【連載小説】save the gene | 第30話 史上最強のナチュラル θ(シータ)
Part 1 甘利康之の秘密
梅雨明け間近の湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく中、一戸天馬、桜木葉子、山崎國男の三人は、甘利康之の自宅へと向かっていた。彼らの目的は、最近皆で熱中しているFPSゲーム『バッド・アウト』の研究会だ。天馬はつい先ほどまで、gene社の福利厚生ソーシャルゲーム『ジェネシス・オデッセイ』に興じていたが、今は目の前の『バッド・アウト』の攻略で頭がいっぱいだった。
「康之ってさ、バッド・アウトのプロコーチつけてるんだってよ!」
國男が興奮気味に切り出した。
「康之って金持ってるらしいけど、ここまでとは……」
國男は康之の家が豪邸であることは知っていたが、まさか専属のFPSプロが家庭教師についているとは、さすがに驚きを隠せないようだった。
葉子がそれに続く。
「だからかな? 康之って動きがまるで教科書みたいだった。強いっていうよりも、安定性が高いみたいな」
天馬はスマートコンタクト越しに、二人の話を聞きながら頷いた。確かに、康之のプレイは尋常ではなかった。
「さすがに上手すぎると思ってたけど、そういうことだったのか。じゃあ俺たちもあやからせてもらっていいよな?」
天馬はそう言いかけて、ふと疑問に思った。
「あれ? 待てよ? そういえば……」
天馬は以前、ベータが「ナチュラルθは甘利財閥」と言っていたのを思い出した。その時は偶然名称が同じなだけだと思っていたが、念のため康之に尋ねてみることにした。
「康之! お前ん家って、財閥関係だったりしない?」
天馬の問いに、康之は少し戸惑ったように答えた。
「そういう言い方はしたことないけど、おじいちゃんが金持ってる」
康之らしい、ぶっきらぼうな返答だった。しかし、國男がすぐに反応する。
「聖修院ってそういう豊かな奴が集まりやすい学校だけど、康之は突出してる気がするな」
葉子も康之の意外な一面に気づいていたようだ。
「康之ってパッとしないところがあるけど、実はすごいみたいなところ結構あるよね?」
天馬は最初は杞憂だと思っていたが、二人の言葉を聞くうちに、その疑念は少しずつ確信へと変わっていった。
(もしかして、康之のお爺ちゃんって……甘利財閥トップの、甘利結城なのでは?)
天馬の脳裏に、ある一つの疑念がよぎった。
ナチュラルγ戦の後、例えようのない緊張感が拭えなかったので、スマコンを常に装着していた。そしてスマコンのメビウスに『e(emergency)』と入力することにした。これは緊急時にジーンに来てもらうプロンプトである。もしかしたら、何か悪いことが起こるかもしれないと予感していた。
Part 2 甘利結城
そして、康之が口を開いた。
「ついたよ。ここが僕の家」
康之が指差した先には、まるで時代劇に出てくるような、威風堂々とした和風の大きなお屋敷がそびえ立っていた。世田谷という都心の一等地でこれほど広大な土地を所有していることに、天馬たちはただただ壮観するしかなかった。
「すごいな……」
天馬は思わず呟いた。葉子は驚きのあまり、思わず口元を塞いでしまっている。國男は康之をまじまじと見つめ、呆れたように言った。
「お前、何者だよ……。はじめはただのイケメンの陰キャだと思ってたのに」
康之はそんな友人たちの反応を気にする様子もなく、淡々と促した。
「上がって」
天馬たちは促されるままに甘利邸にお邪魔させてもらった。玄関から続く、少し長い通路を歩くと、やがて一つの部屋に辿り着いた。
「ここ……僕の部屋。バッド・アウトのコーチもいるはずだから」
康之の言葉に、天馬たちは緊張しながら部屋の扉を開けた。そこに座っていたのは、FPSの有名動画で何度か見たことがある、あの『バッド・アウト』のプロだった。
「君たちが康之の友達だね? よろしくね?」
プロの言葉に、天馬たちは思わず身構えてしまった。
「よろしくお願いします!」
天馬が代表して頭を下げ、葉子と國男もそれに続いた。
「まず天馬たちは立ち回りの基本が弱いから教えてもらって」
康之の指示で、天馬と葉子と國男は、そのプロから丁寧に指導を受けることになった。プロの的確なアドバイスと、康之の安定したプレイを間近で見ることで、彼らの理解は深まっていった。
数時間が経過した頃、突然、どこからか大声の怒鳴り声が聞こえてきた。
「こら! 康之! 高校生になってもゲームばっかり! いい加減卒業しなさい!」
その怒鳴り声と共に、康之の自室のドアが勢いよく開け放たれた。そこに現れたのは、がっしりとした体格の老人だった。康之は驚いた様子で、その人物に答えた。
「ごめん! お爺ちゃん! 一時間くらいお願い!」
しかし、老人は康之の言葉に耳を傾けず、天馬たちの方へ視線を向けた。
「そこの若造たちも、何、夏休みに外に遊びに行かんのだ? そろいもそろってゲーム! ゲーム! って!」
葉子は突然の迫力に驚き、慌てて謝った。
「すいません……失礼しました……」
國男もその威圧感に押され、どもりながら謝罪した。
「はい……すいません!!」
老人はさらに言葉を続けた。
「最近の若いものは! デジタルばかり汚染されて画面ばかり見てる! だから日本経済は低迷するんだ!」
その言葉を聞いた天馬は、もしかしたらと思い、勇気を振り絞ってその老人に問い詰めてみた。
「もしかして、あなたが甘利結城さんですか?」
老人は一瞬、目を見開いたが、すぐに表情を引き締め、天馬を値踏みするように見つめた。
「何故? わしの名前を知っているのかね? 少しは世の中のことは勉強している生徒かね?」
天馬はさらに質問を重ねた。
「甘利財閥の人ですよね?」
甘利結城は、天馬の問いにわずかに眉をひそめた。
「わしのことを探ってるみたいだね? ちょっと来なさい」
葉子が不安そうな表情で天馬に問いかけた。
「ちょっと天馬? 何のこと? またgene社がらみの話?」
國男も困惑しながら言った。
「何かの偶然が絡んだんだろうな……康之ん家がここまで大きいんなら、有名人がいてもおかしくないから」
天馬は甘利結城の視線を受け止め、毅然とした態度で言った。
「少しお話をさせてもいいですか?」
甘利結城は天馬の言葉を遮るように、有無を言わせぬ口調で告げた。
「わしの道場で心魂を叩き直してやる! そこのゲームの人は帰りなさい!」
FPSのプロは、老人の言葉に逆らうことなく、すぐに立ち上がった。
「わかりました。失礼します」
そして、天馬は半ば強引に甘利結城の「道場」という場所まで連れていかれたのだった。
Part 3 出入り禁止
天馬が連れてこられたのは、「道場」と称された一室だった。そこは、広々とした畳敷きの空間で、壁際には古めかしい武具が飾られている。甘利結城は、その中央であぐらをかき、どっしりと座り込んだ。その堂々とした佇まいと、がっしりとした体躯から放たれるものすごい貫禄に、天馬は思わず息を呑んだ。

「天馬君? そこに座りなさい? 込み入った話があるのであろう? 何かね?」
結城の言葉に促され、天馬は向かい合うように座った。緊張しながらも、天馬は切り出した。
「少しお尋ねしづらいのですが……」
「たくっ……なんだね?」
結城は不機嫌そうに促した。天馬は意を決して尋ねた。
「メビウスクリエイションってご存じですか?」
その言葉を聞いた瞬間、結城の顔色が一変した。それまでの威厳に満ちた表情が、驚愕と動揺に染まる。
「何の事だ? わしは知らん! 出ていきなさい!」
結城は激しい口調で恫喝した。その迫力に、天馬はたじろぐ。
「もう康之と関わるな!!!!」
その後のことは、あっという間だった。なぜか葉子まで巻き添えを食らい、天馬と一緒に甘利邸から追い出されることになった。國男は元々康之と仲が良かったせいか、追い出されずに済んだようだった。
「なんなのよ! もう! 天馬! 何で私まで巻き添え食うのよ!? これじゃ國男や康之と不仲になるじゃない!」
葉子は怒りと不満を露わにして天馬に詰め寄った。しかし、天馬の頭の中は、結城の反応でいっぱいだった。
「間違いない! 甘利財閥のトップだ! 偶然だけど見つけたぞ! あいつがナチュラルθの本体だ!」
天馬は興奮気味に葉子に訴えた。しかし、葉子は納得がいかない。
「公私混同しないでよ! 私たちが遊びに来たことと、康之のおじいちゃんが偉い人だとは関係ないでしょ!?」
葉子はそのままうなだれ、トボトボと自宅へ徒歩で帰ることにした。
「俺だってまさか? 友達に関係者がいるとは思わなかったんだよ……しかも追い出されるとは想定外だった」
天馬は葉子の隣を歩きながら、申し訳なさそうに言った。
「偶然ってあるのね……はぁ……何でトラブルに巻き込まれるのかしら? 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに……」
葉子はため息をついた。
「『甘利』って名字でもしかしたらと思って、そのもしかしたらが当たっちまった……ごめん葉子……」
天馬は改めて謝罪した。
二人が会話しながら徒歩で帰っていると、不意に、後ろから少年のような声で話しかけられた。
「僕のこと嗅ぎまわっているのは君たち?」
声をかけられて天馬と葉子が後ろを振り向くと、そこに立っていたのは、不審な格好をした少年らしき人物だった。その姿は、どこか現実離れしている。

「この人何? 無機質な感じがして人じゃないみたい?」
葉子が警戒するように呟いた。天馬は少年の顔に目をやり、驚きを隠せない。
「もしかして……顔に一つ目……ガンマとベータと共通点がある……まさか……」
天馬の言葉に、少年らしき人物は静かに佇んだまま、口を開いた。
「ガンマとベータ知ってるの? ああ? ガンマを倒したっていう一戸天馬?」
その言葉は、天馬の背筋を凍らせた。
Part 4 史上最強のナチュラル θ(シータ)
少年らしき人物は、まるで全てを見透かしているかのように、静かに微笑んだ。
「天馬君? もうナチュラルという存在はご存じだよね?」
天馬は警戒を露わにした。
「知ってるの分かってるはずだろ? 何を改めて言っているんだ?」
少年らしき人物は、天馬の言葉を意に介さず、淡々と続けた。
「現時点での全てのナチュラルで、僕が一番強いとされている……」
天馬は目を見開いた。
「何だって? メビウスクリエイションの中でも一番強いみたいなことは聞いたが……全てのナチュラルで最強!!?」
少年はその言葉に、静かに頷いた。その姿は、最強という割にはあまりにも小さく、黒装束を着ているところが不気味さを際立たせていた。
「自己紹介するよ……僕がメビウスクリエイション最新型……史上最強のナチュラル……ナチュラルθだ……」

ナチュラルθは、どこか楽しげに、しかし冷酷な響きを帯びた声で言った。
「あまり……嗅ぎまわられては困るんだよ? 日本にとって経済は最優先事項だからね……少し痛い目を見てもらうよ?」
天馬は、まさか向こうから仕掛けてくるとは思わず、一瞬の戸惑いの後、闘志を燃やした。
「まさか……あちらから臨戦態勢になるとはな……いいぜ! ガンマも倒せたんだし……もしかしたら……」
そう強がってはいたものの、天馬の心の中では、早くジーンが駆けつけてくれることを願っていた。だが、ナチュラルθは、天馬がメビウスを起動する際に唱えるのと同じ呪文を唱え始めた。
「その威勢がどこまで続くかな? 『一戸天馬 スマコン save the moebius!!』」
天馬は、何が起こるのかと構えていたが、何も起こらない。少し余裕の顔をして、天馬は言った。
「何をやってるんだ? 何も起きないじゃないか? じゃあこちらも行くぜ! 『プロンプト入力!!』」
しかし、天馬のスマートコンタクトは沈黙したまま、何も起こらなかった。双方、何もしていないように見える。ナチュラルθは、そんな天馬の様子を見て、くすくすと笑った。
「ナチュラル戦では必ずこちらが先攻になる。一度こちらから仕掛けないと君はプロンプトを入力できないからね? しかし、その前に君のメビウスを封じてしまえば? 理論上、絶対に君は僕に攻撃できない……」
天馬はひどく驚いた。
「なんだって!? じゃあ俺はナチュラルθにもう二度とプロンプトで攻撃することはできないのか!?」
ナチュラルθは、さらに笑い声を上げた。
「まず最強と言える一つの所以はこれだね? それだけじゃないんだ?」
ナチュラルθは、次のプロンプトを入力した。
「桜木葉子 パワーダウン save the moebius!!」
その言葉と共に、葉子の体から一気に力が抜け、その場に倒れこんだ。天馬は怒りに震え、ナチュラルθに叫んだ。
「貴様!? 何をやった!? 葉子に何をした!?」
葉子は、苦しそうに天馬を見上げた。
「今回は私も巻き込まれるの!? 突然全身が脱力したの? 怖いよ……天馬? 助けて……」

ナチュラルθは、無感情な声で説明した。
「僕の能力はまさに『願いを叶えることができる』能力だよ。僕がこういえば、実際にこういう結果が生まれる?」
天馬は怒りで我を忘れ、ナチュラルθに殴りかかろうとした。
「何……うだうだ説明してんだよ!? 葉子に手を出してんじゃねーぞ!! てめえ!!」
しかし、ナチュラルθは天馬の攻撃を意にも介さず、冷酷に告げた。
「無駄だよ? 殺生は禁じられても植物人間にはしていい……そういう理屈になるからね」
今まで出会ったどのナチュラルよりも、ナチュラルθは最もおぞましいオーラを放っていた。
Part 5 一戸天馬最大の危機
無謀にも天馬は素手でナチュラルθに殴りかかろうとした。だが、ナチュラルθは冷ややかに言った。
「無駄な抵抗だね? もう『save the moebius』は略していいかな? 『一戸天馬 失明』」
その言葉と同時に、天馬の目に激痛が走った。視界が真っ暗になり、天馬は思わずうなだれた。
「目が痛い!!見えない!? お前!? 何をした!?」
ナチュラルθは、嘲笑うかのように言った。
「僕の願いが叶ったんじゃん? 無謀だね? 僕に挑むなんて?」
天馬は全身で脅威を感じた。
「強い……強すぎる……さすがに最強だけある……今までのナチュラルとは段違いだ……」
ナチュラルθはさらに追い打ちをかける。
「そのままなぶり殺されちゃえ! 『一戸天馬 パワーダウン』」
その言葉と共に、天馬は全身の力が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。
「くっそう……一体どうしたら」
これまでのナチュラルとは一線を画す。まず、こちらの攻撃を初手で封じられている。この時点でも最強と名乗ってもいいのに、ナチュラルθが唱えたプロンプトが実際に発現し、こちらは何も手を出せない。一方的に嬲られている。
ナチュラルθは、さらに残酷な言葉を吐き出した。
「もう生死の境をさまよいなよ! そこの女の子も三途の川一歩手前までいけば? そのくらい見せしめにやらないと、また復讐しに来るでしょ?」
天馬は、意識が朦朧としながらも、絶望的な状況に打ちひしがれた。
「ちくしょう……ここまでか……」
その時だった。天馬と葉子が、突如として眩い光に包まれた。光が収まると、葉子は驚いたように声を上げた。
「え? 私……普通に立つことができる? 何が起きたの?」
天馬もまた、失明したはずの目が回復していることに気づいた。視界がクリアになり、周囲がはっきりと見える。
「これってまさか!? ジーンが来てくれたんだな!?」
その瞬間、聞き慣れた、しかしどこか力強さを増したジーンの声が聞こえた。
「お待たせ! 天馬?」
だが、そこにいたのは、これまでの黒い装甲を身につけたジーンとは異なる姿だった。それはまるで、天からの使いのような、神々しい輝きを放っていた。
天馬は驚きと困惑を隠せない。
「ジーン……お前……どうしたんだ? 姿が!?」
ジーンの新たな姿を前に、天馬は言葉を失った。
To be continued!!
