見出し画像

【clum! '95 #16】初の中体連

←  前の話へ

1995年、7月下旬。

佐賀の夏は、刺すような日差しと、湿り気を帯びた重い空気に包まれていた。

新設されて一年と少しの碧翔学園中等部バスケ部にとって、初めての「夏の中体連」。

昨年度は部を設立したばかりで、出場しなかったので、自分__碧翔学園バスケ部顧問の牟田むた一成いっせいにとっても初めての中体連引率だ。

まだ部員も少なく、男女混合で練習してきたこの子達にとって、男女別で戦う公式戦は、期待と、それ以上の試練の場となった。

総合体育館の中は、熱気と汗の匂い、そしてバッシュが床をこするキュッという高い音で満ちていた。

女子チームは、実質的に女子キャプテン佐野さの立夏りっかが引っ張っているチーム。

副部長として、そして女子部エースとして、佐野はコートを縦横無尽に駆け抜ける。

ポニーテールを振り乱し、男子顔負けのリバウンドを奪うが、創立間もないうちのチームの層は薄く、経験豊富な地元公立校の壁に阻まれる。

「……っ、あと一本、あと一本入れられたはずなのに!」

試合終了のブザー。スコアはダブルスコアに近い大差。

佐野は膝に手をつき、滴る汗と共に悔しさを地面に落としていた。

「佐野さん、顔を上げて。君のプレーは、今日会場にいた誰よりも熱かったよ」

かける言葉を慎重に探しながら、タオルを差し出す。

健闘を称えている気持ちがこれで伝わるといいけれど。

「牟田先生……あたし、もっと……」

「わかってる。その悔しさは、次の練習のエネルギーに変えよう。まずは、しっかり水分を摂りなさい。岡本さんと樹くんが待ってる」



その後に行われた、男子の試合。

一回戦をなんとか突破したものの、二回戦の相手は県内屈指の強豪校だった。

三年生がおらず、二年生と一年生だけのチームでは到底敵う相手ではない。

キャプテンの古賀こがは、自分もキツい中で、全体を見ながら必死でメンバーに声をかけて回っている。

我が部のエース、折館おりたちは、クォーターゆえの圧倒的な体格とセンスで相手のマークを跳ね除けたが、集中攻撃を受け、疲労困憊の状態。

野瀬のせは「モテたい」という動機でバスケを始めたという割に、泥臭いディフェンスで必死に食らいついている。

そして一年の早坂はやさかは、技術の未熟さを、倒れんばかりの運動量で補っていた。

結果は、二回戦敗退。

「……クソっ。全然、届かねえ……」

古賀はコートの真ん中で立ち尽くしていた。

折館がベンチで顔を覆って動かなくなった。そんな姿は初めて見た。

早坂はコートに座り込んでいた。

「早坂、よく走ったな」

野瀬が珍しくカメラを向けず、早坂の肩にそっと手を置いていた。

フラフラの早坂を介抱してくれたのは、ここでも白衣姿の岡本おかもとたちきと、心配そうに保冷剤を抱えた岡本おかもとれいだった。

「早坂、君の心拍数は既に限界値を超えている。計算上、あと3分プレーしていたら気絶していたな。……ほら、これを飲め。僕が調合した電解質ドリンクだ」

「樹、変な言い方しないで。ただのスポーツドリンクでしょ。早坂くん、お疲れ様。かっこよかったよ」

この二人は、バスケ部ではない。応援に来てくれたのだ。

スポーツの試合を応援するのは今日が初めてだと言っていた。

どんなことを感じたのだろう。



試合後のミーティング、夕暮れ時、会場の外。

空手の中体連に出場している稲城いなぎ芳彦よしひこからは「優勝しました!」という威勢のいいポケベルメッセージが届いた。

「……みんな、お疲れ様。

結果は悔しいものだったけれど、君たちは今日、碧翔学園バスケ部の『歴史』の一歩目を刻んだんだ」

そうだ、これはまだ一歩目に過ぎない。

「勝負は残酷だけど、君たちが流した汗と、仲間のために走った距離は嘘をつかない。この夏を、一生忘れないように。合宿もその悔しさをバネに乗り切ろう」

一人ひとりの顔を見る。

誰も責めたくなかった。

今日の負けは、

誰か一人の責任ではない。

だからこそ、

次を見てほしかった。

特に疲れ切った早坂の頭を、一瞬だけ、軽く撫でた。

「……さあ、学校に戻って解散だ。佐野さん、そんなに落ち込まないで。君のポニーテールが元気ないと、部活が始まらないからね」

「……わかってますよ、牟田先生! 次は絶対、県大会まで行ってやるんだから!」

佐野が強がって大声を出し、それに折館が「お前にしては良いこと言ったな」と茶化す。

1995年の夏。

まだ何者でもない碧翔学園バスケ部の、負けから始まる青春の1ページ。

バスの最後尾から見える景色。

泥のように眠る早坂。

その隣で窓の外を見る立夏。

少し離れて座る迅と玲。

樹は何やらノートを書いている。

野瀬は使い捨てカメラをいじっている。

負けた。

でも。

去年の春。

男子キャプテンの古賀と、女子キャプテンの佐野が、部員集めに奔走していた頃には、

こんな景色を見る日が来るなんて思ってもいなかった。

負けた。

でも。

この子たちは今日、

「部活」になった。

きっと来年は、

今日とは違う景色を見る。

そんな予感がした。

↓  マガジンはこちら ↓

いいなと思ったら応援しよう!

ゆりしま みつき|青春群像の庭師|『clum! 』連載中 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは製作費に使わせていただきます。