社員戦隊ホウセキ V 第3部/第7話;今になって明かされる
前回
十一月十日の水曜日の午後六時。和都は社員戦隊の時と同様に、新杜宝飾の体育館のトレーニング室で、筋トレに臨んでいた。先日までは十縷も一緒だったが、この日は違う。同行していたのは、意外にも時雨だった。
時雨の様子は普段とは違い、頻繁に溜息を吐いていた。筋トレに身が入っているとは、とても思えない。時雨の様子は、和都を苦笑させる程だった。
「隊長。いつまで引きずってるんですか? 気合で乗り切りましょう」
そう言われると、時雨は小声で「済まない」と和都に言った。時雨はの目は虚ろで、和都を困惑させていた。
十一月九日、火曜日の夜。新杜宝飾の男子寮は騒がしかった。談話室で、軽い口論が起きていた。声量は決して大きくなかったが、声に籠められた感情が凄かった。
「葦田さん、抜け駆けは許しませんよ。デザイン制作部に戻れただけで、充分な筈ですよね?」
騒々しくしていたのは、意外にも時雨だ。彼にしては珍しく、表情筋が慌ただしく波打っていた。時雨の後ろでは、和都と掛鈴が苦笑している。時雨と対面する葦田考人だけが、時雨を見下ろすくらいの余裕を見せていた。
「ジュール君がジュエランド美術館に異動することになったからね。欠員補充の異動だよ」
ところで葦田の右手の薬指には、銀色の指環が輝いていた。
「抜け駆けって…。この中で、俺が一番歳上だろ? 俺が最初に結婚するのは、変じゃないよな?」
営業部で培った滑らかな口調で、葦田は簡単に言った。「結婚」と。その単語を聞いた瞬間、時雨は葦田に襲い掛かりそうな雰囲気を見せた。それこそ、和都と掛鈴が思わず制止しようと手を伸ばしかけたくらいだった。
「いつの間に、伊禰とそこまで進展してたんですか!?」
咆哮と言うよりも慟哭か? 時雨は今にも泣きだしそうだった。
実は…。先日、葦田と伊禰は入籍したのだ。この知らせに、伊禰のファンだった新杜宝飾の男性社員たちは発狂した。時雨もその一人だった。かくして怒りの矛先を向けられることになった葦田だが、全く狼狽える様子は無く、涼し気に対応していた。
「去年から、あいつが何度か俺の部屋に飯を作りに来てたんだよ。食生活がどうとかって。飯を作りに来ない日は、夜に連絡してきてさ。酒を呑み過ぎてないかとか、夜更かしし過ぎるなとか」
聞き手の時雨は、怒りと悲しみで下顎を痙攣させていた。和都と掛鈴は左右から時雨の様子を窺い、倒れたら支えようと身構えていた。彼らの様子に構う気が無いのか、葦田は語り続ける。
「今年から、会う機会が増えたな。あいつも社員戦隊で大変だから、息抜きがしたいとか言って。会社の近くにアイス屋ができた時は、『一緒に食べよう』とか言って、アイス買って俺の部屋に押し掛けて来たな」
葦田は徐にスマホを出し、画面に表示した写真を見せた。伊禰と葦田が、小さなカップアイスを手に持っている写真だった。伊禰の自撮りなのか、前方に大きく伊禰が写っていて、その後ろに葦田が小さく見えている写真だった。因みにこれは、爆発ギルバスを倒した翌週、五月十八日の火曜日に撮った写真だった。
(二人っきりで、アイスを食べていた? 俺はそんな経験無いぞ。二人っきりなんて…)
時雨の目が点になっていたので、和都と掛鈴の緊迫感は益々高まる。そんな三人の様子に気を遣うことなく、葦田はスマホ画面にSNSのやり取りらしきものを表示した。
「頼んでないけど、いろいろ送って来るんだよ。取り敢えず、可愛いって言って欲しいみたいで」
これ見よがしな照れ笑いをしながら葦田が見せたその画面には、伊禰が送信したと思われる文面や画像が表示されていた。
「姐さんにこんな一面があったのか…」
和都が思わずそう漏らしたのも無理はない。表示されていた画像は、ピンクのビキニを纏った伊禰の自撮り写真。傍らには、黒いビキニの女性も見える。画像には、こんな文言が添えられていた。
💬
【今、あわぴーと二人でプールにいるよ⭐️】
💬
【いねぴーのビニキ姿を君に見せてあげよう😆 また、ひかりんのエチエチな画像を見たら怒っちゃうぞ😠】
隣に写っている黒ビキニの女性は、葦田のお蔭で劣悪な会社を抜けて新杜宝飾に移った、専女安和だ。写真の下に表示されていた日時から、これは七月二十四日の土曜日に送信されたと判った。笛吹ゾウオが出現した日だ。
(だから、あの時、駆け付けた伊禰が水着だったのか…)
三ヶ月前の謎が解明されたが、それでも時雨の気持ちは晴れない。そして無情にも、葦田はスマホをスクロールして、別の画像を見せた。
「医務室のお姐さんのキャラが解らなくなってきた…」
掛鈴にそう言わしめた写真は、黒いビキニ姿の伊禰が一人で写る自撮り写真だった。送信された日は 八月七日の土曜日。これは事故ゾウオが出現した日だ。
(これはジュールに見せていた、寿得神社のプールで自撮りした写真か? 本当の目的は、葦田さんに見せる為だったのか…)
いろいろと納得する時雨は、写真に添えられた文言を呆然と捉える。
💬
【あわぴーに対抗して黒いビキニ⭐️ どう? いねぴーの方が可愛いだろ? 可愛いと言うのだ😆】
時雨は放心状態になりつつあった。葦田はスマホをしまって、時間を確認する。
「もう時間が遅いから、俺は帰るけど…。まあ、悪く思わないでくれ」
葦田は踵を返してこの場を去ろうとしたが、談話室を出る寸前で急に振り返った。
「北野。いねぴーは何度も言ってたぞ。隊長がお前だったから、あの戦隊は上手くまとまってたって。あいつにとって、お前は一番のビジネスパートナーだったのは確かだ」
そう言って葦田は談話室を出た。和都と掛鈴は、複雑な視線を掛鈴の背に送る。
(葦田さん、デザインに戻って正解かもな。絶対、営業には向いてないわ)
和都と掛鈴の心の声が揃った。二人の間で、時雨は機能停止していた。
という前日の流れを受けて、時雨は沈んでいるのである。和都が気晴らしにと終業後の筋トレに誘ったが、時雨の機嫌を戻すには至らなかった。
午後六時四十分頃に筋トレを切り上げて、和都は日課で筋肉屋へと向かう。今日は都合上、時雨も一緒だ。筋肉屋への道中も、時雨は暗かった。
「しっかりしてくださいよ、隊長! この世が終わる訳じゃないんですから」
苦笑いしながら和都がハッパをかけるが、時雨は呆然としたまま「すまない」と返すだけだった。なんとも会話が盛り上がらない。しかし和都は、そんな時雨に苛立っている様子は無かった。
「ですけど、ありがとうございます。付き合ってくださって。ジュールが異動になって、時間的に厳しくなったんで…」
しみじみと、そして寂しそうに和都は言った。時雨は今年の四月を思い出す。
気の迷いで「和都に弟子入りする」と十縷が宣言して、無理をして過労で倒れた。しかし、あれから絆が十縷と和都の間には生まれ、互いに信頼し合う先輩と後輩になった。記憶を振り返っていたら、自然と時雨の表情は和らいだ。
「隊長や掛鈴は、たまに美術館に顔を出すんでしたっけ? 俺からしたら、羨ましいですよ」
歩きながら和都が呟く。その言葉で、時雨の表情は和やかさを増していった。
「神明とジュールの二人だけで回すのは困難だからな。営業が持ち回りで、会場の案内係をやることになった。当面は、俺と掛鈴と最近入った小浦早苗さんがランダムに入る。露花も、アルバイトで入ってくれるらしい」
時雨が話に乗って来ると、和都の表情は苦笑ではなく、純粋な笑顔になった。そして時雨は続ける。
「ジュールの友達もアルバイトで、デザイン教室の講師や案内係をやってくれるらしい。もしかしたら、ワットもたまにデザイン教室に呼ばれるかもしれんぞ」
時雨は上手く話を振ってきた。すると、和都も話題を膨らませる。
「俺にお声が掛かりますか? デザイン教室のスペシャルゲストに、漫画家の小曽化浄先生への打診も検討してるみたいですからね。ですけど事故に遭ったジュールの友達が、仕事をできるレベルまで回復したんですよね」
会話が弾むと距離が気にならなくなり、二人はいつの間にか筋肉屋に着いていた。
筋肉屋の店内に入った二人は、大将の威勢の良い声に出迎えられた。
「いらっしゃい! 和都、また新しい人、連れて来たな」
大将は初来店の時雨に喜んでいる様子だった。和都が「会社の先輩です」と返してから、時雨は簡素な自己紹介をした。二人は体重を測って申告してから、大将に唯一のメニューである【蛋白質の塊】を作ってもらう。独特なシステムに、時雨は苦笑していた。
和都たち以外に客が居なかったこともあり、すぐに料理が提供された。二人が食べ始めたところで、不意に大将は呟いた。
「ジュールと光里から話は聞いた。二人とも、詩武屋にできる美術館に異動するんだってな。職場が遠くなるから、来ることが減るだろうって。ちょっと寂しいな」
大将はしみじみと語る。和都と時雨は「はい」と頷き、話を合わせる。
「光里が言ってたな。『美術館は友達との約束』だって。詳しいことは知らねえけど、大事なことみてぇだな」
「友達との約束」と聞き、和都は涙ぐみそうになったが、必死に堪えた。時雨は大きく表情を変えないが、僅かに下唇を噛んだ。
大将は遠くを見るような目で店の壁を眺めて、ふと言った。
「光里には感謝してもしきれねえ。あんな傷ついてまで、俺たちを守ってくれたんだから。和都もジュールもだ。本当に、ありがとうな」
大将は何気なく呟いたが、かなり重大な発言だった。これには和都は勿論、時雨も目を見開いて驚いた。
「何を言ってんですか? 守ったとか、ありがとうとか…」
狼狽する和都に、大将は微笑んだ。
「もう誤魔化すな。お前ら、ピカピカ軍団だったんだろ?」
そう言われて、和都と時雨はぶっ飛びそうなくらい驚愕した。そんな二人を、大将は笑い飛ばす。
「嘘、下手過ぎなんだよ。何が『ジュエリー創りには筋肉が必要』だよ」
和都と時雨は、大将の洞察力に笑うしかなかった。そして、もう誤魔化す必要も無いので、取り繕わなかった。
「本当に、ありがとうな。今も店をやれてるのは、お前らのお蔭だ」
大将の言葉は、何よりもの労いになった。和都も時雨も、思わず感涙しそうになっていた。
「礼を言うのはこっちの方ですよ。俺の筋肉、大将のメシでできてますから。ジュールですよ。本当、ありがとうございます」
和都は涙を堪えて威勢よく言った。大将はますます笑顔になる。
「礼を言うのはまだ早い。お前はこれからも、俺のメシを食うんだから。あんたもだぞ。毎日通って、ムキムキになれ」
和都と時雨は、声を揃えて「はい」と返した。
かくして、この上なく店内の雰囲気は温かくなった。だから、まさか一撃であっさりと壊れてしまうとは、誰も予想だにしなかった。
「そう言えば、ピカピカ軍団って五人だったよな。和都、ジュール、光里、それとアンタ。あと一人は誰なんだ? その子も連れて来いよ」
大将に全く悪気は無かった。しかし、地雷を踏んでしまった。和都は青ざめた。
この後、時雨が面倒なことになったのかは、語るまでもなかった。
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