本棚に並んだ本や、棚の上に飾られたリヨモの作品である宝飾品などは、昨日までと何も変わらない。
部屋の風景を眺めていると、リヨモの姿が目に浮かんでしまう。もう、この世にリヨモはいないのに。
感情が高まり、光里の目からは涙が溢れ、口からは泣き声が漏れる。暫くしたら泣き声は荒い息遣いに変わり、涙も勢いを失う。しかし小休止をしたら、また号泣を再開する。光里はずっと、それを繰り返していた。
十縷は昼食の後、千秋の言いつけに従って寿得神社の離れを訪れた。恐る恐る扉を開け、屋内に足を踏み入れる。縁側に目をやっても、人影は見受けられなかった。代わりに、天井の方からすすり泣くような声が聞こえる。光里は二階に居ると、すぐに判断できた。
(二階に行くのは初めてだな。緊張するな…)
二階はリヨモが居住空間として利用していたので、男性の十縷には入り辛い場所だった。リヨモが居なくなった今も、その感覚は急には消えない。
心の中に生じる抵抗と戦いながら、十縷は階段を昇り始めた。古い日本家屋の階段なので勾配が急で段差も大きく、物理的にも昇るのが難しかった。
二階に到達した十縷は、まず全体を見渡した。
最初に見つけたのは、天体望遠鏡だった。十縷が大枚を叩いてプレゼントしたものだ。壁際は背の低い本棚が並んでいて、日本で出版された図鑑や辞典の他、【ジュエルメン】をはじめ小曽化浄の漫画が入っていた。本棚の上に、口を開けた大きな二枚貝に白装束の日本人女性が立っている彫刻があった。十縷と和都が監修した作品だ。
(あれ、ブンシンジュのインスピに繋がった作品だ。真珠は緑色にしたのか…)
当時のことを思い出しながら、彫刻の女性の足元にある真珠のような球体が、翡翠のような緑色で塗られていることを確認した十縷。そんなことを思っていると、涙が出そうになった。
感傷に浸っている暇は無い。十縷はソファーに目を向け直した。自分に背を向けたまま、光里が座っていた。首の角度から、俯いていると判った。
「光里ちゃん。調子はどう?」
十縷は恐る恐る光里に近づきつつ、声を掛けた。光里は十縷の方を振り向かず、俯いたまま答えた。
「今度はジュールか…。私、迷惑掛けまくってるね」
答と言うよりは、呟いたという方が正確だろう。今の光里は泣いていなかったが、声色から気落ちした様子が充分に窺えた。
十縷はソファーの近くに来たところで、光里に促されて彼女の隣に腰掛けた。ソファーの前に置かれた木製の机には、見慣れないボードゲームのようなものが置いてあった。
「これは?」
十縷は特に意識せず、無難な話題から切り出した。泣き止んでいた光里は、すぐに答えた。疲れ切ったような、掠れた声で。
「ジュエランドのゲームなんだって。ボードと駒はリヨモちゃんが作ったんだよ」
喋り始めた光里の横顔に、十縷は目を向けた。光里は意外に、和やかな笑みを浮かべていた。その表情のまま、光里は語った。
「去年のリヨモちゃんの誕生日にさ。リヨモちゃんと社員戦隊の皆と、社長や琳ちゃんも一緒にこのゲームやったんだ。社長がさ、『このゲームはマ・スラオンから聞いてのから、知ってるぞ』とか講釈垂れてたんだけど、やってみたら激弱で…。あれは笑ったわ」
光里は笑っていた。話を聞いて、十縷は思い出した。
(初めての訓練のお昼に、皆さんが話してたのは、このゲームか!?)
十縷の脳裏に、当時の会話が甦った。
「あの会、最高でしたわね! 特に社長の痛さが…」
「姐さん、その話はやめてあげましょう。可哀想です」
「いや、あれは社長が悪いと言えば悪い。俺でも笑ったからな…」
通常なら、ここから話が盛り上がるのだろう。しかし、今回はそうも行かなかった。
「今年の十二月十二日も、皆でやりたかった…!」
笑顔から一転、光里は一気に泣き崩れた。こうなると十縷も掛ける言葉を失い、雰囲気に飲まれて目に涙が浮かび始めた。
光里の大泣きは短時間で終わった。そして、荒い息遣いで語った。
「次から次に思い出して、思い出したら泣けてきて…。涙って、なかなか枯れないんだね。泣いたって、何にもならないのに…」
会話は途絶えた。室内は暫く、光里の荒い息だけが響いている状態になった。
十縷は悩んだ。
(光里ちゃんは、一番リヨモ姫と密に接してたからね。当然だよ)
しかし、関係ないことも気になっていた。
(このゲーム、どういうものなんだろう?)
去年、リヨモの誕生会で開催された、ジュエランドのボードゲーム。その内容を十縷が知る由がない。何故か十縷は、このゲームに惹かれた。
普通に考えたら、今の光里にゲームの質問はしにくい。しかし、このまま沈黙が続いても進展は見込めない。十縷は思い切った。
「このゲーム、どうやるのか教えてよ。いつでも良いから。必ず教えて。僕もやりたいから」
光里は顔を上げた。目を丸くして、十縷の顔を見た。
光里の表情を確認して、十縷は心の中でガッツポーズを取った。
(やったぞ! このまま押し切れば…!)
十縷は勢いに任せて、話を続けた。
「今年の十二月十二日も、やるんでしょう。パーティ。光里ちゃんが言ってたじゃん。その時に、僕もこのゲームやりたいからさ」
この後、また沈黙が訪れた。十数秒程度。沈黙を破ったのは、光里だった。笑い始めた。まだ頬は涙で濡れていたが、表情はにこやかだった。
「この状況で、そんな話する? 驚いたって言うか…笑うしかないわ」
役目を果たした十縷は、生き生きとした今の光里の表情を、その目にしっかりと焼き付けた。
日はやがて沈み、暫くしたらまた昇る。あっと言う間に一日が過ぎ、八月十九日の木曜日の朝を迎えた。
十縷は普段通り、五時起きで和都との自主トレを臨んでから朝食を摂り、それぞれ自室に戻った。午前八時の件については、互いに何も喋らなかった。
(僕がどうしようと、ワットさんは考えを変えないよな。僕も、ワットさんがどうしようと、考えは変えない)
そう考えて、十縷は考えを語らなかった。おそらく、和都も同じだったのだろう。
事実に戻った十縷は身支度をしながら、鏡に映った自分の顔を見た。表情は普段よりも強張っていた。
(行くぞ。この戦いを終わらせるんだ)
午前七時三十五分に、十縷は部屋を出た。
男子寮の階段を下り、一階へ向かおうとしたところで、和都に会った。十縷はこの展開を予想していたので、驚かなかった。
「ワットさんは、やっぱり行くんですね」
「そう言ってただろ。それより、お前も来てくれるんだな。安心した」
二人は声を掛け合ったあと、僅かに表情を綻ばせた。しかし、それは一瞬。すぐ目つきを鋭くした。
十縷と和都は男子寮を出た時、この人物と鉢合わせた。
「光里ちゃん! 来てくれるんだね!」
その人物は光里だった。十縷は思わず声を上ずらせた。振り向いた光里の顔は、昨日のような泣き顔ではなかった。
「ジュール、おはよう。ワットさんも、おはようございます」
挨拶を交わして、光里は十縷たちと合流した。向かう方向は寿得神社だ。
「その感じだと、もう大丈夫そうだな」
歩きながら、和都が光里に声を掛けた。光里は頷いた。
「昨日、ジュールが来てくれたんです。それで気持ちが変わりました。ジュールのインスピが変な方向に行きそうだと思ったんですよ。だから、私がいないと駄目だと思って…」
光里に言われて、十縷は苦笑いする。昨日、光里と十縷が何を話したのか、和都は知らないので首を傾げたが、質問はしなかった。
「絶対に全員で生きて帰りましょう。どんなにカッコ悪くても。必ず」
光里は今の気持ちを語った。和都は「そうだな」と、短い言葉で力強く返す。十縷も深く頷いた。
寿得神社の鳥居に近づいた時、十縷たちの向こう側から一人の女性が来るのが見えた。
「あら? 皆様、おはようございます⭐️」
伊禰だ。伊禰は十縷たちに気付くと、手を振りながらこちらへ駆けて来た。伊禰の表情は平常通りで、非常に明るかった。
「祐徳先生! 来てくださったんですね!」
十縷に言われて、伊禰はにんまりと笑った。
「悩みましたけどね。ですけど、自分が一番納得できる道を選びました。また負けそうになったら、私は降参します。絶対に死にません」
伊禰は言葉に、十縷たち三人は「はい」と明るく答えた。そして、四人は寿得神社の鳥居をくぐった。
十縷たち四人は寿得神社の杜に進入し、通り慣れた道を進む。程なくして、日曜日の定例訓練に使っている空き地に到着した。そこには、時雨が一人で待っていた。
十縷たちに気付くと、時雨は視線をそちらに向けて歩み寄ってきた。
「全員、来てくれたか」
時雨は十縷たち四人と、一人ずつ視線を合わせた。特に光里には、強い視線を送っていた。光里も強い眼差しを時雨に返し、深く頷いていた。
「じゃあ、行くぞ。これを社員戦隊として、最後の任務にする!」
時雨が号令を掛けると、四人は「了解!」と威勢の良い返事をする。
十縷は思った。
(リヨモ姫が守ってくれたんだ。絶対に生きて帰って来る! 今年、リヨモ姫の誕生会に、絶対に僕も同席するんだ!)
十縷の視線は、途切れた林冠から覗く青空に向けられていた。空の色はトルコ石の色に近く、リヨモの顔を連想させた。しかし、もう涙は流れない。リヨモの記憶は、五人の中で強い決意に昇華されていた。
次回へ続く!
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