社員戦隊ホウセキ V 第3部/第6話;採用します
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九月十二日の日曜日、光里の退院記念パーティが、小さな中華料理屋で開かれた。社員戦隊だった五人が久々に揃った。
光里は仲間たちとの再会を喜んでいた。しかし、車椅子に乗る光里の姿を目の当たりにした十縷たちは、心の底から笑顔にはなれなかった。
伊禰が途中で席を立った。堪えていた感情を抑えきれなくなって…。
女性店員の助けを借りて、光里は店内のトイレに進入した。手洗い場は意外に広く、本当に化粧室として使えるくらいで、鏡も大きかった。伊禰は鏡の前に立っていた。洗面台に両手を掛けて、俯いたまま。
「ありがとうございます。ここまでで大丈夫なんで」
光里は店員にこの場を外してもらった。そして松葉杖で床を突きながら、伊禰にゆっくりと近づく。
「メイク直しですか? マスカラとアイライン、悲劇的なことになってますよ」
振り向いた伊禰に、光里は冗談交じりにそう言った。伊禰は奥歯を噛み締めてしっかり涙を流してから、震えた声で言った。
「ごめんなさい。絶対に泣かないって誓ったんですけど…。やっぱり、今の光里ちゃんを見たら無理でした。泣いてしまう確信があったから、お見舞いにも行けませんでした。本当にごめんなさい」
伊禰が号泣しそうなのを堪えているのは、見れば判った。光里は、視野の隅に映る鏡像の自分の表情が和やかであることを確認してから、伊禰に語り掛けた。
「泣いても強くなれませんよ」
そう言われた伊禰は、驚いたように見開いた目を光里に向けた。ニンマリ笑う鏡の自分を視界の端に見ながら、光里は語った。
「憶えてますか? 訓練が始まった頃、組み手でお姐さんにフルボッコにされて泣いちゃった時、こう言われたんです。あれ、リヨモちゃんにも見られちゃいましたからね。私の黒歴史ですよ」
思い出話を始めた光里を、伊禰は真っ直ぐに見据えている。光里も同じく伊禰を真っ直ぐに見据えながら、話を続けた。
「言葉は悪いかもしれませんけど、なんか嬉しいんです。ここまでお姐さんに思って貰えてることが。人が泣くのを見て嬉しいなんて、本当はおかしいんですけどね。だけど、お姐さんとの関係が上っ面だけじゃないから、こうして泣かれてるのかな…って思うと、なんか嬉しいんです」
話している途中で、光里の目からも涙が溢れて来た。それに気付いたのか、伊禰は笑い始めた。涙を流したまま。
「仰るじゃありませんの。ひかりんこそ、マスカラ流れそうですわよ」
伊禰がそう言うと、光里は頷いた。
「戻りましょ。今日は五人揃って喋りたいんです」
光里に言われて、伊禰は静かに頷いた。
女性二人が席を立った後、残された男性三人を取り巻く空気は重めになっていた。そんな中、沈黙を破って喋り始めたのは時雨だった。
「ジュール。考えはまとまったのか? お前の希望の件だ」
何の前振りも無く時雨が話を振ったので、十縷は少し狼狽えた。しかし、言いたいことは理解できたので、すぐに平静を取り戻した。
「お蔭様で、しっかり整理できましたよ」
十縷は引き締めつつも含みのある表情で、時雨に返答した。時雨は特に表情を変えず、静かに頷いた。次に十縷は、和都の方に目をやった。
(ワットさんに何も言わないっていうのは、無いからな…)
自分と時雨のやり取りを理解していなさそうな和都に、十縷は説明することにした。
「ワットさん。僕、ずっと考えてたんです。自分のやりたかったことを、一番できる仕事は何かって。そうしたら…」
説明し始めたら、十縷は言葉に詰まった。抵抗を感じて単刀直入に言えず、余計に和都に疑問を抱かせた。
(戸惑ってたら駄目なんだけど…。だけど、ワットさんには申し訳ない気がする。どうしても…)
などと十縷が悩んでいたら、丁度よく女性二人が戻ってきた。二人とも目が少し充血していて、泣いたのだと判った。しかし表情は清々しく、何の蟠りも無さそうだった。
和都と伊禰の補佐を受けながら、光里は車椅子に座った。かくして、再び五人は揃った。
(よし。絶対に話すぞ!)
十縷は強く決意し、いざ話を切り出した。
「光里ちゃん。聞いて欲しいことがあるんだ」
十縷は光里を真っ直ぐに見ながら、真面目な声色で喋り始めた。真剣な雰囲気を感じたのか、光里の表情が引き締まる。和都たちも気を遣っているのか、口を噤む。少しだけ空気が緊張した中、十縷は一呼吸置いてから本題に入った。
「お見舞いに行った時、ジュエランド美術館の学芸員をやりたいって言ったら、軽く叱られたけど…。やっぱり僕は、ジュエランド美術館の学芸員をやってみたい」
十縷の言葉に最も反応したのは、和都だった。少し体が震えたように見えた。対する光里は全く動じておらず、一定の表情で十縷と目を合わせ続けている。その光里に向けて、十縷は続けた。自分の気持ちを伝えるべく。
「絵が趣味になったのは、引手リゾートのせいで阿多壬に引っ越したばっかりの頃、友達ができなかったから、家で絵を描くくらいしかできなかっただった。引手リゾートが憎かった。だけどさ…。絵を描いている時だけは、忘れられたんだよね。引手リゾートのことを」
これは先日、作業をしている間、自分から雑念が消えていることに十縷は気付いた。幼い頃、絵を描いていた時も同じだったことにも。
そして、十縷は語り続けた。
「ニクシムとの戦いで、多くの人たちが犠牲になった。大切なものを失って、やり場の無い憎しみに苦しんでる人は、沢山いると思う。だから…。そういう人たちが憎しみを忘れられる場所を創りたいんだ。ジュエランド美術館を、そういう場所にしたい」
一通り、十縷は語った。光里は十縷と目を突き合わせて、ずっと聞いていた。和都たち三人は、固唾を呑んでこの様子を見守っていた。
暫し、場は沈黙に包まれた。十縷の心拍が高鳴る。そんな中、光里が静かに返答を始めた。
「入社面接みたい…なのは、いいや。だけど、まだ気になる。制作やデザインを手放して良いの? やっぱり、それが一番気になる」
簡単に光里は頷かなかった。十縷は気を引き締めて、光里の言葉を聞く。
「私は走れなくなった。これは仕方ない。だけど、実は惜しくはない。前から言ってるけど、私は選手になりたかった訳じゃなくて、生きていく上で使える能力だから選手になっただけだから。だけどジュールにとってのデザイナーは、根本的に違うじゃん。しかも、諦めなきゃいけない状況でもない。それなのに、一時の気の迷いでその道を投げて良いの?」
光里が気にしていることは、以前と同じだった。光里は短距離走に情熱を抱いていないが、他者の情熱を理解できない訳ではない。最音子の存在や時雨の過去が、光里に影響を与えているのだろう。
十縷は頷きながら、光里の言葉を聞いていた。そして、光里が語り終わって暫くしてから、言葉を返した。
「うん。投げたくない。だから学芸員をやりながら、デザインとか制作もしてみたい」
光里は首を傾げた。和都や伊禰も、困惑を隠せない。周囲を戸惑わせながら、十縷は語った。
「ジュエランド美術館のコーナーに、デザイン教室的なものを設けたらいけない? 実際の宝石を使うのは難しいけど、簡単なワイヤーワークくらいは一般の方にもやって貰えそうな気がしてさ。リヨモ姫やザイガの作品を見せるだけじゃなくて、そこからお客さんがインスピを得て、それを実現できるようなことができたら、凄くない? 被害に遭われた方が、作品を創ることで憎しみを忘れられたら、それこそ理想的だと思うんだ」
十縷は語り尽くした。数日間、悩み続けた末に辿り着いた結論を。
再び場は沈黙に包まれた。誰も声を発さない。表情も固い。
(もしかしてコケたか?)
内心で十縷は焦り始めた。しかし数秒後には、その焦りは吹っ飛ばされた。光里が笑い始めたからだ。笑いは伊禰に伝染し、続いて和都も笑い始めた。時雨さえも、表情を柔らかくした。
「やっぱ凄いね、ジュールは。私じゃあ考えつかなかったし、そもそも私にはできないことだからね。私も、ジュールの考えに賛同できるし、リヨモちゃんの理想にも沿ってると思う」
光里は体を前に傾けながら、話し始めた。そして、思わせぶりな笑みを浮かべた。
「熱田十縷。貴殿をジュエランド美術館の学芸員に採用する」
確かに光里はそう言った。直後に「私、まだそんな権限無いけど」と付け加えたが。十縷は、思わず心の中でガッツポーズを取った。
(やった、やったぞ! 光里ちゃん、気持ちが通じた! 目指してるものは、同じだったんだ!)
光里に認められたことではない。自分と光里の目指すものが同じだったことに、十縷は喜んだ。
この時、自分は満面の笑みを浮かべていたのだろうと、十縷は和都たちの発言で察した。
「俺に言おうとしてたのも、その話か? デザイン教室をやんなら、残りの期間でしっかり勉強しねえとな。モーメントさんに話はしとくし、俺もビシバシ行くぞ」
和都は笑顔だったが、少し寂しそうな雰囲気も感じさせる、微妙な表情をしていた。
「戦いの傷痕を癒すことが、最も大切ですわよね。素晴らしい理念です。ですけど、ジュール君がひかりんと二人っきりになるって、少し不安はありますわね」
伊禰は賞賛しながらも、ちゃんと弄ることを忘れていなかった。
「俺もジュールの考えに賛同だ。お前と神明なら、成し遂げられると思っている。俺も胸を張って、ジュエランド美術館を営業先に伝えていく」
時雨は自分の決意を静かに語った。
暗い雰囲気は吹き飛んだ。黄色い声が止むことなく、光里の退院記念パーティは続いた。
(ジュール、迷惑しちゃね。これからも迷惑掛けるから)
光里は心の中だけで、十縷に謝意を述べた。
一時間程度で会合はお開きとなった。十縷が光里の車椅子を押して店の外に出た。会計は伊禰が支払った。
「新杜宝飾の名前で、領収書切って貰っちゃいました。許して貰えますわよね? それから、光里ちゃんは介助タクシーが必要ですわよね」
伊禰が店の外で、そんなことを言いながらスマホを操作しようとした時、不意にクラクションが聞こえて来た。音の方に目をやると、白いキャブコン型のキャンピングカーが向かって来るのが見えた。社員戦隊の移動手段に使われていた車輛だ。
五人の驚きを他所に、キャンピングカーは五人の前に停車した。キャンピングカーから、新杜愛作、社林千秋、薬師寺最音子の三名が降りて来た。最音子が運転して来たようだ。
「会社の寮まで送るぞ。特に神明は厳しいだろ?」
愛作の言葉で、彼らがここに来た理由が納得できた。断る理由も無いので、ありがたくこの厚意を受けることにした。
「費用は会社持ちで良いからね。みんなには、一生分のご飯を奢っても足りないくらいのことをして貰ったんだから」
千秋がそう言うと、それまで半笑いだった伊禰は畏まった表情になった。
会話はそこそこに、一同はキャンピングカーに乗り込む。光里は車椅子ごと、居室に乗せられた。運転席に最音子、助手席に和都がそれぞれ座り、キャンピングカーが発進した。社員戦隊の時より人数が多いので、キャンピングカーの居室は狭くなったように感じられた。
途中、信号で止まった時、運転席の最音子が言った。
「光里。ジュエランド美術館に異動するんだって?」
不意打ちのように問われて、居室の光里は目を丸くした。光里は社長兄妹の顔を確認しながら、答えた。
「希望は出したよ。まだ、正式な辞令は貰ってないけど…」
光里は運転席の方に目をやる。ルームミラーに映る最音子の顔は、少し物憂げのようにも見えた。
「私、来場者一号を目指してるから。リヨモちゃんとの夢、今度こそ果たすよ」
丁度、最音子が言い終わったタイミングで信号が赤から青に変わり、キャンピングカーは発進した。最音子から細やかな激励を受け、光里は僅かに目を潤ませた。
(モネ、迷惑しちゃね)
戦いで失ったものは多かった。しかし、それでも彼らは前進しようとしていた。
十縷もある望みの一つを掴む為に。
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