【連載小説】save the gene | 第25話 天馬の本当の敵
Part 1 ジーンの代理
薄暮が迫る頃、賑やかな声が響く自習室の一角で、一戸天馬、桜木葉子、山崎國男、そして甘利康之の四人は机を囲んでいた。天馬は國男に熱心に勉強を教え、その隣では葉子が康之から教えてもらっている。
天馬はふと葉子の方を向いて言った。「甘利って聖修院の生徒だったんだ。しかも葉子に教える側?葉子だってそんなに成績悪くないのに」
國男は呆れたように返した。「何あっち見てんだよ。康之って今、成績天馬よりちょい下ぐらいだぞ。追い上げてきたんだよ!あいつ!」
國男の言葉を聞きながらも、天馬は視線を葉子と康之に向けていた。 「甘利ってかっこいいよな……身長も少し高いし……」
國男はため息をついた。 「お前ってたまに葉子を意識するよな……俺達、青春時代なのに勉強ばっかしてるから欲求不満に陥るんだよ。だからお前の身内の葉子に気が向いてるんだろ」
天馬は少し怒ったように言い返す。 「うるさいな!俺だって16歳なんだから……異性がどうしても気になるんだよ!」
國男は笑いながら問い詰めた。「それってどういう意味?実質、妹に欲情し始めたの?」
天馬は慌てて「ギクッ!」と声を詰まらせた。
國男はさらに笑い続けた。「高校時代、勉強漬けって無理があるわな……俺も昔から勉強ばかりしてるから、同性愛に目覚めたってところもあるけどな」
そんなやり取りをしていると、天馬の背後から声が聞こえた。 「よう!天馬君!」
天馬は振り返りざま挨拶をしようとした。「来たんだ?ようジーン……」
ジーンだと思って挨拶したその先にいたのは、以前にも見た大柄で黒タイツ姿のAI、ベータだった。

天馬は驚いて叫んだ。「べ、ベータ!!?」
國男も驚きを隠せない。「なんだ!?この変態黒タイツ男!!?」
その声に、康之と葉子も勉強の手を止め、一斉に振り返った。
葉子は甲高い声を上げた。「キャッ!誰あんた!?」
康之も続いた。「不審者!?」
ベータは涼しい顔で言った。「ジーンは天馬のディザスター戦まで酷使してきたんで、しばらく静養したいって。だから総理との面会までは僕が代理できたわけ。総理大臣ってすごい忙しいからアポは8月下旬だから少し待ってね」
天馬は状況を飲み込もうと確認した。「じゃあしばらくはベータがジーンの代わりなのか?」
國男は混乱したように言った。「黒タイツの変態で総理大臣のアポを取るって、天馬ってそこまで出世したのか!?と言いたいけど何が何だか分かんねーな」
葉子も不満げに付け加える。「ジーンの代わりがあんたで何か可愛くないわ……むしろごついし……」
康之も小さく呟いた。「マスコットじゃない……」
ベータは何食わぬ顔で答えた。「ジーンはあくまでもgene社のマスコットキャラクターとして開発された側面もあるから、僕自身は機能性重視だね」
天馬は目的を尋ねた。「それでベータが何の用?僕達今勉強中なんだけど?」
ベータは答えた。「天馬君に講義しに来たんだよ。ついでにだけど天馬君のお友達も聞いてって」
國男はタメ口に言い直して尋ねた。「あなたはジーンと何か関係があるんですか?てか、あるの?」
ベータはあっさりと答える。「僕はジーンとは次男坊にあたるのかな?次男というけど年齢差はないよ?だって僕AIだもん」
葉子は安堵した様子で言った。「よかった安心したわ、ジーンの身内なら何か怪しいことすることはないでしょうし……ってそうそう信じられないわね?」
康之はやはり「全身黒タイツ……」と呟くばかりだ。
ベータは促した。「ちょっと一緒の席に座って、これから君達の作戦会議も兼ねて始めるから」
そして、ベータは天馬たち四人に対して、理路整然と講義を始めた。
Part 2 上部署と下部署
自習室に広がる静寂を破り、ベータは突如、教授の恰好になり講義を始めた。彼の奇妙な姿とは裏腹に、その声には有無を言わさぬ説得力があった。
「まずgene社に来訪したことある人は、天馬君と確か山崎君と桜木さんだっけ?だったら手を上げて」
一戸天馬、山崎國男、そして桜木葉子の三人は、言われるがまま手を挙げた。
ベータは続ける。「で、そのgene社のCEOって、つまり僕のことなんだ。黒タイツとか言っちゃだめだよ?」
天馬たち四人は、その衝撃的な発言に息をのんだ。
天馬は驚きを隠せない。「ベータってつまりgene社で一番偉い人なの!?しかも俺が倒すべき相手のはずじゃん!?」
ベータは涼しい顔で答えた。「元CEOマイケル・ザイオンが『これからは管理職もAIにしたい』って方針だったから、なぜか僕がCEOに任命されたんだ。そのおかげでgene japan.の経営は右肩上がりだよ。そこで天馬君のコネ入社のことなんだけど……」
天馬は息を飲んで続きを聞いた。以前、正規の就職以外にコネを作るように言われたことを思い出していたからだ。
ベータは続けた。「コネ入社の話を最初に切り出したのは、アルファなんだ?だけどコネ入社は難易度が高すぎるからひとまず置いといて!」
天馬は話の食い違いに驚いた。自分の認識とは違う展開に困惑する。しかし、ベータは構わず話し続けた。
「天馬君の事情の話は割愛させてもらう。gene社は年収も高いし、出世すればいわゆる上級国民の椅子も用意してある!天馬君の他に就職希望者はこの中にいる?」
國男が口を開いた。「俺もgene社行ってすごいと感じたぜ!必ず入ろうとは言わないけど、内定狙いに行くと思う」
葉子も続く。「天馬から聞いた……年収1400万円ですってね。内定になったら就職しちゃうかも」
しかし、ベータはそれらの意見をバサリと切り捨てた。「ほぼ無理!!」
天馬たち四人は騒然となった。
甘利康之が質問した。「それほど就職偏差値が高いの?」
ベータはその質問に答えた。「多分就職活動する中で一番難しいと言っても間違いじゃない。そこでどこまで難しいか今から説明するね。gene社には上部署と下部署っていうのがある」
天馬は理解に困り、問い返した。「上部署?下部署?」
ベータは講義を続けた。「海外で最も頭のいい大学か日本最高峰のT大へ行く数席が上部署!それより下の大学がまぐれでいく席が下部署!天馬君って確か有賀君知ってるでしょ?」
天馬は、自分が知っていること全てをベータが把握していることに驚き、自然と敬語になった。「はい、知ってます。特殊?そういう課に所属していると聞きました」
ベータは訂正するように言った。「K大でまぐれで入った有賀君は下部署なんだ。で、これが重要なんだけど、下部署に入ったら一生下部署……つまり真の意味で出世は不可能なんだ」
天馬も國男も葉子も康之も、その言葉に騒然となった。あまりにも露骨な学歴差別だった。
葉子が質問した。「gene社ってそこまで学歴にこだわるんですか?学歴が低くても優秀な人はいっぱいいます」
葉子もまた、自然と敬語になっていた。ベータは講義を続けた。
「その質問に答える前に、下部署に入った場合のパターンを説明しようか?下部署で出世して将来部長クラスになれば年収2000万円は超えられるよ?そこら辺の企業よりもVIP待遇だ。でも上部署の待遇は部長クラスだと5500万円だから、その差は歴然だよね?」
天馬は、以前有賀鉄平がその上部署に入りたいがために努力していたことを思い出した。だが現実は、有賀は一生下部署なのだという。
そしてベータは講義を続けた。「じゃあなぜ桜木さんの質問通り、うちが何故学歴偏重主義なのか?それは共通テストの真の目的にある」
講義は、いよいよ本題に入ろうとしていた。

Part 3 新卒かつ即戦力
ベータは、共通テストの話へと移った。
「共通テストは別名『才能や遺伝子ゲー』と呼ばれていて、学力だけじゃ突破できないといわれている。聖修院も確か対策のしようがないから、とりあえず文系科目もやってる感じでしょ?じゃあなんで日本はそういうことをするかわかる?」
國男が答えた。「日本も能力主義に傾倒したからですか?」
ベータは指を鳴らした。「聞こえ方は悪いけど惜しい!」
康之も答えた。「スペックを図るため?」
葉子は首を傾げた。「わかりません。なぜですか?」
ベータは、その問いに明確に答えた。「これからAIによる社会のオートメーション化が進むにあたって、人力によるものは需要が低減するのは確実だから、超ハイスペックかつ即戦力の人材を選別するためだよ。うちも人材育成より即戦力のハイスペック新卒を求めてるからね」
天馬は納得したように頷いた。「だから共通テストを突破したT大しか上部署に入れない……だからそれがgene社の学歴偏重に繋がるんですね?」
ベータは頷いた。「おおよそ当たり……天馬君はかしこいね……僕の講義はそんなところで、さて天馬君……君に言いたいことがあるんだけど?」
國男が割って入った。「ベータの話もっと聞きてえ。俺も参加させてくれよ」
葉子も不満げに言った。「天馬だけひいきしてるみたいでずるくない?」
康之も「退席はしない」と続いた。
ベータは彼らを見て言った。「何か聖修院って井の中の蛙だよね?もしかして君達、本当に選ばれし戦士みたいに思ってるの?」
まるで喧嘩を売っているかのようなその発言に、天馬は聞き返した。「僕は名門聖修院で成績上位で、期待もされてるんだ!なんで井の中の蛙ってパワハラするんだ?」
それについてベータは、きっぱりと言い放った。「はっきり言うと、天馬君は別に成績優秀なヒーローじゃない。gene社にとっても別に大したことしてない。よくあるちょっと成功体験を味わっただけでうぬぼれたルーキーに過ぎないよ」
天馬は、ジーンよりも辛辣な言葉をぶつけてくるベータに衝撃を受けた。
「ベータは倒すべきだった敵のはずなのに。まさかこんな説教受けるなんて……」
ベータははっきりと言い放った。「これから桜木さんと天馬君は、進学校専門の塾……学験会に行くんでしょ?そこで自分の身の程を知った方がいいんじゃない!?」
天馬は思った。これは、メビウスクリエイションに戦闘での実力を見せつけられているわけじゃない。それで倒すための壁にぶち当たっているわけでもない。倒す相手だったはずのベータが、天馬の本当の実情を突きつけてきたのだ。
Part 4 本当の敵
ベータの講義は突如としてお開きとなった。座標移動が得意なベータは、講義が終わった途端に空間の歪みと共にどこかへと消え去っていった。
後に残された國男は、脱力したように言った。「何か自己肯定感が低くなったぜ……超大企業ともなると……聖修院って別に注目されてないんだな」
康之も衝撃を受けた様子で呟く。「ショック……」
しかし、天馬は違うとばかりに反論した。「あいつはあくまでもAI!間違ったことも言うだろ?パワハラしてきてなんだっていうんだよ?」
葉子が提案した。「じゃあベータの言う通り、これから学験会に行ってみましょうよ?初めての夏期講習で行くから、そこで聖修院の力を見せつけてやりましょう?」
國男と康之はそこで解散し、天馬と葉子の二人は交通機関を乗り継いで、世田谷区某所にある学験会へと向かった。
道中、天馬はぶつぶつと文句を言った。「俺達はエリートだぞ!学力まで口出しされたら俺だって反論するしかないじゃないか!?あの黒タイツ!本当はいやなやつだな!」
葉子は冷静に言った。「でも聖修院ってもっと上のトップクラスの超進学校じゃないよね?そこで成績優秀でも井の中の蛙っていう意見は分かるなあ」
天馬は怒ったように言い返す。「なんだと!?あんなに勉強してきたんだから、全国でも指折りのはずじゃん!」
葉子は続けた。「そういううぬぼれが甘いことをベータは言いたいんじゃないかな?やっぱCEOだけあって世の中の現実を加味してるんじゃない?」
天馬は決意を込めて言った。「じゃあ学験会に行って、俺達が優秀だってこと見せつけてやろうじゃん!」
そして、二人は学験会に到着した。大きく掲げられた垂れ幕には「T大100名」の文字が躍っている。紛れもない超名門塾だ。
天馬と葉子が正門に入ろうとすると、他の高校の生徒が声をかけてきた。
「君、見慣れない顔だね?どこ高?」
天馬は自信を持って答えた。「聖修院だよ!」
その生徒は苦笑した。「どこそこ?知らねえし?開立高は日本一だから右に出るものいないのよ!」
開立高――日本で最もT大を輩出している超有名校だ。その名前が出ると、聖修院など無名校に過ぎない。天馬は驚きを隠せない。
「さすがに俺でも開立校は無理だ……」
その開立校の生徒は続けた。「その学校ではエリート?よくいるよね?その環境では大将って奴?俺は自分の高校では下から数えた方が早い成績だけど、お前よりは勉強できるな」
そう言って、開立校の生徒は去っていった。
続いて、別の女子生徒が学験会にやって来た。その女子生徒は葉子に対してこう言った。
「その陰キャ女子は何?頭いいの?うち桜成だから、私より頭がいい女子は日本に存在しないけど」
葉子はその女子生徒にいきなりマウントを取られたものの、高校名に驚いてしまった。「桜成!?あんたそこ出身なの?信じられない!?」
桜成――そこは女子高では日本一を誇り、頭の良さでは開立を超えるとも言われている。
その女子生徒は言った。「ガリ勉陰キャ女子って成績悪いよね?遊べよ!」
そう言って、その女子生徒も去っていった。
天馬はその場で膝まずいてしまった。そして痛感した。ベータの言っていたことが、まさに現実となって目の前に突きつけられたのだ。
「俺はただナチュラルのデータを収集しただけだ……そして聖修院で成績が良くても、開立や桜成には勝ってない……俺の本当の敵は、井の中の蛙のうぬぼれだったんだ……」
天馬も、そして葉子も、自分たちが世間を知らないことを痛感させられたのであった。
To be continued!!
