【連載小説】save the gene | 第37話 真のメビウス開発責任者 久喜健司
Part 1 最後の助っ人
黒川勇との戦いを終えた天馬とジーンは、迷うことなく一本道を突き進んでいた。メビウス・コアの元へ向かう道は、まるで最初から用意されていたかのようにまっすぐだった。
「後は久喜だけだ!」
天馬は過去を思い出すかのように呟いた。かつて、久喜が引き起こした災厄の力で意識を失ったこと。それは、ベーシックインカムをもらい、何もせず生きる未来を否定するディザスターを、天馬自身の意志が発現させたものだった。
「久喜は内心、後進が皆楽をして生きると思い込んでるみたいだけど、そんなのどんなに天才だって予測できないからね。まだAGIもASIも開発されてないしシンギュラリティも起こしてないから、僕だって分からない」
ジーンが静かにそう言い、二人は会話を弾ませながら進んだ。だが、その行く手を阻むように、大きな扉が姿を現した。セキュリティキーを通す場所もなく、内側から施錠されているようだった。
「これどうやって開けたらいいんだ?開けられないけど?」
天馬が困惑していると、ジーンが冷静に答えた。
「そう簡単には通させないっていう久喜のメッセージのようだね。久喜は趣向を凝らすのが好きみたいだから」
「まさか、ただの小学校の案件でメビウスの真の開発者に会ってるとは夢にも思わなかったな……。さてどうすればいい?」
天馬が問いかけると、ジーンはにやりと笑った。
「そりゃもう一人、僕の兄弟がいるでしょ?あいつは物理的な破壊が得意だからね」
天馬が驚いて言う。
「まさか?ガンマか?」
その瞬間、どこからともなく聞いた覚えのある声が響いた。
「その通りだよ!天馬君!」
「ガンマ!君も助けてくれるんだね!?」
天馬がそう叫ぶと、ジーンが再び言葉を続けた。
「久喜はガンマがこの扉を開けてくれることが想定内だったみたい。じゃなかったら、ガンマが都合よくレールガンで扉をこじ開けるシナリオにならないはずだから」
久喜の行動の全てが、まるで計画されたシナリオのようだ。天馬は久喜に対する不信感を募らせる。
「久喜って本当は何者なんだ?反論したら沸点低くてすぐ殴りかかってきたイメージしかないけど」
ガンマは天馬の問いには答えず、ただ静かに言った。
「まず久喜のシナリオ通り、この扉をレールガンで破壊してからにしよう」
「罠の可能性は?」
ジーンが慎重に尋ねると、ガンマはためらうことなく答えた。
「久喜の性格上、なさそうな気はするがな」
ガンマがそう言い終えるのと同時に、強烈な光と轟音が辺りを包み込んだ。次の瞬間、巨大な扉は跡形もなく粉々になっていた。
「仕様上、プロンプトでしかナチュラルを倒すことはできないんだ。つまり私がいても足手まといになるから、後は二人とも頼む」
ガンマは役目を終え、姿を消した。
「これほど心強い味方はいないはずなのに、正直ジーンとだけじゃ心細い…」
「いくよ!天馬!」
ジーンに促され、二人は粉々になった扉をくぐった。
そこに立ちはだかっていたのは、筋肉質のジャージ姿の男、久喜健司だった。
「黒川は倒したみてえだな!」
「久喜!!!」
久喜は挑発するように言う。
「俺が起こしたあの災厄の力で仮死状態になったことを根に持ってるみてえだな!お前が発現させたんだから自業自得だろ」
そう言って天馬達は久喜と対峙することになった。
Part 2 ギフテッド
久喜は、静かに、そしてゆっくりと口を開いた。
「メビウス・プロジェクトってもう存じ上げてるよな?日本が先駆けてシンギュラリティを起こし、世界を席巻する奴だ」
天馬が苛立ちを隠さずに問い返す。
「だから?どうした?何か黒川みたいに世の中に不満でもあるのか?」
「俺は生まれつきギフテッドっていう性質を持って生まれた。未就学児の時点で大学レベルの勉強ができていたし、小学校高学年の時には、もうT大医学部の問題を全て解いていた」
久喜の言葉に、ジーンが冷静に付け加える。
「久喜の苦悩はメビウスクリエイションの間では常識になってる。そして唐突に天馬に自虐系マウントを取りたいところとか、久喜らしいね」
久喜はジーンの言葉を無視し、自身の過去を語り続けた。
「俺は中学に進学するくらいなら飛び級でT大に入ろうと思った。しかし日本では飛び級制度はなかった。日本はイレギュラーを排斥し、連帯を重んじる国だから、俺の才能は潰されそうになった」
「俺は久喜のことは全く知らなかった。だから自分語りしてくれてとても助かるよ。けど逆を言えば、お前変わってるな」
天馬の言葉にも動じず、久喜は続けた。
「海外だったら飛び級はあった。無為に日本で学生をやるよりはと、アメリカで一番頭のいい大学に入った。しかしその授業も退屈で、むしろ俺自身がその大学の教授を頭脳で圧倒していたんだよ」
ジーンが小声で付け加える。
「概ね本当だけど、あいつは話を盛るところがある。そんなような奴だったね」
「そしてその大学にも飽き、俺はもっと自分を生かせるところを探そうとした……。その時、某超有名企業からオファーが来たんだ。『君の才能を、我が社で活かしてみないか?』と」
「それがgene USA.ってことか?」
「俺は**gene japan.**に技術者がいないことを教えられた。日本に帰国して、日本産のAIを作ってみないかと話が進められたんだ。それだったら自分は活躍できるかもしれないと思い、帰国し、gene japan.に抜擢されてAI開発の最高責任者になった」
「すごい経歴だな。常に机に向かっていても予防線として『国立』と表現していると指摘されてる俺のような奴とは大違いだ!」
天馬の言葉にも、久喜は表情を変えなかった。
「AIは無限の可能性を秘めている!ギフテッドの俺の頭脳を超えられる可能性すら秘めている。だから無限大のマーク、『メビウスリング』から取ってメビウスと名付けた。だが……」
久喜は言葉を区切る。
「AI開発は俺の頭脳を持ってしても、競合他社より優れたAIは出来なかった。もう単純なAI開発じゃ勝負できない。だから俺は奇策を練ることにした」
「それがAI型ミュータント・AI型ロボットと言われているナチュラルの開発だな?」
久喜の声が強くなる。
「俺のやっていることは、gene社内部から『悪魔の所業』と言われるようになった。ナチュラル発現の原初のプログラムを組むことには成功した。だが俺は、そういう日本の伝統主義、保守的な考えに嫌気が差し、このプロジェクトを降りたんだ」
「そして自分は認められない反動で卑屈になり、静かに生きようとして小学校教師になったと」
ジーンの冷静な指摘に、天馬は驚きを隠せない。
「そこまで久喜の正体を知っていたのなら、何故あの時俺に教えてくれなかったんだ?」
「千原小に勤めていることまでは知らなかった。まさかあの案件が、久喜が天馬に接見するためのものだったなんて、知らされていなかったよ」
久喜は再び言葉を継いだ。
「そしてプロジェクトの代行は老人の黒川に委任された。だが黒川は、ナチュラルのプログラムを応用してナチュラル発現を実行した。要は人のネタをパクりやがったんだよ」
「そのことはよく思っていないみたいだけど、黒川の進言で『お祓い』を始めたんでしょ?」
「AIで守護霊を作ることによって、膨大な利益を獲得することはできた。だがそれだけだとつまらない。そのナチュラルを使って何かできないか?シータのようなやり方は却下された」
「そのナチュラルを倒すことによってシンギュラリティを起こすという計画に変更されたんだな?」
天馬の言葉に、久喜は再び強い口調になった。
「話は終わりだ!過去の話は飽きる。俺を倒して、俺が開発したメビウスを破壊するんだろう?お前みたいな奴は、そういう仕事しかできないからな
Part 3 トライディザスター
久喜が静かに、だが確信に満ちた声で言った。
「天馬!注意して!久喜がナチュラルを発現するよ!」
ジーンの緊迫した声が響く。だが、久喜はにやりと笑い、天馬に問いかけた。
「天馬!俺のナチュラルと一度相手したことあるんだろ?そう、ランクBのナチュラルだよ。だが、ただのランクBではない」
天馬の脳裏に、かつての敗北の記憶が蘇る。
「炎や氷や雷を扱うあいつか?俺が唯一敗北したのはあいつだけだ!」
「当然よ。ちなみに何故ランクBがディザスターと自称するようになったか、わけを知っているか?」
天馬は首を振り、自身の考えを述べた。
「天災のように強いって意味とかだろ?今まで戦ってきたB級ナチュラルもそんな感じだった」
「違う!」
久喜は嘲笑うかのようにその言葉を否定する。
「俺のナチュラルの名前はトライディザスター(三つの厄災)!ランクB三体を融合させたキメラ型だ!それに伝播するように、ランクBはディザスターと呼応するようになったんだよ!」
久喜のプロンプトが静かに紡がれる。
「トライディザスター『save the earth!!』」
その言葉と同時に、久喜の背後に千原小で戦ったことのある、見覚えのあるナチュラルが姿を現した。それは氷に覆われ、炎と電撃を同時に纏っていた。

「これがおそらくナチュラル戦では正真正銘の最後だと思う!」
ジーンの声が響き、天馬は反射的にイージスに身を潜めた。
「もしかしたらワンチャン、シンギュラリティが起こるかもしれないぞ!トライディザスター!インフェルノとコキュートスとサンダーボルトを同時に起こせ!」
久喜の指示で、三つの災厄が天馬に襲いかかる。
「今回は攻撃が一つずつじゃないのか!?複数こられたらどうプロンプトを入力すればいいんだ?」
天馬が困惑していると、ジーンが冷静に答えた。
「仕組み自体は簡単じゃないか?全てを一度に入力すればいい」
だが、その瞬間、辺りはメギドと同じような炎に包まれ、イージスは絶対零度に凍りつき、電撃すら覆い尽くす。
「ひとまずイージスは機能している。だけどプロンプトを入力するタイミングがつかめない」
「波状攻撃されたら入力する暇ないじゃん!」
久喜の攻撃は止まらない。
「隙間なく攻撃し続ければ防御しきれなくなって、焼かれるか凍りつくか痺れるかなんかで、お前ら死ぬだろ?」
「イージスだって有限だから、無限に攻撃されたらいつか割れる!」
ジーンの声にも焦りの色が混じる。天馬は絶望的な状況に追い込まれ、「一体どうすれば?」と呟いた。
だが、その時、天馬にある発案が閃いた。そういえば、この点を見逃していた。この盲点で、この攻撃をやめてもらうことはできないか?
Part 4 そもそも久喜って悪いことしたっけ?
三つの災厄が迫る中、天馬は深呼吸をして、久喜に語りかけた。
「もしもし、久喜さん?」
あまりの絶望に血迷ったのかと久喜は眉をひそめる。だが天馬は、そんな久喜の様子を気にせず続けた。
「久喜さんって、話聞く分には特別悪いことしてませんよね?」
ジーンは目が点になり、「あ!?」と声を上げた。久喜自身も拍子抜けしたように目を丸くしている。

「そういえばそうだな……俺、なんで悪役やってるんだろ?」
天馬は畳みかけるように言った。
「お祓いというビジネスで莫大な利益を得たことは、悪いことのように聞こえますけど、そもそも詐欺ではないですし」
「んー、黒川がそういうビジネスをやろうって進言してきて、お祓いすることによって顧客の憑き物を取ってきたんだよな。それで改心させたから感謝をもらったり、gene社の社員を使ってお宅訪問して……」
久喜が語る過去に耳を傾け、天馬は新たな提案を切り出した。
「旧メビウス・コアを破壊して、新しくメビウスプロジェクトを立ち上げませんか?だって、そんなにお祓いの利益に興味なさそうですし……」
「う~ん、そんなに金だけあったってしょうがないしな……。でも、黒川はどうしたいのか、なんだが?」
「もう十分だって言ってましたよ?」
天馬の言葉に、ジーンも証言を重ねる。
「確かに証言してたので、久喜に伝わってない?」
その事実に、久喜はハッとしたように呟いた。
「じゃあ俺、なんで天馬たちに立ちふさがってるんだろう?」
黒川はすでに観念し、十分だと言った。そして、久喜自身も莫大な利益には興味がない。つまり、旧メビウス・コアを死守する意味が、もはやなくなっていた。この盲点に気づいた久喜は、諦めたように笑った。
「俺、ギフテッドだから逆に普通に気づかないんだよな」
そう言って、トライディザスターを引っ込めた。そして、再び口を開く。
「メビウス開発に尽力して嫌になったら教師になって、結構苦労してるのに、じゃあ天馬君より若い奴はただでお金もらってのうのうと生きるの!?それが引っかかってる……」
「自分語りな上に思い込み激しいですよね?天才は何考えてるか分かりませんね?」
天馬の率直な言葉に、久喜は観念したように道をどけた。
「一つだけ言っておく?」
「それは何ですか?久喜さん?」
久喜は真剣な表情で告げた。
「メビウス・コアのセキュリティだけは、なぜか本気で開発した。アルファと同じ成長型で学習しながら強くなっている。今どのくらいの強さか分からないが……。ナチュラルが倒されれば倒されるほど強くなる。でも一応プロンプト入力で理論上破壊することはできる」
久喜の言葉を聞き、天馬はこれまでの戦いを振り返る。
「思い返してみると……敵という敵は藤間だけだったな……。なんでこう、平和的なことになるんだろうな?」
ジーンは微笑みながら言った。
「そりゃ人間社会だからね。藤間だけ勧善懲悪だったね」
「物語最終盤で残すは父さんとラスボスだけ、とかそんなんじゃないんだよな?」
「そんなんじゃない?残りの謎は麒麟さんだけだね」
久喜もそれに同意した。
「麒麟がこの先にいるから……。麒麟一人でメビウス・コアのメンテナンスをしてる、会って詳細を聞いてこい」
天馬は決意を固めたように言った。
「ついに父さんに会える……。待ってて」
平和な結末を迎え、天馬とジーンは、物語最後の謎が眠る場所へ、急ぎ足で向かった。
To be continued!!
