【連載小説】save the gene | 第7話 B級ナチュラル 後編
Part 1 ディザスターと名乗るナチュラル
「ベーシックインカム」

その巨大な体躯をしたナチュラル、頭部が氷で覆われたモンスターが、口を開いた。その声は、地響きのように重く、しかし聞き取れるほどの明瞭さで、天馬とジーンに語りかけた。
天馬は驚いた。信じられない、という表情で、呆然と呟いた。 「ナチュラルが喋った!?」
宙に浮くボーリング玉サイズの相棒、ジーンが冷静に答える。 「ナチュラルはそもそもAIだから言語能力は存在するんだよ」
ディザスターと名乗るナチュラルは、ジーンの言葉に構わず、さらに続けた。 「私は災厄……ディザスター……少年よ……私の苦しみが分からない……私の何も分からない第三者である貴様が割って入ってきたのにはそれ相応の覚悟があるのだろうな!?」
その問いかけに、天馬は一歩も引かず、言葉を返した。 「お前は自分の受け持った児童を虐待したんだ!」
ディザスターは、天馬の言葉に動じることなく、意外なことを口にした。 「私は学校時代あまりいい人生を歩まなかった、いじめにあったこともあった。沢山苦労をした、そして大人になりようやく教師の職に落ち着くことができた」
天馬は驚きを隠せない。見た目は巨大な化け物なのに、ディザスターはまるで人間の過去を語り始めたかのようだった。 「見た目は巨大な化け物なのに、おそらく久喜の過去を語り始めたみたいだ……」
ディザスターは言葉を続けた。 「教師の仕事は大変だった。以前まで未就学児であった児童を勉強させるのは大変であるし、毎日毎日プランディングをしながら他教員とコミュニケーションを取らなきゃいけない。給料はよかった……だが児童……いや今のガキを見ていると次第に憎しみが込み上げてきた」
天馬は、頭に響き渡るような重いディザスターの声を真剣に聞き続けた。ディザスターの語りは止まらない。 「私は人生多くの苦労をした。だが今の子供達は将来人生がうまくいかなくてもベーシックインカムの恩恵を受けることができる。つまり何の苦労をしなくても生活の基盤は確保できるのだ。じゃあ私はジョーカーを引いて働かなければ食べていけないのに今のガキは全く働かなくても食っていけるのか?私は歯がゆいと感じているのだ!だから損をした私が今のガキに天罰を与えるのは当然だろう?」
ディザスターのあまりにも身勝手な言葉に、天馬は激高した。 「それはお前の思い込みだろ!?そうだったとしても、児童を教師主犯で虐待する理由にはならないじゃないか!!?」
自分の考えを述べた天馬に対し、ジーンは激高する天馬を冷静に見つめ、真剣な口調で言った。 「あいつはあくまでもミュータントなんだ!天馬!聞く耳持つな!これからこのディザスターとの戦い方を即興でレクチャーするからその通りに動いて!」
ジーンはさらに続けた。 「gene社本部にemergencyコールを送っておいたから始末班が来るまで僕らで時間を稼ごう!倒そうとは思わないで!」
ものすごく真剣なジーンの言い方に、天馬は黙って深く頷いた。ジーンは続ける。 「まず『destruction』のプロンプトは省いていい、相手の特徴を少しでもわかったならすかさずメビウスに音声入力で叫んで。攻撃は多彩だから回避を優先!理由は聞くな!黙って言うとおりにして!」
状況を瞬時に把握した天馬は、迷いなく答えた。 「分かった、言われたとおりにする!」
ディザスターは、氷で覆われた頭部を天馬に向け、唸るような声で言った。 「天馬といったな……貴様もベーシックインカムの恩恵を受けて悠々自適に暮らすのであろう!お前も千原小の児童と同じだ!」
ディザスターは、その巨大な体躯を軋ませ、戦闘態勢に入った。
Part 2 vsディザスター
ディザスターは巨大な爪で天馬やジーンに向かって引っ掻いてきた。その体躯に似合わぬ素早さで振り下ろされた爪が、風を切り裂く音を立てる。ディザスターは咆哮した。
「グオオオ!!!」
天馬とジーンはすかさず避けた……というより、必死に逃げ回った。ディザスターの爪は、二人のすぐ後ろの校庭を深く抉り、巨大な爪痕を残した。
天馬は顔を青ざめて呟く。 「嘘だろ……」
ジーンは冷静に天馬に指示を出した。 「引っ掻く攻撃だよ!!メビウスに入力して!速く!」
言われるがまま、天馬ははっきりと声に出して言った。 「引っ掻き攻撃」
その言葉がメビウスに認識されると、少しだけディザスターがたじろいだ。 「うおおお!!クソガキの分際で!!ではこれはどうだ!!」
ディザスターは大きく口を開け、何やら灼熱の息を吐きかけようとした。天馬はそれを見て、咄嗟に口走る。 「これはよくあるファイヤーブレスか!?このナチュラルはドラゴン系だな!じゃあこれを打ってもしかしたら勝てるかもしれない。『ファイヤーブレス destruction!!』」
その言葉を聞いたジーンが、間髪入れずに叫んだ。 「余計なことするな天馬!B級はそうやって倒すんじゃない!!」
ジーンがメビウスに何か入力すると、ディザスターは再びたじろいだ。だが、ディザスターは倒されてはいない。
「おお!!平成生まれの私を踏み台にして貴様は甘い汁をすする気か!?許さんぞ!」
強い思想を持つディザスターに対し、天馬は反論した。 「思い込みの激しい化け物!今から俺がお前を倒してやるよ!俺ならB級ナチュラルだって!!」
ジーンはすかさず天馬に警告した。 「他の攻撃が来るよ!構えて!」
ジーンがそう言った途端、辺り一面にダイヤモンドダストのような状況が千原小学校の校庭に現れた。天馬は不思議そうに呟く。 「あれ?急に寒くなったぞ!?いや何かすごく冷たくなって!」
ジーンが叫んだ。 「天馬!!!」
天馬の足が急速に冷え、低体温症を起こしたのか、右足が動かなくなった。天馬は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。 「あれ?足が動かない!?右太ももから下が壊死してる……怖い……助けて」
ジーンは間髪入れずに天馬の足に修復装置を当てた。光が広がり、すぐに天馬の足は元通りに動くようになる。ジーンは言った。 「治った?僕がヒーラーになるから、回避を優先して!」
だが、天馬は恐怖で体が動かなくなっていた。彼はジーンに訴えかける。 「こんなの聞いてない……俺は今までこんなバイト楽勝だと思ってた……」
ジーンは天馬の言葉を遮るように言った。 「今はそれどころじゃない!天馬!!」
その瞬間、天馬に強力な電流が走った。全身を貫くような痛みに、天馬は顔を歪める。 「辞め……たい……」
そう呟くと、天馬は意識を失い、その場に気絶してしまった。
Part 3 退職願
意識を取り戻した天馬の目に飛び込んできたのは、煌々と照らされた校庭だった。照明のような光が辺りを明るく染め上げ、遠くから微かに騒がしい音が聞こえる。
「この状況は……一体……俺生きてる?」
すぐ傍にいたジーンが答えた。 「少し遅れていたら、もしかしたら死亡していたかもしれない……僕の修復装置、ヒールとでも呼ぼうか?それでディザスターの電気攻撃から回復したから」
天馬は自分の体に触れ、驚きと安堵の混じった声で言った。 「俺……HPが完全回復したんだ……」
「そうだよ、HPが0にならなければ回復するから……。始末班が来てくれてディザスターに復元を行ったんだ。復元っていうのはナチュラルを本体に戻す作業のこと。ちなみに久喜は警察に児童虐待と職権乱用で逮捕させるつもりだから」
騒がしさが遠のいたことに気づき、天馬は尋ねた。 「随分雑踏も聞こえなくなったけど今何時?」
「午前2時だよ。君は明日学校があるから、特別にgene社が車で送るから」
天馬は、言いたいことを抑えきれずに口にした。 「もうこの仕事辞めたい……」
さらに言葉を続ける。 「俺は無力だ……まさかB級がこれほどまでに強いだなんて、やっていく自信なくした。俺、死にかけたんだ。わかるだろ?」
ジーンは真剣な面持ちで言った。 「これが本番なんだよ、悪いけど天馬!日給3万円の仕事って本当はこのぐらい大変なんだよ。まだ君は本社で実地訓練を行っているわけじゃないから、挫けるのも当然でしょ?」
謝ろうとしないジーンの態度に、天馬は反発するように声を荒げた。 「俺、死にかけたんだぞ!陳謝の一言もないのかよ!謝れよ!ぬいぐるみ!」
ジーンは天馬の言葉を真正面から受け止め、強い口調で問い返した。 「辞めたいって言ったよね?逃げるの?退職するの?」
相当強い口調で言ったジーンに対して、天馬は反論した。 「ああ、辞めるね!このバイト本当は大変な上にあんな化け物と戦わなきゃいけない!未成年の俺にこんなことやらせて!謝りもしない!なんだこのブラック!」
まるで今までの手のひらを返すかのように、天馬は嘆いた。するとジーンはすかさず、刃物のような代物を天馬の喉元に突き付け、こう言い放った。
「君も同じなの?逃げるの?みすみすチャンスを逃すの?」
ジーンの意外な行動に、天馬は沈黙するしかなかった。
Part 4 採用前提
ジーンは天馬の喉元に突き付けていた刃物のような代物をわずかに緩め、しかし視線は鋭いままで語り始めた。
「シンギュラリティの発生のために君はナチュラルと戦っているんだよ!その現象が起これば、今までの常識を覆す状況が起こる。言ってみれば人間の革命と言っていいものだ!」
ジーンは言葉を続ける。 「君がナチュラルと戦って、メビウスがそのデータを学習する。そうすればシンギュラリティ発生までの大きな前進につながるんだ!その理由は、かつての狩猟・農耕・戦争・既存の科学……人類が今まで常識とされてきた文明が大きく激変し、ユートピアと言っていいほどの想像もできない世界が誕生する。それに最も寄与しているのが、君がやってる既存の当たり前の権化であるナチュラルの討伐なんだよ」
天馬は混乱した表情で反論した。 「説明になってない。前知識がない俺じゃこのくらいしか説明できないってことか?だけどそんなの勝手になるだろ?何で俺がやらなきゃいけないんだ!?」
ジーンはその話について反論した。 「要はこれ、正義の味方をやるのではなくて仕事なんだ!君の活躍はgene社にも届いてる。もしかしたらコネ採用の話も出てくるかもしれない」
天馬は驚きの声を上げた。 「gene社ってそんなに就職偏差値が高いのかよ!俺が一流大出て就職すればこんな危険なことしないで済むんじゃないのか?」
ジーンは即座に否定する。 「外資より就職が難しい会社なんだ!T大クラスでも上澄み10人くらいしか就職できない!外国人採用も入れて毎年の新入社員は約100人くらいなんだ!」
ジーンは、その就職の難易度についてさらに重要なことを付け加えた。 「待遇は日本でもトップクラスなのに、君のような壁にぶち当たったり、取ってつけたような理由で、うちに代行サービスから電話がかかってきて、おおよそ10人ほどはやめてくんだ!中には転職した人もいるみたいだけど、うちよりは給料は低いけどね、まず!」
天馬はその就職の話について、呆れたように答えた。 「じゃあ聖修院言ってる俺でもコネじゃなきゃgene社に入れないっていうのかよ!お前の言ってることはわからないね!そりゃ待遇がよくても激務なんだからそりゃ辞めてく……」
そう言い放とうとした、そのとき。ジーンが割って入るように一言、数字を口にした。
「1400万円……」
天馬は「え?」と間抜けな声を上げた。ジーンは畳みかけるように続けた。 「月給が初任給で基本給80万円……一年で換算すると12か月で単純計算960万円……ボーナスは年に四回払い……そして年収1400万円……30歳くらいで係長に就任すると約3000万円……部長クラスになると5500万円」
ジーンの提示するトップクラスの好待遇の話に、天馬の過呼吸は落ち着き始めた。ジーンはさらに続ける。 「そして役員クラスになると数億……その中には10億円代もらってる奴もいる……今はこうやってアルバイトとして雇っているけど、本採用になればデスクワークが中心になる……それで新卒で既に年収1400万円」
あまりの給料の良さに、天馬は冷静さを取り戻した。そして、夢見るような表情で言った。 「俺、聖修院でもT大クラスはさすがに必ず受かる確信はないよ……でもこのバイトを続けていればコネ採用の話が出るってことか……年収1400万円……」
突き付けていた刃物を外したジーンは、天馬に対して穏やかな口調で言った。 「コネ採用の話が出れば、君が大学卒業と同時に別枠で採用されることになる……ただこっちも世界的大企業の子会社だから、今より現場は少なくなるけどやっぱ仕事は大変だけどね!怪我したら回復してあげるから、もし後遺症が残った場合でも、多額の労災降りるから」
天馬は給料の話に完全に納得したようだった。 「俺がもしこのバイトでA級まで狩れるようになれば、若干22歳で年収1400万円プレイヤーになれるってことか」
ジーンはその言葉に対して頷き、言った。 「そう。会社員としては破格の待遇を受けられることになる!そうすれば誰からも感謝される」
ゲームや漫画のシナリオではない、ただこの現代社会においての夢のような話に、天馬の心は少しばかり躍ったようだ。
Part 5 帰る場所
始末班の運転する車に乗り、天馬とジーンは世田谷区にある天馬の自宅まで送ってもらった。午前2時の静寂の中、天馬はそっと家の鍵を開けた。玄関には、眠たそうな桜木葉子が、どうやら天馬の帰りを待っていたらしい。
「葉子!?」
天馬は驚いて声を上げた。葉子は目をこすりながら、眠たそうな顔で天馬に怒った。 「夜遅くまで何やってたのよ!明日は月曜よ!睡眠は大事なんだから!ジーン!」
ジーンは少し隠すように、しかし要領よく説明を始めた。 「実はかくかくしかじかで」
ジーンの説明に乗っかるように、天馬が声を張る。 「そう!仕事が長引いて夜勤になっちゃったんだ!残業代も深夜手当ついて55000円で、すげー稼いでさぁ!」
葉子は何かに勘づいたように、怪訝な顔で尋ねた。 「まさか危険なことしてないでしょうね?」
鋭い推察に、天馬は一瞬戸惑った。 「それはだな!悪霊退治の仕事だから大変なこともあるし・・・」
その言葉を聞いた途端、葉子はいきなり泣き出した。 「あんた死なないでよ!天馬の叔父さんは出張って言って全然帰ってこない。あんたまでいなくなったらどうするの?私達家族じゃない!?」
突然泣き始めた葉子に、天馬は戸惑いを隠せない。 「どうしたんだよ……突然泣き出して」
ジーンがそっと口を挟んだ。 「天馬と葉子は仲良いんだね……山崎君にも当然そう思われるわけだね」
天馬は、泣き続ける葉子の肩を抱くように言った。 「こうやって帰ってきただろ?葉子?葉子の家族みたいに僕はいなくならないから心配しないで……」
葉子は涙を拭い、少し落ち着いた声で言った。 「あまり心配させないで。睡眠時間短くなると明日に響くから、早く寝ましょ?」
そうして、ジーンは黙って一戸宅を去っていった。
To be continued!!
