【連載小説】save the gene | 第18話 ディザスターの王
Part 1 私だよ!
千代田区大手町、そびえ立つgene社本社の入り口を、一戸天馬は相棒のジーンと共にくぐった。ボーリング玉サイズの漆黒の装甲をまとったジーンは、天馬の頭上をふわふわと漂っている。受付に立つ流線型のAIロボットが、二人の姿を瞬時に認識した。
「どうぞ!天馬さん!gene japan.へようこそ!」
AIの流暢な声に導かれ、天馬とジーンはスムーズにエントランスを通り抜けた。エレベーターで5階へと上がり、AI開発部のフロアへ足を踏み入れる。
「改めてすごいな…すごく綺麗で広いオフィスに半分くらいAIで、半分は人が共存して働いてる…」
天馬は感嘆の声を漏らした。オフィス空間は洗練されており、まるで未来都市の一角のようだ。人型や多脚型、あるいは用途不明な様々なAIが、社員たちと同じ空間でそれぞれのタスクをこなしている。
「近い将来AIに置き換わるんじゃなくて、天馬の言った通り共存していく形がメインになると思うよ。多分ね」
ジーンはどこか達観したような口調で呟いた。二人は開発部のオフィスを奥へと進み、やがて部長用のデスクにたどり着いた。そこに座っていたのは、黒川勇だ。
「ようこそ!諸君!ディザスターも過半数くらいは討伐したようだね!」
黒川はにこやかな笑顔で二人を迎えた。天馬は深く頭を下げた。
「こんにちは!黒川さん!」
ジーンもそれに倣うようにお辞儀をする。
「ところで君を招いたのは他でもない。君が抱える疑問についてだが…」
黒川の言葉に、天馬はいよいよ本題かと身構えた。心臓がわずかに高鳴るのを感じる。しかし、黒川の次の一言は、天馬の予想を裏切った。
「その前にB級ナチュラルの王と呼ばれているディザスターを討伐してもらいたい。頼まれてくれるかね?」
天馬は腑に落ちないといった表情を浮かべた。
「今すぐではだめなのでしょうか?黒川さんが明かしてくれることを心待ちにしていたのに」
焦燥感をにじませる天馬に、黒川は落ち着いた声で答えた。
「少し下準備が必要でね。情報のセキュリティを解く最後の準備をしてほしいということだよ」
ジーンが首を傾げた。
「いわゆるディザスターの王っていう名称からして多分最強のディザスターだよね?その案件を処理しなきゃいけない理由でもあるの?」
ジーンはマスコットキャラなのか、黒川にでもタメ口である。そして黒川は間髪入れずに言った。
「今すぐ頼めることなんだが、引き受けてくれるかね?」
天馬は疑問符を浮かべる。
「今すぐ頼める?今回はここから近いところにディザスターが存在するんですか?」
「そう、ものすごく近いところにある…」
黒川の言葉に、天馬はさらに困惑した。
「その場所というのは?ディザスターの王と言われる人物像は?」
黒川は満面の笑みを浮かべ、衝撃的な一言を放った。
「私だよ!」
ジーンは唖然とし、宙に浮いたままぴくりとも動かない。天馬もまた、呆然とした表情で口を開いた。
「へ!?」
黒川はもう一度、念を押すように言った。
「だから私だよ!一瞬状況を飲み込めなかったのかね!?」
「黒川さんがディザスターの王!?」

天馬の脳裏には、「黒幕が身近にいた」という言葉がよぎった。だが、ジーンはあっさりとその思考を否定する。
「黒幕が灯台下暗しで身近にいたとかそういうことじゃないと思うけど、要は黒川部長の憑き物を取ってくれってことだね」
ジーンの解説に、天馬は合点がいった。
「ああ、そういうことか。ナチュラルを裏で操っていたとかそういうことだと思ったよ」
どんでん返しがあったわけではなかったが、それがこれからも確実に存在しない保証はない。黒川は立ち上がり、大きく腕を広げた。
「そういうことじゃ!だからここじゃ被害が出るからビルの屋上に行くぞ!わしについてこい」
天馬とジーンは黙って黒川に従い、エレベーターや階段を使い、gene社ビルの屋上へと向かった。
Part 2 ディザスターの王 コルレール
風が吹き荒れるgene社ビルの屋上。黒川は自信に満ちた笑みを浮かべ、天馬とジーンに向き直った。
「王というからには、私自身で呼び出せる!私もスマコンを装着してるのでね」
黒川は自身のスマコンを操作し、インストールされているメビウスにプロンプトを入力した。
「『ディザスターの王 save the earth!!』」
天馬は驚きの声を上げた。
「save the earth!? 黒川さんも俺と同じことができるの!?」
「私自身のナチュラルしか呼び出せないがね!ほら、少し上空を見てみろ!巨大な怪鳥が姿を現しただろ?これがディザスターの王コルレールだ!」

黒川の言葉に従い、天馬とジーンが視線を上空に向けると、そこには四枚の羽を持つ巨大なカラスのようなディザスターが姿を現していた。その威容は、見る者を圧倒する。ビル群の間に広がる夏の空を背景に、異形の鳥はゆっくりと旋回していた。風切り羽根が巨大な影を地上に落とし、都会の喧騒すらも一時的に静寂に変えるような存在感を放っている。
「わかる…このディザスターとんでもなく強い!しかも鳥型だから僕の分解装置も届きにくい」
ジーンは、その小さな体から想像できないほど真剣な声で警告した。宙に浮いたまま、その黒い装甲の表面がわずかに光を放っているように見える。
「元々あまり分解装置は活躍してないから、別にそのことは意識はしてないけど…もしかしてこの鳥、そんなに強いのか!?」
天馬は思わず声を上げた。ジーンの言葉には、どこか悲壮感すら漂っている。これまでのディザスター討伐とは一線を画す、桁違いの相手だと直感した。コルレールの羽ばたきが生み出す風圧が、屋上に立つ天馬たちの髪を大きく揺らす。
黒川はそんな二人の様子を満足げに見つめ、ニヤリと笑った。
「さあ!感嘆するのは勝手だが、これからバトルしてもらうよ!いけ!コルレール!」
黒川の号令と共に、上空のコルレールが一段と甲高い鳴き声を上げた。その巨体がぐっと傾き、天馬たちに向かって急降下を開始する。風を切る音が、まるで咆哮のように耳に届いた。
天馬は素早く体勢を低くし、同時にスマコンを操作した。脳内で戦術を組み立て、メビウスに指示を送る。ジーンもまた、黒川の言葉が戦闘開始の合図だと理解し、その小さな体をわずかに揺らしながら臨戦態勢に入った。屋上のコンクリートが、巨大な影に覆われる。
彼らの目の前には、これまで経験したことのない強敵が迫っていた。
Part 3 vsコルレール
コルレールが四枚の羽根を激しく仰ぎ、凄まじい突風が発生した。ジーンは間髪入れずに広範囲の盾を展開し、天馬はその陰に隠れた。しかし、風の勢いはあまりにも強く、天馬たちはじりじりと後ろへ押しやられていく。屋上の縁が、すぐそこまで迫っていた。
「このままだと落ちて下に落下する!天馬!落ち着いて!的確にプロンプトを!」
ジーンの焦った声が響く。天馬もまた、この状況にわずかに慌てながらも思考を巡らせた。
「ようは時間制限ありのバトルみたいなものだな。んーと、そうか!『翼でビルから落とす攻撃!!』」
天馬がプロンプトを打ち込むと、コルレールは突風を発生させるのをぴたりと止めた。黒川はそれを見て、大いに笑った。
「これまでの奴らより攻撃パターンが多いぞ!」
コルレールは再び上空高く飛び上がり、天馬とジーンの視界から姿を消した。
「どこから来るかわからないよ!周囲を警戒して!」
ジーンの忠告に、天馬は言われた通り四方八方へと視線を走らせた。その時、斜め上空からコルレールが猛然と突進してきた。ジーンはすかさず盾で弾き返したが、コルレールは再び飛び上がり、姿を消す。
「もう一発喰らったら盾が壊れる!しかも普通に思いつく単語だと多分違う!よく考えて!慌てずに!」
ジーンの緊迫した声が飛ぶ。天馬は歯を食いしばった。
「盾は一回きりかよ!どういうプロンプトを打ったらいいか考えてんだけど…」
その瞬間、盾の真後ろの死角から、コルレールが再び突進してきた。天馬はすかさず後ろを見たが、避けきれずに直撃を受けてしまった。
「ぐ!げほげほ!!いでえ!!」
天馬は吹っ飛び、あまりの激痛に悶え苦しんだ。ジーンは素早く「エリアヒール!」と唱え、天馬は何事もなかったかのように回復した。だが、激痛を伴った記憶は消去されない。天馬は恐怖に臆しながらも、拳を握りしめた。
「こ、こんな直撃を喰らったのは初めてだ……だけど!屈してたまるか!」
「僕も後方不注意で盾で防がなかったのは申し訳なかった!だけど、もうプロンプトはわかるでしょ?死角からきた!」
ジーンの言葉に、天馬ははっとした。
「なるほど。『上空や四方八方や死角からの攻撃!』」
天馬が長いプロンプトを入力すると、コルレールはまるで糸が切れたかのように上空から墜落し、その場でもだえ苦しんだ。しかし、まだ止めの「weakness?」は表示されない。
「さて、ここまでは余興じゃな!後半戦いくぞ!ここからが本番だ!」
黒川の声が響く。コルレールはゆっくりと立ち上がると、再び羽をバサバサと仰ぎ始めた。すると、その周囲に小規模な竜巻が次々と発生し、天馬たちを取り囲んでいく。
「これは…物理的に攻撃するというよりも、物体ごと屋上から吹き飛ばすタイプだ!天馬!即座にプロンプトを入力して!一回喰らったらアウト!」
ジーンの警告に、天馬は焦りを隠せない。
「いわゆる即死!?聞いてない!?竜巻!?」
そのやり取りをしている間にも、周囲の竜巻は増え続け、だんだんと天馬たちの逃げ場がなくなっていく。
「喰らったら終わりだよ!?早く打って!?」
ジーンが必死に叫んだ。天馬は、早く、そして冷静にこの攻撃を分析した。思考を巡らせ、そして閃いた。
「難しく考えなくていい…端的に考えろ!『トルネード!』」
天馬のプロンプトが発動すると、たちまち周囲の竜巻はすべて止んだ。同時に、天馬のスマコンのメビウスに「weakness?」の文字が表示された。
「よし!これで後は落ち着いてとどめのプロンプトを入力すればこの化け物鳥に勝てる!山場は過ぎたはずだ」
天馬は安堵の息を漏らしたが、その矢先、コルレールはその場でくるくると回転し始めた。再び竜巻を発生させている。今度は小規模なものではなく、屋上を覆い尽くすほどの巨大な竜巻へと変化していく。
「コルレールはweakness?と表示された時に真価を発揮する。直ちにとどめのプロンプトを入力しないと、君たちははるか上空にまで吹き飛ばされてジ・エンドだ!」
黒川の言葉と共に、コルレール自身が巨大な竜巻へと変貌した。
Part 4 黒川の理念
屋上を覆い尽くすほどの巨大な竜巻が形成されていく。その中心には、コルレールが不気味な存在感を放っていた。
「黒川部長は僕たちの戦いを見て楽しんでいた様子だった。おそらく下の人間を軽んじているんだよ!そこから黒川部長の裏を導き出して!いつ時間が来るか分からないから早く!」
ジーンの焦燥感に満ちた声が、風の音に混じって聞こえてくる。黒川はそんな二人の様子を意に介さず、愉しげに告げた。
「君がもし聖修院の優等生なのならば、言葉が浮かんでくるはずだ!さもないと私も吹っ飛ぶからね」
天馬は混乱しながらも、問いかけた。
「何故黒川さんも危ない橋を渡るんです!?黒川さんは言ってました。弱いものを助けないものは卑怯者だって」
黒川はそれを聞いて、高らかに笑った。
「そうじゃよ!300万年の人類の歴史の中で、ようやく人類の英知を獲得したのだ。だから強きものだけ助かる必要はないのだ?そうだろう?」
黒川の揺るぎない理念に、天馬は感銘を受けながらも、その言葉の裏にある意図を冷静に分析した。
「黒川さんはおそらく年を取ってるから、感情を隠すことが弱いんだと思う。でもその理念は間違っているとは到底思えない…そうか!」
コルレールの竜巻が今にも完成しようとしていた。ジーンが苛立ち混じりに叫ぶ。
「何目をつぶってるの!?天馬!?」
天馬は心の雑念を払い、目を閉じた。そして、腹の底から絞り出すように叫んだ。
「『普遍的平和 destruction!!』」
ジーンは天馬の叫びに慌てふためいた。
「何を関係ないこと言ってるんだよ!?」
しかし、ジーンの言葉とは裏腹に、コルレールが発生させていた竜巻は勢いを失い、やがて止んだ。そして、コルレール自身も銀色の砂となって、風に舞いながら消滅していった。
ジーンは驚きと感嘆の声を上げた。
「まさか・・・これが黒川部長の思ってたことなんだね!?天馬すごい!?いかにも悪徳ジジイなのに!?」
黒川はジーンの言葉に呆れたように言った。
「悪徳ジジイは余計じゃろ?本当に悪徳だったら天馬君が失敗してたらわしも犠牲になっとらん!」
天馬は荒い息を整えながら、疲労と達成感をにじませた。
「はぁはぁ…強かった…でもディザスターの王に勝ったんだ!」
しかし、黒川は冷静に告げた。
「王と名乗っているが最強とはいっとらんぞ!後一体ディザスターを学習させれば、本題のA級ナチュラルの話もしようではないか?」
そうして、コルレールとの戦いは幕を閉じた。
Part 5 真相?
コルレールとの激戦を終え、gene社屋上の風はまだ冷たい。天馬は呼吸を整えながら、黒川に向き直った。心の中には、勝利の余韻と共に、数えきれないほどの疑問が渦巻いていた。
「約束です。話してもらいます。ジーンは何故ナチュラルαと呼称しているのですか?」
天馬が真っ先に聞きたかった質問を口にすると、黒川は満足げに頷いた。
「ここまでできるのならば、話すほかあるまい……まず、ナチュラルとはどういった存在かね?」
黒川の意味深な問いかけに、天馬は以前ジーンが言っていた言葉を思い出し、答えた。
「かつて間違っていたものの残骸ですよね?」
「それは本質的には違う。人の脳の電気信号をパターン化して具現化したものを、生物の自然的パターンという意味で『ナチュラル(自然)』というのだ」
黒川の言葉に、天馬は少し驚いた。これまでの認識が覆されるような定義だった。黒川はさらに続けた。
「その定義が本当だとすると、ジーンがどういった存在かわかるね?」
その言葉に、天馬ははっと気づき、信じられないという顔でジーンを見た。
「っていうことは……ジーンは誰かの脳の電気信号の具現化ということ?つまり誰かの分身ということですか?」
黒川はわかりやすく説明を加えた。
「例えばgene社で働いているロボットの事をAIロボットという。ジーンはナチュラルと言って、人の脳を解読して生まれたAI型ミュータントということだ」
核心を突く言葉に、天馬はジーンに目を向けた。
「っていうことはジーンはどこの誰かのアバターなんだ…知らなかった」
ジーンは申し訳なさそうに言った。
「ごめん……これ以上はプロテクトがかかってて詳しく説明できないんだ?都合よくプロテクトって言ってごめんね」
天馬は一つ納得したようで、次の質問に移った。
「では、何故ナチュラルを討伐するとシンギュラリティが発生するようになるんですか?そのせいで僕は何度も危険な目にあってるんです!さっきだって」
天馬の質問に、黒川は淡々と答えた。
「人の電気信号のアバターを直接学習することによって、メビウスは膨大な量のデータを学習できる。結構これ、やってみないと分からない部分もあって、シンギュラリティという奇怪な言葉も実は我々もうさんくさいと思っているのだ!」
黒川の意外な言葉に、天馬は唖然とした。しかし、黒川はすぐに続けた。
「だが、そのシンギュラリティという奇跡さえ起こせば、今までの常識が全て覆り、万民が永劫に幸福に暮らせるユートピアが実現するかもしれない。だから世界に先立って、我々が遂行するしかない!そのために天馬君にやらせているのだ」
そこでジーンが口を挟んだ。
「コネ入社の話もあるって言ったよね?天馬?T大でも数名しかとらない就職偏差値が相当高いんだ!だからこういう任務を果たさない限り、コネ入社とも簡単に言えない部分がある」
天馬は改めて事の重大さを理解した。
「そうだったんだな。ジーン……世界を救うより、世界有数の大企業に入る事の方がよほど難しいんだな……だからこういうことやらす代わりにコネ入社ってわけか」
黒川は満足げに頷いた。
「最終目標のA級ナチュラルの討伐さえできれば、私大からでも本採用にしてやる。だから大義なのじゃよ!天馬君!」
その言葉に対し、天馬は最後の質問をぶつけた。
「そのA級ナチュラルの正体って何ですか?」
黒川は答えようと口を開いた。
「そのA級ナチュラルというのはじゃな……」
その時、一瞬にして空に暗雲が立ち込め、低い、だが確かな誰かの声が響き渡った。
「黒川よ……お前はこれ以上話さない方がいい……私は貴様など一瞬で葬ることも可能だ……」
その声の貫禄とは裏腹に、黒川は急にしゃがみこみ、まるで怯えるかのように震え始めた。
「すみません!言いすぎました!!」

あまりにも突飛な出来事に、天馬とジーンはただ立ち尽くすしかなかった。
To be continued!!
