社員戦隊ホウセキ V 第3部/第5話;退院を祝いたいが…。
前回
九月七日の火曜日。まだまだ暑さが厳しく、リクルートスーツの社会人男性にとっては厳しい日々が続いている。接客の仕事ではない都合、半袖の服を着れるありがたみを、十縷は密かに噛み締めていた。
終業後、十縷は和都と共に新杜宝飾の体育館へ向かう。戦隊の任務が無くなった今も、終業後の筋トレだけは続けていた。
体育館に行く途中、和都が話を振ってきた。
「神明は今週の金曜日に退院で、次の日曜日に退院記念パーティだったな。ランチだったっけ?」
和都の口調は。確認するような感じだった。これは、伊禰が社員戦隊のSNSで皆に発信していた内容で、十縷も把握しているものだった。
「良かった…って言ったら駄目かもしれませんけど、退院できることは良かったですね」
言葉を慎重に選ぶ十縷は、心の中で密かに燃えていた。
(僕の心は決まった。今度こそ、光里ちゃんからOKサインをもらう)
なお、退院の当日は光里の両親や姉妹が上京するらしいので、社員戦隊の一同は光里の退院には立ち会わない予定にしていた。家族の再会に水を差さない為の配慮である。
光里の話題が上がる中、関係性の薄い情報が十縷の脳裏を過った。
(そう言えば、一昨日は隊長の誕生日だったよな。隊長って、女性社員とかファンの人から、嫌になるほどプレゼント貰ってるのかな?)
こんな質問を時雨にする度胸は無いので、十縷は想像して遊ぶだけにした。
時は平和に流れて、あっという間に九月十二日の日曜日を迎えた。
その日の朝、十縷は気張って身支度をしていた。鏡に映る十縷の顔には、試験や採用面接に臨むかのような緊張感が発されていた。
十縷たち男性陣は、午前十一時に新杜宝飾の男子寮一階にある談話室で待ち合わせてから、目的の飲食店に向かう予定にしていた。二階の部屋を割り当てられている十縷は、午前十時五十分に部屋を出た。
(日曜日の定例訓練が無くなって、もう一ヶ月近く経つけど…。訓練が日曜日に無いって、未だに変な気がするよな)
階段を降りる途中、十縷はそんなことを考えていた。すぐ談話室に着いた。十縷が来た時に、和都と時雨は談話室の椅子に腰掛けていた。
(あらら…。僕が一番遅かった。そりゃそうだよな。しまったー)
和都と時雨の真面目過ぎる性分を忘れていたことを十縷は少し悔いたが、遅刻ではなかったからか責められなかった。
「まだ十分以上前だが、揃ったから行くか」
出発の合図を時雨が出し、和都と十縷はそれに続く。社員戦隊の時と同じ構図だった。
十縷たちは多くの新杜宝飾の社員が使う最寄駅へ徒歩で向かい、電車に揺られて目的地を目指す。その間の会話は少なめだった。
「そう言えば、もう戦隊じゃないのに隊長って呼ぶの、なんか変ですよね? だけど、北野さんとも呼びにくくて…」
十縷がこの話題を振った時が、最も話に花が咲いた。
「隊長が俺のあだ名と思えばいいだろう。細かいことは気にするな」
「そうですよね。俺らが、ワットとかジュールって呼ばれてるのと同じですよね」
花が咲いたと言っても、時雨と和都が一つずつコメントして終わったのだが…。
午前十一時半を少し過ぎた時刻に、十縷たちは目的地に着いた。雑居ビルの一階のテナントを借りた中華料理屋で、小洒落た雰囲気の無い普通の大衆食堂という雰囲気の店だった。
十縷たちが着いた時、店の前で伊禰が待っていた。伊禰は十縷たちに気付くと、手を振った。
「流石は社員戦隊。時間厳守ですわね」
ピンクゴールドの腕時計で時刻を確認して、伊禰はほくそ笑んだ。
(祐徳先生の腕時計、ホウセキブレスじゃないね。当たり前だけど)
伊禰の腕時計を見て、十縷は思った。戦いが終わったので、十縷たちはホウセキブレスを寿得神社に奉納するという形で返還したのだ。十縷も伊禰と同じで、ホウセキブレスではない、普通の腕時計を付けている。自分の腕時計を見て、十縷は終戦をしみじみと感じつつも、表情を引き締めた。
(だけど、まだ終わってない。大切なのは、これからなんだ)
ニクシムとの戦いで多くの人が傷つき、多くのものが破壊された。これから、どう復興していくのか。その方が大切なのだと、十縷は考えていた。十縷だけでなく、他の者たちも。
十縷たちが店の前に着いた約五分後、ワゴン型の大きなタクシーが店の前に止まった。車窓から覗いた乗客は計四人で、五十代しらき男女二名と二十歳前後の女性二名という構成だった。
客の人数の割にタクシーが大きい理由は、下車する時に判った。まずは車椅子が歩道に降ろされ、次に若い女性が補助を受けながらタクシーを降り、その車椅子に座った。車椅子に座った若い女性は、髪型がショートボブで幼さを感じさせる丸っこい目をしていた。
(光里ちゃん…)
車椅子の若い女性は、紛れもなく光里だった。既に知っていたが、光里が歩けなくなったという現実を目の当たりにして、十縷は気分が沈んだ。和都たちの表情を見てみると、やはり笑顔ではなかった。
タクシーに乗っていた光里以外の三人の乗客は家族なのだろう。光里が多妻木島の訛で喋っていたので、推測できた。
「灯里、もそんじぇくれちぇ迷惑しちゃね(運んでくれて、ありがとう)。お父ちゃんとお母ちゃんも」
「こうなーちゃら、当たり前でぃ。光里お姉ちゃん。潮里姉ちゃん、香里姉ちゃんは、十月に来るーちぇ」
車椅子を押していた若い女性は光里の妹で、名前は灯里というようだ。会話を聞いていて、十縷は光里が四人姉妹の三女だったことも思い出した。
十縷たちには、光里の両親が話し掛けて来た。
「新杜宝飾の人じぇすきぃ? 光里がお世話になーちぇます」
両親は恭しくお辞儀をしてきたので十縷たちもお辞儀をしたが、コテコテの方言が聞き取りにくかった影響もあり、笑顔が不自然になっていた。
その間に、妹に車椅子を押される光里が、十縷たちに近づいた。
「ジュール。ここから車椅子頼める? みんな、迷惑しちゃね! 島に着いちゃら、教ぇちぇね!」
光里は標準語で十縷に話し掛けた後、方言で家族に別れの挨拶をした。両親と妹も光里に別れを告げ、再びタクシーに乗ってこの場を後にした。
「それでは、お店に入りましょうか」
伊禰が先導する形で、五人は店内に入った。店は出入り口を含めて段差が殆ど無かった。
(さすが祐徳先生。気が遣える人だ)
十縷が感心する中、伊禰が店員に話し掛けて、一行は予約席へと誘われた。
光里は上機嫌らしく、席に着いてから最も喋っていた。
「なんか凄く嬉しい。こうして五人揃うの、久々だから。病院だと、基本的に一人だったからね。看護師さんやお医者さんは優しかったから辛くはなかったけど、やっぱり慣れた人と会うと落ち着くわー」
十縷は黙って、周囲を見ていた。時雨が話に食いつかないのは普段通りとして、主に和都が光里と話を合わせていて、十縷は意外に感じていた。
(祐徳先生、いつもはもっと話すのに…)
この中で最もお喋りな伊禰が、今日は静かだった。視線も俯き加減で、下唇を噛み締めていた。そんな伊禰の表情に十縷は一抹の不安を感じていたが、嫌なことにその不安は的中してしまった。
「すみません。ちょっと…」
唐突に伊禰は立ち上がり、口を押さえながらトイレの方へ足早に向かって行った。尿意に耐えかねた訳ではないことは、明らかだった。伊禰が席を立つと、それまで饒舌だった光里も静かになった。
「私もトイレに行きたいな。誰か松葉杖、取ってくれませんか?」
伊禰が席を外してから暫くすると、光里もトイレに行きたいと言いだした。車椅子の背に括り付けた松葉杖を指して。十縷は咄嗟に立とうとしたが、光里の隣に座っていた和都の方が先に対応したので、すぐに座った。
和都から手渡された松葉杖を使い、光里はゆっくりとトイレへ向かって行く。和都は途中まで光里に付き添ったが、女性店員が気を利かせて駆け寄ってきたので、和都は店員に光里を任せて、自分は席に戻った。
(こうなるのも仕方ないよな…)
十縷は光里の方を見ながら、いろいろと案じていた。
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