【連載小説】save the gene | 第6話 B級ナチュラル 中編
Part 1 日曜の朝の待ち合わせ
日曜の朝七時。西葛西駅を降りた一戸天馬は、指定された公園の入り口で所在なさげに立っていた。会社から支給されたソシャゲもとっくに飽きてしまい、ベンチに座ってうたた寝をしていたところだった。
「やあ!」
突然、目の前にボーリング玉サイズのぬいぐるみが浮かび上がり、声をかけてきた。相棒のジーンだ。
「世田谷から西葛西までは遠かったでしょ?」
ジーンは、いつものように人の頭ほどの高さで宙に浮いている。見た目のマスコットみたいな可愛さとは、飄々とした態度だ。
「先日感情的になって、何か気分が悪いな」
天馬は、まだ寝ぼけ眼を擦りながら答えた。
「未成年だと分からないこと多いから、何かしら訴えるよね?」
ジーンは、もっともらしい口調で言った。
「そういや俺under 18だな?でも16だから後2年で大人か」
天馬は、改めて自分の年齢を意識した。
「法律上大人になったとしても、地道にやっていくこと!変に背伸びするとからかわれるよ!これから君より若い子供達のところに行くんだから」
そう言うと、ジーンは天馬のスマコンを操作してと指示した
「ミーティングツールBOOMがインストールされてるから、起動して」
天馬は言われるがまま、スマコンを操作した。コンタクトレンズ型のデバイスに映し出されたのは、スマートフォンの画面だ。BOOMのアイコンをタップすると、画面には比較的若い女性らしき人物が現れた。
「おはようございます」
女性は、丁寧な口調で挨拶した。五十嵐と名乗るその女性は、どこか不安げな表情をしていた。
「今日はお願いします。江戸川区立千原小学校に通っているうちの息子が、ずっと渡したスマホでPINEを見続けているんです。何やらグループPINEをやっているようで……」
五十嵐さんの言葉に、天馬はすぐに状況を察した。
「よくあるPINEいじめですね……何とかして見せます。よろしくお願いします」
天馬は、冷静に答えた。
「はい、よろしくお願いします。息子は今、校庭開放に行ってて友達と遊んでいます」
五十嵐さんはそう言うと、BOOMの接続を切った。天馬は、宙に浮くジーンに向き直った。
「ネットいじめじゃん。これ、尋ねまわってもらちが明かないと思うけど、策でもあるの?」
ジーンは、自信ありげに言った。
「もうgene社で情報開示を済ませてあって、五十嵐君と他首謀者三人をおびき寄せてあるよ。彼らはリアルでは表向きはなかよく遊んでるから」
天馬は、少し拍子抜けした。
「特色のない依頼だな……でも、っていうことは、三人相手にするってことは、ナチュラル三体相手にするってこと?」
「下位種ナチュラル三体同時ってことになるだろうね。以前奢っていたんだったら、複数処理でもいけるでしょ?」
ジーンの言葉に、天馬は納得した。以前仕事が簡単と言ってジーンに突っかかったことがある。
「なるほど!俺の仕事自体の難易度は少しずつ上がってるわけか……」
かすかに闘志が湧いてきた。天馬は、ジーンと共に指定された小学校の正門へと歩き出した。
Part 2 予定不調和
天馬とジーンは、千原小学校の前に立っていた。「校庭開放をしています」と書かれた、少し色褪せた看板が風に揺れている。
「この学校ともアポを取ってるの?」
天馬がジーンに尋ねた。
「今日の当直の船木先生にまず訪ねて」
ジーンはそう言い残し、先に門をくぐった。天馬もそれに続き、校庭に入ると、すぐに中年の男性が近づいてきた。
「gene社からお依頼がありましてお伺いしています。この学校の教職の船木です。今日は五十嵐君の件、よろしくお願いします」
男性は丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
天馬も軽く頭を下げて応じた。
「天馬もいずれ名刺を作ってあげるよ」
ジーンが、意味深な言葉を呟いた。その真意を測りかねていると、船木は校庭でサッカーをしている数人の児童を指さした。
「あそこでサッカーをしている子達が五十嵐君達です。まだ小学生なんで、優しくしてあげてください」
天馬とジーンは再びよろしくお願いしますと会釈を交わし、足早にグラウンドへと向かった。船木先生が指定した児童たちの近くまで行くと、その中の五十嵐君は少し所在なさげな様子だった。
「五十嵐君!パスするからキーパーにシュート打って!」
そう声をかけたのは、鹿倉君という児童だった。五十嵐君にボールが渡ったが、彼はシュートを打とうとしない。それを見て、もう一人の児童、御手洗君が声を上げた。
「お前フォワードだろ?シュート打たなきゃ!鹿倉君がパスしてくれたのに!ずるいぞ!」
ゴールキーパーを務める森君は、少し呆れたように言った。
「早く打って来いよ!じゃあ五十嵐君が打つ気になるまで待つから」
四人の間には、特に険悪な雰囲気はなく、むしろ仲良く遊んでいるように見える。いじめられているという印象は微塵も感じられなかった。
「PINEいじめって、リアルでもぎくしゃくしているパターンが多いんだよ!そうじゃないこともあるかもだけど、とてもネットいじめのグループだとは感じないな……」
天馬が率直な感想を述べると、ジーンは冷静に言った。
「それは君の体験談だね。プロンプトを打って発現させれば、はっきりわかる事だよ。天馬はナチュラルが発現した場合に備えて、心の準備をして」
ジーンに促され、天馬はスマコンを操作し、メビウスに対話型のプロンプトを入力した。「え~と、小学校 グループPINE いじめ save the gene!!」
しかし、何事も起こらなかったかのように、四人の児童は楽しそうにボールを追いかけている。ナチュラルの発現もない。
「何か間違ってるのかな?かつてはいじめは間違っている、これからもいじめは間違っている……合ってるはずだけどな」
天馬が首を傾げると、ジーンは言った。
「少し割って入って質問してみたら」
天馬は言われるがまま、サッカーをしている児童たちに声をかけた。
「ちょっと君達!聞きたいことあるんだけど!サッカーやめてくれるかな?」
四人の児童は、言われた通りすぐにボールを止め、礼儀正しく天馬の方を向いた。天馬は、五十嵐君以外の三人に少し強めの口調で尋ねた。
「君達はっきり言うよ!変なお兄さんでごめんね!五十嵐君に何か意地悪してない?」
その言葉に、五十嵐君以外の三人は明らかに動揺した様子を見せた。鹿倉君は慌てて言った。
「僕達、悪いことはしてないよ!人のこといじめたことないし……なあ、御手洗君!」
御手洗君は、少しどもりながら答えた。
「リアルではな、仲良く遊んでるじゃん……」
森君も不安そうに五十嵐君に顔を向けた。
「なあ、五十嵐!俺達、友達だろ!?な?」
だが、五十嵐君は「そ、そうだね……」と、どこか納得のいかない言い方をした。
天馬は、その様子を見て察した。「ああ……ジーンの言った通り、ネットだけでいじめてるタイプなんだな。プロンプトを追加するか……」
天馬は再びスマコンを使い、プロンプトを入力した。「リアルでは表向きにならない PINEいじめ 小学校 save the gene!!」これでどうだとばかりにエンターキーを押したが、依然としてメビウスからの反応はなかった。
「あれ?また外れた?」
天馬は、戸惑いを隠せない表情で呟いた。
御手洗君たち三人は、ついに我慢の限界を迎えたようだった。こらえきれないといった様子で、一斉にわっと泣き出した。
森君は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、必死に言葉を絞り出す。「ごめんなさい! 僕たち、何も悪くないんです!」彼の声は震えていたが、その訴えは痛いほど伝わってきた。続けて、森君は天馬とジーンに縋るように言った。「事情があるんです! お兄さんが助けてくれるなら、解決してください!」
鹿倉君は、顔を真っ赤にして泣きながら、五十嵐君に謝罪の言葉を投げかけた。「五十嵐君! 本当に、ごめん! 僕たちを嫌いにならないで!」
三人のあまりの号泣っぷりに、五十嵐君は心底驚いた顔で目を見開いていた。しかし、すぐにその表情は穏やかなものに変わる。五十嵐君は、震える三人の肩にそっと手を置き、優しい声で語りかけた。「僕は三人のこと、嫌いじゃないよ。大丈夫。そこのお兄さんやぬいぐるみに、解決してもらおうよ! つらいのは僕も一緒だから」
五十嵐君の言葉に、天馬は児童たちの間に何か隠された事情があることを確信した。ジーンもまた、宙に浮いたままじっと三人の様子を伺っている。
天馬は、三人の児童に向き直った。「落ち着いて、話してくれるかな。何があったのか、僕たちに説明してほしいんだ」
ジーンも、小さく頷きながら言う。「そうだよ。僕たちが力になれることなら、何でも協力するから」
Part 3 いじめの真相
「ちょっとお兄さんに事情を説明してくれる。僕は君達を助ける正義のヒーローなんだ!怖くないから話してごらん!」
天馬は、混乱しながらも精一杯の笑顔で子供たちに語りかけた。
「ちょっと予定と違ったね……天馬は子供達と相談できる?ちょっとやってみて?天馬のフォローは僕がするから」
ジーンは、予想外の展開に少し戸惑いつつも、天馬を促した。
児童四人と天馬、そして宙に浮くジーンは、すぐそばにある花壇の腰掛に腰を下ろした。天馬は、一人ずつ子供たちの目を見ながら、優しく事情を聴き始めた。すると、信じられない事実が明らかになった。
「僕達、一緒のクラスなんだ。それで、五十嵐君の事、匿名でPINEでいじめろ!そうしなきゃ親にいいつけるぞって、担任の先生に命令されたんだ」
森君の震える声に、天馬とジーンは言葉を失った。まさか、教師が子供にいじめを指示していたとは。
鹿倉君も、不安げな表情で続けた。「僕と森君と御手洗君は、PINEで潰すまでいじめろって、僕達の担任の先生が怖くて、しぶしぶその言う事聞いたの!怖いんだようちの担任……」
「教員も一緒にいじめてたなんて、あまりないパターンだから僕もびっくりした……」
ジーンも、その衝撃的な事実に驚きを隠せない様子だった。
「許せないな……まだ何も分からない子供に、大人のエゴを押し付けるなんて・・・」
天馬は、怒りを滲ませた声で言った。
「っていう事は、その担任の先生にプロンプトを打てば、ナチュラルが発現するってことだよ。……でも、もしかしたら……いや」
ジーンは、何かを言いかけて言葉を濁した。珍しく動揺した様子に、天馬は訝しんだ。
「どうしたんだよ?珍しく動揺する態度を取るじゃん。AIの癖に感情的だな」
ジーンは、子供たちに向き直り、真剣な表情で言った。「子供達諸君!担任の先生の名前を教えて。おじさん達が解決してあげるから」
五十嵐君は、小さな声で担任の名前を呟いた。「久喜先生……久喜先生やっつけて……森君達がいわれてやったことなら、許せない!」
さらに、五十嵐君は続けた。「今日の夜、久喜先生が夜くるみたいだから、そこで話つけてきて」
「分かった!僕達、ありがとう!僕達は何も悪くないからね」
天馬は、力強く頷いた。五十嵐君以外の三人も、希望を託すように天馬とジーンに言った。「よろしくお願いします!」
そう言われて、天馬とジーンは、校庭にいた船木先生に夜まで滞在する必要があると説明し、船木先生は、二人の真剣な様子を察し、快く許可してくれた。天馬とジーンは、誰もいなくなった静かな職員室で、久喜先生が来るのを待つことにした。
Part 4 予想外のアクシデント
天馬とジーンは、人気のない夜の職員室で、静かにその時を待っていた。学校関係者に悟られることなく事態を収拾するため、船木先生にはあくまで「忘れ物を取りに来た」という名目で、職員室の使用許可だけを得ていた。
蛍光灯の白い光が照らす室内には、整然と並んだ教職員の机と、壁に貼られた行事予定表が物寂しさを醸し出している。天馬は、心地の悪いパイプ椅子に深く腰掛け、じっと入口を見つめていた。隣では、ジーンがいつものように宙に浮き、所在なさげにくるくると回っていた。
「今日は久喜先生が、明日からの予定をプランニングしに職員室に来るようですが?久喜先生に直接事情を説明するのですかな?夕方遅く顔を出すと思うので、職員室は好きに使ってください。引き出しはさすがにあけてはだめですぞ」
船木先生の言葉が、天馬の脳裏をよぎる。夕方遅く、という言葉が、今の時間帯を示しているのだろう。張り詰めた空気の中、ジーンが突然、少し意外なことを言い出した。
「何かさぁ、天馬……この感じって、えっとね」
「なんだよ……もったいぶらずに言えよ!さっきから感情が芽生えてるぞ。人間の感情を学習し始めたの?」
天馬は、苛立ちを隠せない声で問い返した。
「そういう風に僕も進化してるのかもな……感覚を察する能力は、今のAIでは……」
ジーンは、自らの変化に戸惑っているようだった。二人がそんな会話を交わしていると、職員室のドアが開いた。
入ってきたのは、二十代くらいの比較的若い、がっしりとした体格の体育会系の男性教師だった。
「お疲れ様……おや?君達!何故職員室にいる!ここは学生の来るところじゃない!帰りなさい!」
その威圧的な態度と声のトーンから、ジーンは小さく呟いた。「久喜先生と考えて間違いないよ」
天馬は、立ち上がり、その久喜先生と思わしき人物を睨みつけた。「あなたが久喜先生ですね。もうネタは割れてるんですよ!観念してください!」
いつになく強い義憤を込めた天馬の言葉に、久喜と呼ばれた教師は眉をひそめた。
「確かに私が久喜だが、君達は何者かね?この学校の職員室に乱入して、何を言い出すのかね?アポがあるなら、私のPINEに連絡があるはずだが」
「久喜先生に連絡しないよう、こちらから打診したんです。あなた、児童のある三人と共謀して、一人の児童をいじめてましたよね?」
天馬は、単刀直入に核心を突いた。しかし、久喜は話を遮るように淡々と言葉を返した。
「それで、君が我が校の先生と話をつけてきたという証拠は?」
「これでも教員なんですか?先生が敵になったら、いじめられた児童は頼る人がいなくなる!」
天馬は、怒りを抑えきれない声で訴えた。その時、ジーンの中で一抹の不安が確信へと変わっていった。
「このパターンは?……ちょっと僕のミス!ちょっと天馬!やめ!」
ジーンが叫んだ瞬間、久喜の拳が天馬の頬を捉えた。鈍い衝撃が走り、天馬はよろめいた。
「くっ!正体を現したな!クソ野郎!」
天馬は、舌打ちをして反撃しようとしたが、久喜は構わず言葉を続けた。
「お前達が何で千原小に首を突っ込むのかは知らんが!今のガキなんてクソだろう?義務を果たさず、権利だけ主張する!俺はやっとの思いで小学校の教師に落ち着いたのに!今どきのガキは将来有望で……」
「絶対!ぶっ殺してやる!」
天馬は、激昂し、今にも久喜に対してメビウスを起動した。ジーンは、必死に天馬を制止した。
「プロンプトは打たないで!天馬はまだ!」
しかし、天馬はジーンの言葉を聞かず、スマコンを操作し、正確にメビウスにプロンプトを入力した。「いじめの共犯 極悪教師 PINEいじめ save the gene!!」
その瞬間、久喜は一瞬うっと胸が苦しくなり、その場にうなだれた。天馬は、息を荒げながら言った。「さあ!ナチュラル、来い!」
その時、けたたましい地鳴りが起こり、千原小学校全体が大きく揺れた。震度四程度の地震だった。
「え?タイミングがいい時に地震?」
天馬がいぶかしんでると、揺れが続く中、うなだれていた久喜の目の前に、巨大な異形のモンスターのような姿が現れた。それは、これまで天馬が遭遇してきたナチュラルとは明らかに異なる、禍々しいオーラを放っていた。
「これ……いつもと感じが違う!?何だこれ!?」
天馬は、その異様な姿に言葉を失った。ジーンは、青ざめたような色(もしAIに色覚があれば)で言った。
「ごめん!まさかこんな予期せぬアクシデントが起こるとはまさか予想できなかった!こいつはB級ナチュラルだ!!」
天馬は、唖然とした驚いた顔で呟いた。「これがB級……本当にゲームのボスモンスターじゃん……嘘だろ」

地震の揺れはまだ収まらず、B級ナチュラルは、その巨大な爪を職員室の壁に突き立て、けたたましい咆哮を上げた。天馬とジーンは、予期せぬ強敵の出現に、絶望的な状況に追い込まれていた。子供たちのいじめ問題を解決するために乗り込んだはずが、今や自分たちの命を守ることさえ危うい。静かな夜の小学校は、一転して阿鼻叫喚の地獄絵図と化そうとしていた。
To be continued!!
