【clum! '96 #01】クラス替えの悲喜交々

1996年4月。
佐賀平野を吹き抜ける風はまだ少し冷たく、あたしたちの碧翔学園へと続く一本道の両脇には、植えられたばかりの苗が揺れる、緑の田んぼが広がっている。
設立3年目、初めて全学年が揃うこの春、校舎には独特の雰囲気と、進路を分ける少しの緊張感が漂っていた。
昇降口横の掲示板には、真新しいクラス名簿が貼り出されていた。
今年から3年生は、
他校受験を目指す外部進学組中心の「A組」と、
高等部への内部進学を希望する「B組」「C組」「D組」に明確に分かれる。
「やったあぁぁ! 玲ちゃん、一緒だよ! 3-B!」
もう、ただひたすらに嬉しい。一、二年生のときは一緒じゃなかったけど、今年やっと同じクラスになれた!

静かな田んぼに響き渡るような大声。ポニーテールを揺らしながら、あたし佐野立夏は、岡本玲ちゃんの肩を抱き寄せた。
2年生はA組とB組に分かれていたけど、3年生でついに同じクラスになれた。
「良かった、立夏ちゃん。……でも、数学の時間は大変そうね」
「うっ、それは玲ちゃんが隣にいてくれないと困る!」
玲ちゃんはいつものようにやわらかく微笑んだけど、その視線は女子の名簿から少し離れた男子の「3-A」の欄へと向けられていた。
そこには、彼女の恋人・折館迅と、双子の兄・樹の名前が並んでいる。やっぱり、わかってても気になるよね。
「迅くんと樹は、やっぱりA組ね……」
勉強ができる迅と樹。
あの二人ならA組だよね。
玲ちゃん、寂しいんだろうな。あたしだって少しだけ寂しい。

立夏と玲先輩の様子を、僕たち三人は、少し離れた場所から眺めていた。
クラス替えはあったのに、そのまま持ち上がりのような状態となった2年B組の3人だ。

「よかった。野瀬と稲城と同じクラスのままで」
「……あーあ、玲先輩と迅先輩、クラス離れちゃったね。俺的には、隣の席でイチャついてる二人を観察したかったんだけどなぁ」
野瀬隆文が、少し残念そうに目を細める。
「バカ、不謹慎なこと言うなよ、野瀬」
稲城芳彦が、いつもの落ち着いた低音ボイスで野瀬をたしなめた。
僕、早坂一頼は、3-Bの名簿の前で大はしゃぎする立夏の姿を見つけ、胸が温かくなりホッとする。でも。
「3年生は受験以外でも忙しくなるって聞くし、会いに行くのは難しくなるのかな。いや、今でも上級生の教室に行くのは難しいんだけどさ」
せっかく去年は少しだけ近づけたのに。
僕は紺色のブックカバーを被せた本を、抱きしめる。誕生日に立夏にもらったばかりのものだ。

始業式へ向かう列の途中、3-Aの列に俺たちはいた。
俺、折館迅と、その隣で、「公的な場には相応しい格好というものがある」と珍しく白衣を脱ぎ、眼鏡の奥で不機嫌そうに空を見上げている岡本樹は、歩きながら話をしていた。

「……折館、やっぱり今回も玲とは離れたな。僕としては、余計な『虫』が玲にベタベタする時間が増えなくて清々するよ」
「お前のそのシスコン、いつになったら治るんだ? 樹」
ふと3-Bの列に並ぶ玲の長い髪が見えた。
昨年十一月。
あの強引な抱擁とキス。
樹の秘めた想いが暴かれたあの日。
あの日を境に、俺たちはもう友達には戻れなくなった。
それでも、クリスマス前にはきちんと告白をして、彼氏彼女になれたからよかったようなものの、一時期はもういろいろダメだと思ったものだ。
教頭による、落ち着いたアナウンスが体育館に流れる。
「……これより、1996年度、私立碧翔学園中等部、始業式を執り行います」
その声に、玲がふと顔を上げ、立夏が姿勢を正すのを見たあと、俺は静かに目を閉じた。
スピーカーから流れる校歌の伴奏は、少しノイズの混じったカセットテープの音。
佐賀の田んぼの真ん中、設立3年目のまだ新しい学校。
最後の中学校生活が幕を開けた。
【今回のおまけ】

野瀬「お、いい雰囲気じゃん。こういうスペース好きよー」
稲城「これ、指示が少なすぎて2階になっちゃってるんだよね。野瀬もネクタイ赤いし」
野瀬「ありゃ、ほんとだ。飛び級してるじゃん、俺」
稲城「あと、雰囲気がちょっと神妙過ぎるよね。クラス替えでここまで真剣にはならないでしょ」
野瀬「いやいや、大事だよ。1年間を決める大事な決定よ?」


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