【clum! '96 #41】数の減った夏合宿
1996年8月上旬。
うだるような暑さが佐賀の山あいを包み込む中、碧翔学園バスケットボール部の夏合宿が、今年も昨年と同じ合宿所で行われていた。
しかし、体育館に響くバッシュの摩擦音や掛け声は、どこか物寂しさを孕んでいた。
今年は高等部への進学準備や外部受験を控えた3年生のうち、折館迅、岡本樹、そしてマネージャー(代理)の岡本玲は不参加。
また、3年生の部活継続は希望者制となっているため、人数は大幅に減り、女子キャプテン佐野立夏と男子キャプテン古賀賢治だけの参加となった。
昨年、圧倒的な存在感でチームを引っ張っていたあの大きな背中が一つないだけで、体育館が驚くほど広く、そして静かに感じられるのだった。
「ほら、お前ら声が小さーーい!! 迅や江頭がいないからって、ヘロヘロしてんじゃねえぞ!」
静まり返りそうな体育館に活気を取り戻そうと、誰よりも大声を張り上げていたのは、卒業までキャプテン継続が決まった、「コガケン」こと古賀賢治でした。

「古賀先輩、ナイスパスです!」
「おう、早坂! お前、中体連終わってからまたキレが増したな!」
コガケンが放った鋭いパスを、2年生の早坂一頼が鮮やかなカッティングで受け止め、レイアップシュートを沈める。

同じく2年生の野瀬隆文がリバウンドに飛び込み、「っしゃあ!」と声を上げた。

男子の激しい練習をコートサイドから見つめながら、女子キャプテンの立夏は、キュッとポカリスエットのボトルを握りしめた。
(迅くんも、樹くんも、玲ちゃんもいない……。3年はあたしとコガケンしかいない。でも、だからこそ、残された私たちがしっかりしなきゃ)

昨年度より少ない人数。
それでも、コガケンや立夏たち3年生内部進学組は、碧翔学園バスケ部の“芯”を腐らせまいと、必死に汗を流していた。
夕方になり、練習が終わると、合宿のもう一つの本番である「食事作り」の時間だ。
今年の調理の主戦力は2年生と1年生の担当になっていた。
「野瀬、そっちの野菜切るの早すぎ! もっと丁寧にやらないと、1年生が真似しちゃうよ」
「お前細かすぎなんだよー! カレーの具なんて煮込めば全部一緒だって!」

家庭科室を思わせる合宿所の調理場で、野瀬と一頼がバタバタと指示を飛ばし合っている。
立夏が様子を見に調理場を覗くと、大きな鍋をかき混ぜていた一頼が、すぐに気づいて振り返った。優しい、けれどどこか頼もしくなった笑顔。

「あ、立夏先輩。お疲れ様です。体育館、モップ掛けまで終わらせてくれたんですね。ありがとうございます」
「ううん、これくらい当然よ。……一頼、本当に手際がいいのね」
立夏が感心して見上げると、一頼は少し照れくさそうに微笑んだ。
ふと、彼の背中に目が留まる。
昨年の夏、自分のトラウマに驚いた頃の一頼は、もっと小さくて、必死に背伸びをしているように見えた。
けれど、今の彼の背中は、確実に大きく、逞しくなっている。
6月のハプニングを経て、彼は立夏を怯えさせない「適正な距離」を保ちつつも、決して一歩も引かない強さを身につけ始めていた。
「よし、全員揃ったな! 今年は人数が少なくて少し寂しいが、その分、一人ひとりの密度は濃いはずだ。新チームの躍進を願って……いただきます!」
顧問の牟田一成先生が、豪快に麦茶のコップを掲げると、部員たちから「いただきます!」と元気な声が返ってきた。
一頼たちが作った特製カレーを口に放り込みながら、コガケンが「美味いじゃねえか!」と野瀬の頭を小突いている。
牟田先生は、そんな部員たちの姿を優しく見守りながら、隣の立夏に静かに声をかけた。

「佐野、折館や玲たちがいないのは寂しいか?」
「……そうですね。やっぱり、あたしとコガケンしかいないと、体育館の空気がちょっと軽いです」
立夏は苦笑しながら、けれど真っ直ぐな目で続けた。
「でも、寂しがってばかりはいられません。一頼くんたち後輩も、すごく頑張ってくれてますから。バスケ部は来年も大丈夫そうだよって、受験を頑張ってる子達に報告したいんです」
その言葉を少し離れた席で聞いていた一頼は、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
夜、ミーティングが終わった後の自由時間。
合宿所のベランダから外に出た立夏は、佐賀の澄んだ夜空を見上げていた。
満天の星々。7月に一頼から教えてもらった占いの話を、ふと思い出す。
「先輩。夜風が冷えるので、これ、どうぞ」
静かな足音と共に、一頼がそっと、自分のジャージの薄手の上着を差し出した。
立夏のパーソナルスペースを絶対に侵さないよう、ちょうど手を伸ばして届くか届かないかの、完璧にコントロールされた距離感。
「ありがとう、一頼」
「……迅さんたち、今頃死ぬ気で勉強してるんでしょうね。樹さんに至っては、僕らのこと『非効率な集団』とか言って忘れてそうですけど」
「ふふっ、目に浮かぶわね。玲ちゃんもきっと、二人の間で苦労してるわ」
二人は並んで、星空を見つめた。

手を繋ぐわけでも、急に距離を詰めるわけでもない。
けれど、あの梅雨の日の恐怖を乗り越え、互いの心の形を理解し合った二人の間には、昨年にはなかった「静かで揺るぎない信頼」が、確かに通い合っていた。
「立夏先輩。僕、この合宿で、もっと強くなります。いつか必ず、先輩を守れる男になりますから」
丁寧な言葉遣いの裏にある、絶対的な誓い。立夏は、ほんの少しの申し訳なさと罪悪感を感じながら頷いた。

「うん……そう、だね」
一頼の熱に対して、どこか温度の低い返事をして、立夏は下を向いた。
欠けたピースの寂しさを抱えながらも、彼らはそれぞれの場所で、確実に大人への階段を上り始めていた。
【今回のおまけ】
野瀬「あーもー! 花火大会の前後の電波状況悪過ぎ!だって」
稲城「あぁ、花火大会の前の暇な時間に更新しようとして、結構大変だったみたいだね」
野瀬「おまけを忘れるどころか、画像がちゃんとアップできなかったりな」
稲城「ほんと、佐賀のどこにこんなに人が!?ってくらい多いからなぁ、花火大会」

野瀬「今回はNGシーン。Geminiさんでマンガは作ってないのに、たまにこうしてマンガっぽくなっちゃうときがある」
稲城「はは、楽しいけどね」
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