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【clum! '95 #15】期末×中体連×夏合宿

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1995年7月中旬。

放課後の図書室。

クーラーの効いた学習スペースは、いつになく、そしていつかのように殺気立っていました。

「うああああん! なんで数学って数字の中にアルファベットが入ってくるのよ! 意味わかんない!」

頭を抱えて机に突っ伏したのは、佐野さの立夏りっかさんです。

彼女の目の前には、赤ペンで真っ赤に添削された数学のプリントが散乱しています。

「落ち着いてください、佐野先輩。文字式は、ただの『箱』だと思えばいいんです」

二つ隣の席で、冷静に宥めているのは一つ下の後輩の早坂はやさか一頼かずよりくん。

彼は真面目な性格だから、成績は良い方みたい。特に英語と国語が得意なんだって。そして、わたし、岡本おかもとれいは、数ヶ月前と全く同じ光景を目にしたことを思い出していました。

「箱……? 早坂くん、あたしにはそれが呪いの呪文みえるの」

早坂くんは「かわいい」と「困った」が、両方混じったような顔で、隣に座るわたしに助けを求めてきました。

「岡本先輩、どうしましょう。佐野先輩の集中力が……」

「ふふ、ちょっと詰め込みすぎちゃったかな。……佐野さん、これ食べて糖分補給しよう?」

わたしが鞄から取り出したのは、個包装された手作りのマドレーヌ。

それを見た瞬間、死にそうだった佐野さんがガバッと起き上がった。

「食べる!!」

「あはは、早変わり。……でも佐野さん、このマドレーヌを食べる前に、この一次関数を一問だけ解いてみようか? 正解したらあげる」

「うっ……岡本さん、アメとムチの使い方が上手すぎる……!」

わたしの言葉に、佐野さんは渋々ペンを握り直した。

そんな3人の向かいで、折館おりたちじんくんは一人、涼しい顔でいつかのように小説を読み耽っていました。

手元の教科書はすでに閉じられています。

「……迅、あんた暇そうね。まさかもう終わったの?」

佐野さんが折館くんに話しかけると、折館くんはあくびを噛み殺しながら答えました。

「範囲分は全部覚えた」

「はあ!? なんであんだけ授業中寝てるのにできるわけ!? 脳みそどうなってんのよ!」

「要領が悪いだけだろ。……ほら、そこ間違ってる」

折館くんは長い腕を伸ばして、佐野さんのノートの計算ミスを指先でトントンと叩いた。

「プラスとマイナスが逆」

「もーっ! 分かってるわよ今直そうとしたの!」

佐野さんが怒ってる横で、わたしはこっそりと折館くんの顔を見た。

折館くん、教える気はないって言ってたけど、結局、佐野さんのこと気にかけてる……。

少し胸がちくっとする。

幼馴染ならではの遠慮ない距離感がうらやましい。いつも感じていたことだけど、こうして二人を目の前にすると改めて胸の奥が痛む。

でも。

そんなことを思った次の瞬間、

折館くんはわたしの方を見た。

わたしの大量の参考書と、佐野さんのためにまとめノートを作っている手元を見ている。

「……岡本」

「は、はい!」

「それ、貸せ」

折館くんはわたしの手元から、重そうな参考書の山を持って行った。

「えっ、あ、折館くん? それは私が……」

「岡本が全部やる必要ないだろ。……立夏、この公式の解説は俺がやる。岡本は少し休んでろ」

「えっ、迅が教えるの? スパルタはいやよ!?」

「マドレーヌ没収するぞ」

「やります! お願いします!」

折館くんは本当に面倒だったらしない。

わたしの負担を減らすように役割を引き受けてくれたんだ。

わたしは軽くなった手元を見て、じわりと胸が温かくなった。

……ありがとう、折館くん。

言葉にはしなかったけれど、折館くんの不器用な優しさが嬉しかった。



そして、テスト結果発表の日。

廊下の掲示板前に、人だかりができていた。
貼り出された順位表と、返却された答案用紙を握りしめ、佐野さんが震えている。

「……どうだったんですか、佐野先輩」

早坂くんが恐る恐る声をかけていた。
佐野さんはゆっくりと振り返り――満面の笑みでVサインを作った。

「数学、42点!!!」

「ひ、低っ!?」

「でも赤点(30点)回避ー!! これで合宿行けるー!!」

「やったー!! おめでとうございます!!」

早坂くんと佐野さんが一緒に飛び跳ねている。
その騒ぎを、少し離れた場所からわたしと折館くんで見ていた。

「ふふ、よかった。佐野さん、すごく頑張ってたもんね」

「……まあ、ギリギリだけどな」

「折館くんは何位だったの?」

「さあ。見てない」

折館くんは興味なさそうに歩き出そうとしたけど、わたしはその背中に向かって小さく言った。

「私、知ってるよ」

「折館くん、十位以内だったでしょ?」

「……見たのか」

「ううん」

「たまたま見えただけ」

「でも、すごいね」

わたしが折館くんをのぞきこみながら悪戯いたずらっぽく笑うと、折館くんは視線を逸らし、耳を赤くして「……ジュース、おごる」とだけ言った。

「え?」

「勉強、手伝ってくれた礼」

「あ……うん! ありがとう!」

夏の日差しが強くなり始めた廊下。

「中体連だー! 合宿だー! 海だー!」

と騒ぐ佐野さんたちの声が響いている。

わたしは折館くんの隣を歩きながら、

夏休みが少しだけ楽しみになっている自分に気づいた。

去年のわたしなら、

男の子とこんなふうに並んで歩く未来なんて、

想像もできなかったから。

できることなら。

この距離が、

夏の終わりまで。

その先まで。

少しずつ近づいていきますように。

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ゆりしま みつき|青春群像の庭師|『clum! 』連載中 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは製作費に使わせていただきます。