【連載小説】save the gene | 第8話 OD(オーバードゥーズ)
Part 1 大麻解禁派
土曜日の午後。聖修院高校の体育館には、ピンポン玉の乾いた打球音が響いていた。午前中の授業を終え、一戸天馬と山崎國男は卓球のラリーに興じている。卓球部員の山崎は、天馬に合わせてスピードを落とし、丁寧にボールを返していた。
「俺達、未成年だから酒は飲めないだろ?たまには勉強の発散としてドラッグで発散したいところがあるんだよな」
山崎が唐突に言った。天馬は飛んできたピンポン玉を打ち返しながら答える。
「そういうのは大学進学してからでいいんじゃないのか?進学する前に脳がダメになったら困るだろ?」
「勉強しんどいからなあ……今乗り越えたら報われるのかな?大学に受かってもまたしんどいんじゃないかと思ってさ」
山崎はラリーを続けながら本音を漏らす。天馬もまた、ボールを追いつつ言葉を返す。
「俺の母さんが言ってたぞ。『しんどい時期を乗り越えれば楽になる。今諦めると一生後悔する』ってよ」
「そういうこと盲目的に信じてもわかんねーよな、今実際しんどいし。だったら大麻が解禁されてる国があるのなら、日本でもやっていいんじゃねーの?」
山崎の薬物に対する疑問に、天馬はピンポン玉をラケットで思いっきり遠くに吹っ飛ばしてから続けた。
「お前は目先の利益に囚われやすいからな。それだけ自分を追い込んでいる分、努力できる証拠だと思うけど……」
天馬は改めて山崎の方を向いて言った。
「その話は大学に受かってからだ!大麻をやりたければ近い将来、合法国に行けよ!タイとかカナダとかそうだろ?」
山崎の表情がパッと明るくなる。
「その時、天馬と葉子とで三人で行こうぜ!その時、それまでの勉強のご褒美としてさ!」
「葉子は巻き込みたくないけど、進学したらありかもな?俺も大麻に対して否定的ではないから」
天馬がそう言いかけた途端、背後から聞き慣れた声が響いた。
「よう!」
天馬と山崎は驚いて振り返る。そこにいたのは、ボーリング玉サイズのぬいぐるみのような相棒、ジーンだった。宙に浮いたまま、いつもの高さで二人の会話を聞いていたらしい。
「お前、以前現れた日曜朝8時くらいにやってる魔法少女のマスコットじゃん!」
山崎が目を丸くする。天馬は慣れた様子で問いかけた。
「よう!今回も仕事持ってきたの?」
ジーンは天馬と山崎の会話に意見を挟むように言った。
「別に僕は大麻に対して肯定的でも否定的でもないけど、自己責任なら構わないよ。でも、脳の報酬系の話ならもうAIによって解決できるからいらないんじゃない?」
その興味をそそる言葉に、山崎國男は食いついた。
「そのよく喧伝されてるAIって、薬物乱用も解決できるのか?」
「ようはセロトニン・エンドルフィン・ドーパミン等の快楽物質が欲しいんでしょ?だったらドラッグに頼る必要はないよ。AIはこれから発展していって、ドラッグなしで快楽物質の分泌が可能になると信じられているから」
ジーンの言葉に、天馬は共感を示す。
「俺も山崎の気持ちもわかるよ……親に日本の責任押し付けられて、勉強押し付けられて、何か人生に不自由さを感じることがある。その理性がなくなればいいなって正直思う」
ジーンは天馬の言葉に反論した。
「毒性のない薬物は存在しない。法の抵触にも関係するし、金もすごくかかる。それらをAIと対話する……AIとコミュニケーションすることによって解消すれば、そのわだかまりも過去のものになる……なりそうでしょ?」
山崎は少し期待を寄せたような表情で言った。
「俺も対話型AIを活用してみようかな?ジーンがそこまで言うなら!少し俺アブノーマルだから、そういう話を天馬に持ちかけただけだよ!」
「別に本当に山崎はドラッグに手を出してるわけじゃないし、ゲイって言っても実際に付き合ったことないんだろ?成績も真ん中くらいだし……ある程度信用できる誠意は見られるからな」
天馬の言葉に、山崎は嬉しそうに言った。
「天馬!付き合って!」
「やだ!」
天馬は即答した。体育館に、天馬と山崎、そしてジーンの笑い声が響き渡った
Part 2 このバイトも慣れる
午後二時過ぎ、聖修院高校の校庭はひっそりと静まり返っていた。先ほどまで卓球に興じていた体育館の熱気は、もうここにはない。天馬は山崎と別れ、ジーンと共に校庭の片隅にあるベンチに腰掛けた。やわらかな陽光が、新緑の木々を透かして降り注ぐ。天馬はスマートコンタクト(スマコン)を装着し、どこかぼんやりと空を眺めていた。隣に、いつものように人の頭の高さで宙に浮いているジーンが、ゆらりと揺れる。
「君たちがちょうどドラッグの話をしてたよね? ちょうどそのドラッグ系の仕事だよ!」
ジーンの言葉に、天馬の背筋がぞっとした。まさか、あの会話を全部聞いていたとは。そして、ドラッグ系の「仕事」という物騒な響きに、思わず体が硬直する。
「まさか、売人の摘発とかか?」
天馬は声が上ずっているのを自覚しながら、恐る恐る尋ねた。彼の脳裏には、映画で見たような暗く危険な裏社会のイメージが瞬時に広がる。高校生である自分に、そんな大それたことができるはずがない。
ジーンは天馬の不安を見透かしたように、ゆっくりと目をつぶり、首を左右に振った。
「C級の上位種の討伐の仕事! つまり天馬は練習しろってこと! バイヤーなんてやばい仕事じゃなくて、葛飾区柴又の団地のお母さんが何か取引をしてる、それを尾行して拘束して、ナチュラル発現させて倒して終わり!」
ジーンの説明に、天馬は拍子抜けしたように安堵の息を漏らした。売人の摘発などという、物騒で危険な仕事ではなかった。ジーンが言うところの「C級の上位種」というのは、C級の中でも戦闘特化型だ。そして、「ナチュラル発現」も、そのミュータントを実体化させるための特定の行動や状況を指す、彼らの間の専門用語のようなものだ。
「今回は何か今までよりもイージーに聞こえる。で? 日帰り? 門限破ったらまた葉子に泣かれるからな」
ジーンは天馬の懸念を承知の上で、にこやかに答えた。
「今回の依頼は多分、天馬がやってきた案件の中では最も楽に感じるんじゃないかな? ただ、取引が本当に危険ドラッグの類だったら話が大きくなる」
その言葉を聞いて、天馬は思わず唾を飲み込んだ。「話が大きくなる」という言葉には、これまでの彼が経験してきた「楽ではない」案件の記憶が蘇る。もしかしたら、一筋縄ではいかない可能性も秘めているのかもしれない。しかし、ジーンはすぐに天馬の不安を打ち消すように言った。
「話が大きくなったらgene社で介入するから、天馬はあくまでも取引現場のシングルマザーを抑えてくれるだけでいい!」
ジーンの言葉に、天馬は再び安堵した。自分が対処しきれない事態になれば、ジーンの背後にある「gene社」が動いてくれる。それならば、と天馬は任務の具体的な内容に意識を向けた。
「じゃあ、何をすればいいんだ?」
天馬が問いかけると、ジーンは彼の目を見つめ、具体的なプロンプトを教えてくれた。天馬の視界に表示されているスマコンの画面は、対話型AIメビウスのインターフェースが起動している。
「葛飾区、アパート、裏取引、save the gene!! ね」
まるで完全に慣れたかのように、天馬はそのプロンプトをメビウスに入力した。彼の指がスマコンの仮想キーボードを軽やかにタップする。メビウスは瞬時にプロンプトを解析し、未来予測の映像を生成した。
天馬の視界に、鮮明な映像が映し出された。そこには、薄暗いアパートの裏手で、二人の女性が何やら小さなもののやり取りをしている光景があった。一人の女性は、おそらくジーンが言っていた「シングルマザー」だろう。もう一人の女性は、どこか胡散臭い雰囲気を纏っている。映像は短いながらも、これから起こるであろう事態を克明に示していた。
天馬は映像を見ながら、小さく呟いた。
「はいはい、これからスマコンの経路案内見て、電車やバス乗り継いで柴又行って、やることやって、三万円GET!」
慣れた口調で、彼は任務の報酬を口にした。最近の案件では、三万円以上の報酬が支払われることもあった。今回は、いつも通り三万の額だろう。
ジーンは天馬の言葉に、満足げににこやかに笑った。
「仕事こなしてきたから、段々慣れてきたね」
ジーンの言葉には、どこか彼が成長していることを喜ぶような響きがあった。天馬自身も、最初は得体の知れない現象に戸惑い、ジーンの突然の出現に振り回されるばかりだった。しかし、度重なる「仕事」をこなしていくうちに、いつの間にか危険を前にしても冷静さを保ち、与えられた指示を遂行できるだけの胆力がついてきていた。
もはや、ジーンとの「仕事」は、彼の日常の一部となっていた。それは勉強や部活動と同じように、彼の高校生活を構成する重要な要素の一つだ。そして、スマコンの経路案内が表示され、目的地の「葛飾区柴又」が示された。
天馬はベンチから立ち上がり、制服のブレザーの裾を直した。ジーンは彼に寄り添うように、ふわりと宙を漂う。
「よし、行くか」
天馬は短く呟くと、足早に校門へと向かった。ジーンもそれに続く。二人はそのまま交通機関を使って、葛飾区柴又へと向かった。午後の日差しが、彼らの背中を優しく照らしていた。
Part 3 柴又とシングルマザー
午後四時頃、一戸天馬とジーンは葛飾区柴又に到着した。見慣れない下町の風景が、天馬の目を引く。せっかく来たのだからと、二人はまずは有名な柴又帝釈天へと足を運んだ。境内の厳かな雰囲気に身を置き、天馬は静かに手を合わせた。本堂の彫刻の精巧さに感心しつつ、
ある昭和の有名俳優の功績を称える仏像の前で立ち止まる。
「俺もこの俳優さんの映画を見てみようかな? アニメやゲームだけじゃなくて、こういう渋いのも興味あるんだよな」
ジーンは天馬の肩の高さで宙に浮きながら、得意げに言った。
「gene社が開設してる動画配信サイトで見れるよ。ただ、レンタル料はさすがに持てないよ!」
「次またジーンと待ち合わせする時、レンタルしてみてみるよ」
天馬は楽しげに答え、二人の会話は弾んだ。帝釈天の参道をぶらつき、懐かしい雰囲気の商店街を抜ける。観光客で賑わう通りから一本入ると、途端に生活感あふれる下町らしい景色が広がっていた。
バスを乗り継ぎ、やがて目的地のアパート群に辿り着く。古びた団地の一角にある、ごく一般的な三階建てのアパートだ。
「5時36分頃、そのシングルマザーとある女性が裏手で取引をするから、シングルマザーが単独になったとき声をかけよう!」
ジーンが、スマコンのメビウスが映し出す未来予測の映像と照合しながら、具体的な指示を出す。
「それって尾行の方が難しいパターンじゃん! 気づかれない自信あるけどさ」
天馬は思わず声を上げた。ただ対象に近づいて捕まえるだけならまだしも、取引現場を目撃し、対象が単独になるタイミングを見計らって声をかけるというのは、想像以上に神経を使う作業だ。
ジーンは呆れたように言った。
「そのくらいもできなくてどうするの? 物陰に隠れながら辿ればいいんだよ!」
その言葉に、天馬は「まあ、そうだよな」と納得した。言われた通りに実践するしかない。天馬とジーンは、アパートの裏手の死角となる場所に身を潜め、五時半頃まで待ち伏せた。
刻一刻と時間が過ぎ、約束の五時三十六分が近づく。天馬の視界に、スマコンを通してメビウスがカウントダウンを表示していた。心臓の鼓動がわずかに速くなる。
そして、その時が来た。アパートの裏手から、二人の女性が姿を現した。一人は、メビウスの未来予測映像で見た「シングルマザー」らしき女性。もう一人は、少し年上で、どこか鋭い眼差しを持つ女性だ。
シングルマザーらしき女性が、やや恐縮したように言った。
「原口さん! いいんですか? こんなにもらって!」
「原口」と呼ばれた女性は、手慣れた様子で応じた。
「いざという時のためとっておいたけど、こんなにあってもしょうがないわよねぇと思ってね、深谷さん!」
「深谷」と呼ばれたシングルマザーに、原口は紙の手提げ袋を渡した。その袋の中身は分からないが、先ほどの会話とジーンの言葉から、これが「裏取引」なのだろうと天馬は直感した。取引はあっけなく終わり、原口と深谷はそれぞれの方向へ別れた。
ジーンが即座に天馬に命令した。
「じゃあ、その深谷を尾行するよ! 半径100Mで距離置いていいから」
「了解した!」
天馬は短く返事をした。スマコンのマップ機能が、深谷の現在地をリアルタイムで追跡する。天馬とジーンは、深谷に気づかれないよう細心の注意を払いながら、一定の距離を保って尾行を開始した。彼女はアパートの敷地内を抜け、人気のない裏手に回り込んだ。どうやら、誰にも見られない場所を選んで移動しているようだ。
そして、深谷が完全に人気のない場所に差し掛かった時、ジーンが天馬に指示を出した。
「捕まえて!」
天馬は咄嗟に、深谷に向けて声をかけた。
「すいません! あなた何かやましいことしてませんか?」
深谷は天馬の突然の問いかけに、「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げ、くるりと振り返った。彼女の目には、明らかに動揺と恐怖の色が浮かんでいた。背後には、天馬と、そして人の頭の高さで宙に浮くジーンの姿が映っていた。
Part 4 オーバードゥーズ
深谷は、突然現れた天馬と宙に浮くジーンに、明らかに動揺していた。彼女の顔は蒼白になり、声が震える。
「な、なんですか? あなた達!? 警察呼びますよ!?」
天馬は深谷の動揺を無視するように、単刀直入に尋ねた。彼の視線は、深谷が持っている紙の手提げ袋に注がれている。
「その手提げ袋の中身を見せてもらえませんか?」
深谷は手提げ袋をぎゅっと胸に抱え込み、必死に抵抗する。
「これ、調子悪いときに飲む風邪薬よ! それより私に声掛けして失礼じゃない!?」
ジーンは、深谷の言葉に冷静に疑問を投げかけた。まるで言葉の裏を読み取るかのように。
「その風邪薬って本当に調子悪いときに飲むものなの?」
「なにこれ? 機械で動いてるの? そんなことはどうでもいいわ! 何しようと勝手じゃないの!? あなた達、何故干渉するの!」
深谷はジーンの存在に驚きつつも、動揺を隠そうと必死だった。彼女の剣幕に、天馬は内心で深く考え込んだ。
「いわゆる風邪薬か……トー横で流行ってるみたいだし、うちでもやってる奴いたな……。でもこの深谷さんは何も落ち度はないと思うけど」
天馬の脳裏には、最近ニュースで耳にした「オーバードゥーズ」という言葉と、身近な場所で風邪薬を乱用する若者たちの姿がよぎった。確かに、風邪薬自体は合法なものだ。しかし、それを「裏取引」と呼ぶからには、何か法に触れるような目的があるのだろうか?深谷自身に罪があるわけではないが、この状況は放っておけない。
ジーンは天馬の思考を遮るように、焦れた口調で言った。
「いいからとっとと終わらせるよ天馬! 特徴といつものプロンプト打って!」
天馬は頷いた。もはや躊躇はなかった。彼の視界に広がる**スマートコンタクト(スマコン)**の画面に、彼はプロンプトを入力する。
「裏取引、風邪薬、save the gene!!」
そのプロンプトがメビウスに認識された途端、異変は起きた。深谷の背後から、空間が歪むようにして、おぞましいモンスターが飛び出してきた。それは、想像を絶するような異形ではなく、ただのワニだった。しかし、その体はどこか現実離れした光沢を放ち、周囲の空気を重くしている。天馬は何度かこの現象を目撃しているため、驚くことはなかった。

「風邪薬自体は適法だから、かつては間違っていたとかは俺には分からないけど」
ジーンはそんな天馬の思考を断ち切るように、ワニの様子を見ながら言い放った。
「今回楽だからナチュラルが出ても余裕だね。ようは風邪薬や咳止め薬は薬機法で規制されてるから、かつては正誤は判断材料にならないけど、今は間違ってるということだよ! それよりいちいち考えなくていいから、そこのワニを倒して終わりね! ハイ!」
ジーンの声には、一切の迷いがなかった。天馬もそれに同意する。
「確かに! 倒せば終わりだもんな! 戦闘態勢、戦闘態勢……」
天馬とジーンは、ワニ型のナチュラルを見ても全く驚く様子はなかった。いつになく余裕な彼らの表情からは、この奇妙な状況に対する慣れと、来るべき戦闘への準備が見て取れた。彼らにとって、これは日常の一部なのだ。深谷の驚きと恐怖をよそに、二人の「仕事」は確実に進行していく。
Part 5 次は売春規制・・・その目的は?
深谷の背後から現れたワニ型のナチュラルは、唸り声を上げながら高速で天馬に迫った。獰猛な顎がパックリと開き、その鋭い牙が天馬の体を捉えようとする。
「おっと! 危ねえ! ワニってこんなに早いのかよ! イメージと違うな」
天馬は間一髪で身をかわし、その俊敏さに驚きの声を上げた。彼の脳内は、瞬時にワニの動きを解析し、次の行動を予測していた。
ジーンは天馬の肩の横で、冷静に指示を促す。
「で、プロンプトは? 多分これしかしてこないと思うよ」
天馬は即座に、スマートコンタクト(スマコン)の対話型AIメビウスに向かってプロンプトを唱えた。
「高速移動、噛みつき、destruction!!」
天馬の言葉がメビウスに認識された途端、ワニ型のナチュラルは、まるで砂で作られたかのようにボロボロと崩れ落ち始めた。その巨体はみるみるうちに形を失い、やがて地面に広がる一握りの砂と化して消滅した。あっけないほどの幕切れだった。
ワニが消滅した瞬間、深谷の表情にわずかな変化が見られた。目が覚めたように、虚ろだった瞳に生気が戻る。
「風邪薬で家庭の事情のうさを晴らすなんて、ばかばかしいわ! 今度から安い焼酎買ってこよ!」
彼女はどこか自嘲気味に呟いた。そして、天馬とジーンに向き直り、深々と頭を下げた。
「私、風邪薬で救急搬送されないでよかったわ! ありがとね」
深谷は、どこか吹っ切れたような表情で、持っていた手提げ袋をしっかりと抱え直し、アパートの二階へと帰っていった。彼女の背中は、先ほどまでの重苦しさとは打って変わって、いくぶん軽やかに見えた。
ジーンは、深谷が去っていくのを見届けてから、満足げに言った。
「これくらい楽だといいよね!後 三万入れといたから」
天馬のスマコンの画面に、確かに三万円の入金通知が表示された。労力に見合った、いや、労力以上の報酬だ。しかし、天馬には腑に落ちないことがあった。
「無駄口かもしれないけど、風邪薬はいいけど酒はダメって、よくわからないよ。酒だってドラッグじゃん!」
ジーンはまるで学校の先生のように、懇々と説明し始めた。
「規制されてるものはダメ! 規制されてないものは個人の自由! わかった? 天馬も二十歳にならないと酒は飲めない! それで酒のせいで健康寿命が縮まっても、この国では自己責任!」
ジーンの言葉に、天馬はどこか納得がいかない顔をしつつも、反論はしなかった。確かに、法律で明確に線引きされているのは事実だ。世の中の矛盾を突きつけられたような気分だった。
ジーンは天馬の思考を察したように、話を変える。
「第一段階はこれで終わりかな? 次はパパ活? なのかな? ちょっかい出すよ!! 売春してる女子学生に!」
ジーンの唐突な言葉に、天馬はものすごく照れた。顔がカッと熱くなる。
「パパ活女子に成敗下すとかの話!? 個人の自由に俺が首突っ込むの!?」
彼の頭に、桜木葉子の顔がよぎる。もし葉子がパパ活をしていたら……そんな想像すら、天馬にはできなかった。それに、他人の私的な関係に口を出すことへの抵抗感もあった。
ジーンは天馬の動揺を面白がるように、皮肉を込めて言った。
「まだ世の中の事知らないよね? ジュブナイル君!」
ジーンの言葉に、天馬はぐうの音も出なかった。
任務を終え、二人は電車とバスを乗り継いで世田谷の自宅へと戻った。天馬はギリギリで門限に間に合い、葉子に心配をかけることなく家に入ることができた。
「じゃあまた」
ジーンはそう言って、いつものように天馬の家を後にした。宙に浮くジーンの姿が、暗闇の中に溶けていく。
天馬は自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。ワニとの戦闘、深谷の言葉、そしてジーンが言い残した「パパ活」の仕事……。彼の高校生活は、もはや普通の日常からはかけ離れたものになっていた。そして、次の「仕事」は、彼にとってまた新たな戸惑いをもたらすことになるだろう。
To be continued!!
