超人トループ/第1部・第10話;一安心?
前回
九月九日の水曜日、榎門みなみは壮絶な経験をした。連続殺人犯と思われる男が変身した怪物・攫猿に襲われたが、自分も超人朱雀に変身して攫猿を撃退した。
攫猿の変身が解けた男は、いきなり現れた怪しい女性二人組に連れ去られた。驚くみなみの前に、次は黒塗りのリムジンが現れ…。
(あー! ほんまもんの激動の一日やった! 結城先輩には大感謝!)
午後十時四十分頃、みなみはアパートに帰宅できた。家まで送ってくれたUMA研究会の先輩、結城裕真に心の中で礼を言いながら、みなみはアパートの階段を昇り、自室のある二階を目指す。しかし、その道のりは普段より困難だった。
「優子ちゃん、頑張って!」
今日はUMA研究会の友人・有馬優子が部屋に泊まることになっていた。優子はみなみの前を歩いていたが、睡魔と格闘していて足元が覚束なく、今にも転落しそうだ。優子の着替えなどを入れた鞄を持ったみなみは、不安そうに優子を見上げながら階段を昇っていた。
普段より時間を掛けて、自室に戻ったみなみ。睡魔と奮闘する優子と共に部屋に入った。
「あー、やっと寝れる…」
優子は玄関で靴を脱ぐや、蛇行しながら前進して居間に倒れ込んだ。みなみは電気を点けて優子の荷物を居間に運び、居間で腹這いになった優子の背を摩った。
「優子ちゃん! そのまま寝たらアカンて。せめてシャワーは浴びよう」
みなみに言われて優子は何か言葉を返したが、呂律が回っていなくて何を言っているのか全く解らない。みなみは困ったが、思いきることにした。
みなみは優子の眼鏡を外し、まとめた髪も解き、背中を引っ張って何とか立たせて、後ろから支えながら風呂場の方へ歩かせた。歩いていると優子も少しずつ意識が戻り、脱衣所ではフラフラしながら服を脱いでいた。その様子を、みなみは不安そうに見つめる。
(これじゃ、危ないわ。しゃーないから、一緒にお風呂に入ろう)
みなみはそう決めて、自分も服を脱ぎ始めた。脱衣しながら、みなみは右手の薬指に目をやった。朱雀の指環が嵌ったその指を。この指環を嵌められて五日目で、絶対に外れないことにも慣れてきた。しかし、この指環が一体何なのか、未だに理解できない。
(やけど、この指環が無かったら、ウチら殺されとったからな…)
そんな物思いに耽りながら、みなみは優子と共に浴室に入った。
浴室はトイレと一体のユニットバスで、決して広くはない。みなみは優子を椅子に座らせ、自分は空の風呂釜に入った。椅子に座った優子は、また睡魔に襲われていた。みなみはシャワーを手に取り、蛇口を捻った。
「どわあああっ!」
シャワーの温度は低めで、水を頭から浴びた優子は飛び跳ねそうな勢いで、目を醒ました。
「ちょっと! 心臓止まったら、どうすんの?」
優子は文句を言ったが、みなみは笑ってごまかす。
「こうでもせな起きんから、しゃーないやん。それより汗は流そう」
眠気が吹っ飛んだ優子は口を尖らせていたが、少し笑っていた。かくして二人は、決して広くない浴室で共に体を洗った。
風呂から上がって居間に戻った二人は、すぐには寝ない。紺色のパジャマを着た優子は、居間の電灯の笠に反応する。
「このインテリア、いつ見ても可愛いわ」
電灯の笠には、UMAのフィギュアが糸で下げられている。スカイフィッシュ、オゴポゴ、ツチノコ、チュパカブラなどのSD版だ。それらを眺めながら、優子は笑う。
「同じの優子ちゃんも持っとるやん。ウチ、優子ちゃんのイエティ寝袋が羨ましいんやけど」
オレンジのパジャマを着たみなみは、ベッドに腰掛けた。優子はみなみのいるベッドの方に駆け寄り、隣に座った。
「あれは毛がモコモコで、今あれで寝たら熱中症必至だからね。だけど寒くなったら、君をイエティ寝袋で寝させてあげよう」
みなみは目を丸くして「ええの?」と訊ねた。優子は笑みを浮かべながら、深く頷く。
「だって今日、みなみにいろいろ助けられたじゃん。何かお礼しないと」
普通なら、みなみはこの言葉で喜んでいただろう。しかし今のみなみは、この言葉に息を呑んでしまう。
(まさか優子ちゃん、ウチが超人朱雀に変身したとか、知っとるの?)
どうしても、みなみの思考はこの不安に行き着く。しかし、取り越し苦労だった。攫猿に襲われた時、優子はずっと気絶していたのだから。
「いや、だって荷物も持たせちゃったしさ。部屋にも泊めてくれてるし。お礼しなきゃ駄目でしょう!」
優子の発言を受け、みなみは安堵した。そして、安堵は少しずつ喜びに変わっていく。
「そっか。そんならいつか、ご飯でも驕ってもらおうか?」
二人の会話は弾んだ。まるで、修学旅行の夜のような気分を満喫した。
みなみと優子の会話は暫く盛り上がったが、時計の針が12時を回る頃になると、優子は睡魔に襲われ始めた。みなみは優子の眼鏡を外して部屋の電気を消し、優子をベッドで横にさせた。
みなみはまだ寝付けない。暗くなった部屋の中、右手の薬指に嵌った指環を眺めて立ち尽くす。みなみの目は暗所でも指環が細部まで見え、羽毛の一本一本まで丁寧に刻まれていることを再認識した。指環を眺めながら、みなみはつい二時間前のことを振り返る。
(キッチンカーの残念イケメンが嵌めたこの指環、何なんや? アクロバティック・ゴワゴワも、指環で変身しとった。戦いの後、次々に現れた変な人たちは、一体何者なんや?)
本当に意味が解らない。真相が気になって眠れない。モヤモヤした気分のまま、みなみは暗い自室に立ち尽くしていた。
ふと顔を上げたら、みなみは明るい場所に居た。目の前には曇天が広がっている。急な景色の激変に驚くみなみ。服装もオレンジのパジャマではなく、薄いピンクのサマーセーターとデニムのミニスカートに変わっている。入浴前まで着ていた服だ。
(何が起きた? ここは何処や?)
今、みなみは岩山の斜面に立っていた。標高は高く、眼下に森が広がっている。この展開とこの景色は、みなみは初めてではなかった。
「超人朱雀に変身した時も、こんな感じで変な場所に飛ばされた夢を見た…」
二時間ほどの前の記憶だから、まだ鮮明だった。みなみは記憶を振り返る。
(あの時、ウチは森におって、岩山を見上げとった。そんで岩山には…)
あの時、みなみは見た。赤い鱗と赤い鬣を持った人面の大蛇が、岩山に巻き付いているのを。それを思い出したみなみは、恐る恐る後ろを振り返った。
「やっぱ、おった!!」
みなみは見た。巨岩のような厳つい人面が、山頂に下顎を乗せているのを。人面の頭部には、太陽の炎を思わせる赤い髪が生えている。みなみが二時間前に見た、岩山に巻き付いた人面蛇と同じだった。みなみは驚き、バランスを崩して滑落しそうになったが、何とか踏み止まった。石が転げ落ちる音が静かに響く。人面蛇と思われる頭部は、徐に目をみなみに向けた。
「麒麟に選ばれし朱雀の戦士よ。其方には、話さねばならぬことがある」
人面蛇の巨大な顔は口を閉じているが、みなみの頭には低い男声が聞こえる。みなみは人面蛇の話を聞きながらバランスの良い場所を探し、都合よく椅子のように出張った石の上に腰掛けた。人面蛇は顔を岩山の山頂から離して首を伸ばし、座るみなみを見下ろす形になった。みなみは人面蛇の頭を見上げながら質問した。
「ウチもいろいろ訊きたい。この指環は何なん? この指環を嵌めた、キッチンカーの残念イケメンは何者なん? あんたも何者なん?」
みなみは臆せずに問い掛ける。見下ろす人面蛇は口を閉じたまま、声を送り続けた。
「我は燭陰。異次元人と言えば理解できるだろうか?」
まず、この巨大な人面蛇の名が燭陰と判明した。そのまま燭陰は話を続けた。
「我がいる世界と、其方がいる世界は違う。我は別の世界から念を送り、朱雀の指環を介して、其方に声を届け、幻を見せている」
そう言われて、みなみは右手の指環を見た。
(つまりウチは今、自分の部屋におるんやな。これはイメージ映像なんか)
みなみは再び燭陰の顔を見上げて、話を聞いた。
まず燭陰は、自分たちの食物を明かした。彼らは、みなみたちの世界にいる生物の魂を食べていると。みなみたちの世界に住む生物は、死ぬと魂が燭陰たちの世界に飛んで行き、燭陰たちはこの魂を食べている。燭陰たちの排泄物は、新たな魂としてみなみたちの世界に戻っていく。燭陰はそう話した。
(つまり、燭陰たちがいる場所はあの世? あの世に行ったら、燭陰たちに魂を食べられて、その後に生まれ変わるの?)
ここまでの話はみなみにとって少し受け入れ難い内容で、自ずと顔が歪んだ。
「我々は種族ごとに異なる魂を食らう。我が種族は、天寿を全うした人間の魂を食らう。同じ人間の魂でも、天寿を全うしなかった者の魂は食らえぬ」
燭陰が付け加えた情報を、みなみは脳内で整理する。
(あの世には、燭陰みたいな人面蛇が他にもおる。燭陰たちは、寿命で死んだ人間の魂を食べとる。寿命で死なんかった人間の魂は食べれせん。つまり、事故で死んだ人とかの魂は食べれせん…)
考えていると、みなみはあることに気付いた。
(殺された人の魂も食べれせんってこと? でも、殺された人間の魂を食べる種族もおるのかな?)
ふと、みなみは右手の薬指の指環を見た。指環は、みなみに重要なことを思い出させた。
(アクロバティック・ゴワゴワも、指環で変身しとったけど…。まさか、殺された人間の魂を食べる種族が、人間に変な指環を配っとるの? 同じ人間を殺させる為に!?)
みなみは一つの推論を導いたが、その瞬間に寒気を覚えた。みなみの心の声は、燭陰に聞こえていたらしい。
「正解だ。人間に殺された人間の魂を食らう種族がいる。奴らは自分たちの糧を増やす為に、人間に人間を殺させようと、昔から画策し続けておる」
燭陰から嫌なお墨付きを貰ったみなみ。彼女の顔は、自ずと強張った。この雰囲気のまま、燭陰の話は続いた。
第11話へ続く!
