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【clum! '96 #24】聖域侵食

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1996年、夏の盛り。

中体連を数日後に控えたある夜、迅は冷や汗と共に跳ね起きた。

窓の外では佐賀の田んぼの虫たちが騒がしく鳴いており、扇風機が首を振りながら生ぬるい風を送っている。

しかし、迅の心臓は、夢の残滓ざんしに掴まれたまま、激しく脈打っていた。



夢の中の図書室は、現実よりもずっと暗く、むせ返るような湿気に満ちていた。

そして、そこに立つ玲からは、いつもとは違う、ひどく甘くて人を狂わせるような「いい匂い」が漂っていたのだ。

「……玲」

迅が手を伸ばそうとした瞬間、影の中から「彼ら」が現れた。

それは、信頼しているはずの仲間たち。しかし、その瞳には理性の欠片もなく、飢えた獣のような光が宿っている。

「玲先輩、前よりずっときれいです……」

普段のいい声とは似ても似つかない、粘りつくような声で囁く稲城。

「ねえ、玲先輩。折館先輩より、俺の方が『厚み』のある絵、描けると思いません?」

ヘラヘラとした笑みを消し、玲の手首を強引に掴んで引き寄せる野瀬。

そして、一頼までもが。

「立夏さんには内緒にしてくださいね。……玲先輩のその匂い、僕、もう我慢できないんです」

見たこともないほど優しい笑みを浮かべ、玲の首筋に顔を近づける。

「やめて……っ、迅くん、助けて!」

玲が悲鳴を上げ、迅の方へ手を伸ばす。しかし、迅の体は床に縫い付けられたように動かず、声も出ない。

さらに追い打ちをかけるように、闇の中から白衣を翻した樹が現れ、迅の耳元で冷たく囁いた。

「……無能だな、迅。玲を守る『壁』になると言ったのは、どこの誰だ? お前が目を離した瞬間に、彼女は奪われる。科学的に証明された、必然の結末だよ」

奪われる。

誰の手にも届かない場所へ。

自分だけを見ていたはずの玲の瞳が、自分以外の男たちの欲望に染められていく。

だって、

立夏のことだって、

あのとき


守れなかった。

「……っはあ、はあ、はあ……!」

迅は洗面所に駆け込み、コップに水を注ぎ、一気に飲み干した。手の震えが止まらない。

ドイツ人の祖母から受け継いだ碧い瞳が、暗闇の鏡の中で激しく揺れている。

(……何だ、今の夢は)

自分でも自覚していた。最近、玲を取り巻く環境が変わったことへの焦りが芽生えたことと、立夏の怯えた目を久しぶりに見たことが原因だ。

「双子公表」によって、玲への謂れのない中傷は消えたが、代わりに彼女の「美少女」としての存在が正しく認識され、男子生徒たちの視線は以前よりもずっと直截的になっていた。

さらに、一頼や稲城、野瀬といった、自分よりも玲に「柔らかく」接することができる後輩たち。

自分のように威圧感で遠ざけるのではなく、彼女の隣に自然に並べる彼らへの、無意識の嫉妬。

そして、もう忘れかけそうになっていた、立夏のまだ開いていた傷。


「……奪われる、か」

迅は窓の外、玲の家がある方向の夜空を見つめた。

去年の11月、強引に抱きしめてしまった時の、自分の内側にある「獣」の正体を、迅は誰よりも知っている。

だからこそ、他の中学生男子たちが同じような欲望を玲に向けているのではないかという疑念が、悪夢となって現れたのだ。

「……馬鹿馬鹿しい」

迅は自分に言い聞かせるように、再び横になった。

しかし、夢の中で嗅いだ玲の「甘すぎる匂い」の記憶が、いつまでも鼻腔にこびりついて離れなかった。



【今回のおまけ】

野瀬「出た。2回目だ。折館先輩の、俺たちにとってはただ理不尽なだけの悪夢シリーズ!」

稲城「……シリーズ化してたのか!」

野瀬「絶対3回目もあるな、このままだと……そして次の日、理不尽に睨まれるんだ。もう、十分しあわせなんだから、夢の中のことに一々惑わされるなよ!……こわいよー」

稲城「迅ちゃん、そんなに自信ないのかな……」

野瀬「え?」

稲城「取られるとか奪われるとか、そんなのばっかりだ……」

野瀬「と、本編暗いんでこっちは美しくいきます」

稲城「美しい……儚い……」

野瀬「ま、アイコンと一緒にヘッダーも変えてみようかってことでね。今回は切ない系です」

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