社員戦隊ホウセキ V 第3部/第14話;恩人は他にもいた
前回
十二月十二日の日曜日。寿得神社の離れにて、リヨモの送別会兼誕生会が続く。この回でゲジョーは語った。八月十七日の火曜日、マダムの術で九年前に飛ばされたゲジョーは、当時中学生だった光里と遭遇していたと。この事実は一同を感嘆させた。
「光里ちゃんが話された【見た目は怖かったけど凄く親切な子】って、過去に飛んだゲジョーちゃんだったのですわね」
「大会の前日に、光里はゲジョーと会ってた。つまり私に会うより、ゲジョーの方が先に光里と会ってたってこと!?」
特に大きな反応を見せていたのは、伊禰と最音子だった。光里は呆気に取られているのか、特にコメントをしていなかった。
「光里ちゃんに諭されて、ゲジョーはマ・スラオンの殺害をやめたの?」
十縷が訊ねると、ゲジョーは静かに頷いた。
「そう言われれば、そうなんだろうな。当時、あの発言に共感した訳ではないが、何故かマ・スラオンを殺す計画をやめようと思えてきた。あの言葉も、やたら鮮明に憶えている」
「そんねぇー。今のうちから、そん人と仲良くなーちぇ、考え変えちぇーちぇ、お願いする」
九年前の光里の発言を思い出しつつ、ゲジョーは語る。ゲジョー自身も、自分の気持ちを把握できていないようだった。そんなゲジョーに、愛作が訊ねた。
「ジュエルメンを描いたのも、神明の影響なんでしょうか?」
愛作の問に、ゲジョーは首を横に振った。
「いや。あれだけで、ジュエルメンを描く気になった訳ではない」
まだ話は続きそうだった。
ところで、十縷は些細な点に着目していた。
(社長がゲジョーに敬語を使ってる。今のゲジョーは社長にとって、やっぱり小曽化浄先生なのか?)
想像を巡らせて、十縷はニヤつく。その傍らで、ゲジョーは昔話を続けた。
光里と別れた後、ゲジョーは公園に戻った。景色を割って寿得神社に行く気は無くなっていた。一人でベンチに腰掛けるゲジョーの耳には、光里の言葉がまだ響いていた。
「そんねぇー。今のうちから、そん人と仲良くなーちぇ、考え変えちぇーちぇ、お願いする」
ゲジョーは思っていた。
(マ・スラオンを殺せば、オ・ヨ・タエネが不当に殺される未来は変えられる。しかし、それはリヨモから父を奪うことでもある。これでザイガ将軍が救えても、リヨモは父親を喪ったままだ。そもそも、本当にザイガ将軍が救われる保証も無い)
昼間はリヨモのことなど全く考慮していなかった。しかし光里に会った影響か、その友であるリヨモの存在が今は気になって仕方がない。それがゲジョーにマ・スラオン殺害を躊躇わせていた。
日が傾き、空が朱色に染まり始めた。ふとゲジョーが顔を上げると、朱色の空を挟む二棟の高層ビルが見えた。この景色は、ゲジョーの海馬から嫌な記憶を引き出した。
(何故、思い出す? やめろ!)
夕焼け空を挟む二棟のビルがゲジョーの中で、夕焼け空を背景に戦う巨大生物とオブシディアン・ギガンティスに重なった。生まれ星のグラッシャで、両親を失った日の光景に。
当時のことを思い出すと、ゲジョーの目から自ずと涙が溢れて来た。感情が暴れ始めて叫びたくなったが、必死に堪えた。
(搔き乱されるな! 未来を変えることだけ考えろ!)
ゲジョーは立ち上がり、ベンチの後ろにあった木に近寄った。俯いて幹に頭を押し当て、歯を食いしばりながら涙を流した。
この時、予期せぬトラブルにゲジョーは見舞われた。後ろから何者かが自分の膝辺りに手を伸ばしているのを、気配で覚った。程なくして、独特な電子音が聞こえた。この時、ゲジョーを支配する感情は、悲しみから怒りに交代した。
ゲジョーは振り返ると、スマホを手にした男性と対峙する形になった。分厚い眼鏡を掛けた太った男性で、厭らしくニヤついていた。何をされたのか、ゲジョーは瞬時に理解した。
「詰まらん真似をするな!」
ゲジョーは怒りに任せて、この男性の胸板を両掌で突いた。男性の足腰は脆く、ゲジョーの一撃で尻もちをついた。こんな人物に取り合うのは時間の無駄と、ゲジョーはこの場を立ち去ろうとした。しかし、思ったよりこの男性は厄介だった。
「痛ぇー。骨折したわー」
男性は尻もちを付いたまま、棒読みかつ大声でそう言った。ゲジョーは無視して立ち去ろうとしたが、後ろから手を掴まれた。手を掴んだのは男性だった。ゲジョーは振り向いて、舌打ちをした。
「君が突き飛ばしたせいで、骨折したんだけど」
男性は直立し、ゲジョーの手をしっかり掴んで、そう言ってきた。依然として顔は厭らしくニヤついていた。ゲジョーは苛立ちを抑えられなかった。
「骨折しているのに、しっかり立てるんだな? 握力も問題なさそうだが、何処の骨を折ったんだ?」
啖呵を切りながら、ゲジョーは思っていた。縄状の光でこの男性を縛り、苦しめてやろうと。しかし、今の自分には不可能だということを、ゲジョーは術を発動しようとするまで忘れていた。
(しまった! ニクシム神と交信するピアスを失くしていた! ペンダントのイマージュエルでは、あの術は発動できん!)
今のゲジョーの耳を飾るのは、和都がデザインしたタンザナイトのピアス。ニクシム神とは交信できない。
(ニクシム神は太古のジュエランドから、現代の小惑星ニクシムに転送されたんだ。この時代に、ニクシム神は存在しないから、どう足掻いても交信はできん。辺りに、使えそうなダークネストーンの気配も感じない…)
最悪の状況だった。ゲジョーの心拍数が高まる。
(どうする? 体術で屈服させられるか?)
ゲジョーが半ば諦めかけたその時、思わぬ助っ人が唐突に現れた。
「骨折されたのですか? 救急車をお呼びする必要がありますわね」
太った男性の背後に、いつの間にか女性が立っていた。ロングスカートでノースリーブのワンピースを着た、大学生風の女性だった。この人物の顔と声を、ゲジョーは知っていた。
(紫の戦士!?)
大学時代の伊禰だった。伊禰の登場は、ゲジョーに安堵よりも衝撃を与えた。盗撮の男性は伊禰が現れるとゲジョーの手を放し、飛び跳ねるように後退した。そんな男性に、伊禰は近寄る。怖いくらい、爽やかな笑みを浮かべながら。
「暴力沙汰なら警察もお呼びしましょうか?」
伊禰にそう言われると男性は血相を変え、「ざけるな!」と叫びながら伊禰に掴み掛かろうとした。しかし次の瞬間には、男性は天を仰いで寝そべっていた。掴み掛かった腕を、伊禰に捻られたのだ。男性は無様な悲鳴も上げていた。伊禰は仰向けに倒れた男性の横にしゃがんだ。
「この子のスカートの中、撮りましたわね? 写真を今すぐ、この場で削除してください。さもなくば、警察に突き出しますわよ」
満面の笑みで、伊禰は男性にそう言った。男性はすぐにスマホを操作して、「文句ねえだろ!」という捨て台詞を残し、脱兎の如く走り去っていった。
伊禰の鮮やかな手並みを目の当たりにして、ゲジョーは思った。
(こいつはイマージュエル無しでも戦える。私とは違う)
伊禰と自分には歴然とした差がある。この事実が、ゲジョーに変な気を起こさせた。
(こいつならマ・スラオンを殺せるか?)
しかし、ゲジョーはすぐにそれを否定した。首を激しく横に振った。
(だから、リヨモの父親を殺すことなんだぞ! しかも、この頃のこいつは医師の卵だ。そんな奴に、殺しを依頼する気か!?)
ゲジョーの中で思考が入り乱れ、錯乱しそうになる。その様子を見て、当時の伊禰はゲジョーを心配したのだろう。こんな提案をした。
「女の子の一人歩きは危険です。お近くまでご一緒します。お家はどちらですか?」
伊禰が善意で言っていると理解できていたが、この時のゲジョーに精神的な余裕は無く、伊禰の申し出を断った。しかし、伊禰は引き下がらなかった。
「また、悪い殿方に絡まれますわよ。私に気を遣う必要はありませんので。ほら、参りましょう」
そう言って、伊禰はゲジョーの手を掴んだ。これで、ゲジョーの苛立ちは最高潮に達した。
「止めろ! どうして、お前まで私に構う!? 慈愛のつもりか!? ふざけるな! お前は違う! お前じゃないんだ!」
ゲジョーは伊禰の手を振り解き、怒りに任せて罵声を浴びせた。伊禰は驚いたらしく、目を見開いて硬直した。その顔を見て、ゲジョーは後悔した。
(何を言ってるんだ、私は…。こいつは私を助けたのに…)
ゲジョーは伊禰に謝ろうと思った。しかし、伊禰から今にも泣きだしそうな気配が感じられると、また感情が暴れ始めた。このままでは、また変な発言をすると思い、ゲジョーはこの場から走り去った。伊禰はゲジョーを追わなかった。
あれから九年後の今日まで、伊禰はこの話を記憶していた。ゲジョーから語られて、納得したように頷いていた。
「あの女の子はゲジョーちゃんだったのですわね」
伊禰の表情や口調に怒りや悲しみは感じられなかった。対してゲジョーは、罪悪感に顔を歪ませていた。
「本当に申し訳ない! 恩を仇で返すような真似をしてしまって。何の言い訳もできん。完全に私が悪い」
ゲジョーは深々と頭を下げ、大きな声で謝罪した。大袈裟にも見える謝罪に、伊禰は少し狼狽していた。
「いえ。当時は泣いたと思いますし、姉と師匠にも愚痴を言ったと思いますが、もはや過去のことですので…。お気になさらず」
伊禰はゲジョーを宥めたが、変なインスピが頭を過ったのか、悪戯な笑みを浮かべた。
「今、気付いたんですけど…。私、デビュー前の小曽化先生を盗撮した不届き者を成敗したのですわよね? 凄くありません?」
近くに居た琳と最音子に、伊禰はそう言った。最音子は反応に困っていたが、琳は「確かに!」と話しに食いついていた。しかし、伊禰の発言を誰よりも支持していたのは、他でもないゲジョーだった。
「その通りだ。私はお前に助けられた。お前だけじゃない。青の戦士…北野時雨にも」
無口なので目立っていなかった時雨が、ここに来て名指しされた。いきなり名を呼ばれて、時雨は目を丸くしていた。
「俺がお前を助けた? 俺も過去に、お前と会っていたのか?」
驚く時雨に、ゲジョーは静かに頷いた。
(お蔭で気付けた。恩人はマダムやザイガ将軍だけではないと。だから、神明光里も私の恩人だと、心の底から思えるようになった)
心の中でそう呟きながら、ゲジョーは車椅子に座る光里に目をやった。
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