【clum! '96 #43】鉄壁の鉄格子
1996年8月初旬。
連日の猛暑が佐賀の平野を容赦なく炙り、アスファルトからは陽炎が立ち上る、ある午後のこと。
岡本家のダイニングに激震が走る。
「——方針を変更する。今日から僕も、君たちの受験対策の学習会に最初から完全同行することにした。昨日は合流が遅くなって完全に失敗した」
朝食のトーストを丁寧に咀嚼しながら、長男の樹が、眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせて言い放った。
「えっ!? お兄ちゃん、模試が近いでしょ? 自分の勉強はいいの?」
玲が驚いて丸い目をさらに丸くすると、樹は細い指先で眼鏡のブリッジをピシッと押し上げ、極めて平坦な、それゆえに逃げ場のないトーンで論理を展開し始めた。
「僕の脳の処理能力を甘く見ないでほしい。自分の受験勉強など、全体の20%のメモリを割けば事足りる。残りの80%の余剰リソースをどこに投資すべきか。
……昨日、夕方に帰宅した君の『バイタルデータ』および『行動心理学的特異点』を解析した結果、極めて憂慮すべき異常値が検出された」
「え、い、異常値……っ!?」
玲の心臓がドクンと跳ね上がった。
「昨日の17時42分、折館の家から一緒に帰宅した際の、玲の心拍数は平時の1.2倍。顔面の毛細血管の拡張、および僕と視線が合う確率が統計的に87%低下していた。
さらに、いつもなら無造作に放り出すはずのカバンを、なぜか胸元で頑なに抱え込むような防御姿勢をとっていた。
……これらが示す結論は一つしかない」
樹はトーストを皿に置くと、妹の目を真っ直ぐに見据えた。

「折館迅という名の狂暴な害獣が、ついに我が家の可憐な妹に対して、法的一線を越える、あるいはそれに準ずる肉体的超至近距離接触を試みた可能性が極めて高い。
よって、僕は今日から『対折館用・絶対不可侵防衛システム』として機能する。
……玲、着替えてくれたまえ。僕も行く」
「な、何言ってるのお兄ちゃんのバカ——ッ!!」
顔面をトマトのように真っ赤にした玲の抗議など、天才の耳には微風の羽音ほどにも届かなかった。
こうして、県立図書室の自習室。
冷房の効きが甘く、ジタバタと扇風機が首を振るその空間で、地獄のような「3人学習会」が幕を開けた。
「……おい、樹。なんでお前がここにいる」
いつも通り、玲の隣の席を陣取ろうとした迅だったが、その席にはすでに、数100ページの分厚い物理の専門書を広げた樹が、地蔵のように鎮座していた。

「言ったはずだ、折館。僕は今日から、玲の半径1.5メートル以内に存在するすべての有害事象を排除する。
具体的には、君のことだ」
「……喧嘩売ってんのか!」
「非論理的な大声は図書室の規定違反だ。静粛に。それより、君の今日の顔面の弛み方はなんだ。昨日の残滓を反芻しているオスの顔をしているな。不快極まりない。
即刻、脳内物質を冷却しろ」
「う、うるせえええッ!!」(小声)
迅の耳の先が、一瞬で真っ赤に染まった。
図星だった。昨日の、あの指先に残った玲の信じられないほどの柔らかさと、甘い吐息の記憶が、今朝から何度も脳内でリフレインしていたのだ。
そんな二人の男の隣で、玲はノートに顔を擦り付けんばかりの勢いで、ガリガリと数学の計算式を解いていた。
恥ずかしさと気まずさで、死んでしまいそうだった。
「ほら、二人とも喧嘩しないの! 勉強するよ!」
しかし、樹の「防衛システム」は徹底していた。
玲が少しでもシャーペンを落とせば、迅が拾おうと手を伸ばす前に、樹が超音速の反射神経でそれをキャッチして玲に手渡す。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「当然の処置だ。折館、今、君の手が玲の指先に触れる確率が14%あった。僕の計算を狂わせないでほしい」
「お前、マジで一回表に出ろ……!」(小声)
迅の額に青筋がミシミシと浮かび上がる。
さらに休憩時間。玲が「ちょっとお手洗いに行ってくるね」と席を立った瞬間だった。
居残る二人の男の間に、張り詰めた沈黙が降りる。
樹はゆっくりと眼鏡を外し、冷徹な、狩人のような目を迅に向けた。

「……折館。昨日、何をした」
「……何のことだ」
迅はぶっきらぼうに視線を逸らし、昨日玲の胸を触ってしまった右手の指先を、ぎゅっと握りしめた。
「誤魔化すな。君のその、罪悪感と独占欲がブレンドされた醜悪な表情を見ればわかる。
……確認しておくが、僕達はまだ中学生だ。特に、玲は肉体的な発達が著しいとはいえ、精神の防衛レベルはまだ未熟だ。
君のそのドロドロとした情欲をそのままぶつけるなど、
言語道断、万死に値する」
「……わかってんだよ!!」
迅は、低く、けれど爆発するような小声を絞り出した。
「あいつが……玲が、どれだけ大事か、俺が一番わかってんだよ!
傷つけたくないし、怖がらせたくもない!
……だから、昨日だって、俺は……っ」
「昨日『だって』、ということは、やはり何か破廉恥な接触に及んだということだな。現行犯ではないが、状況証拠だけで君を死刑にするには十分だ」
「あぁクソ、お前本当にめんどくせえ!!」
そこへ、玲が「お待たせー」と無邪気な笑顔で戻ってきた。

その瞬間、樹は一瞬で「物静かで知的な兄」の仮面を被り、迅はバッと顔を赤くして再びそっぽを向いた。
「……? 二人とも、私がいない間にまた仲良くしてた?」
「仲良くなどしていない。彼に、アメーバ並みの知性でも解ける英語の構文を解説していただけだ」
「誰がアメーバだ!!」
1996年、うだるような夏の日の学習会。
前日の甘く深い熱情の余韻は、天才の兄による文字通りの「鉄壁の鉄格子」によって完全にシャットアウトされ、折館迅の理性の防衛戦は、またしても別の意味で過酷な試練を迎えるのだった。
【今回のおまけ】
野瀬「今回ほどタイトルとサムネイルの一致しない回もないだろうなぁ。すごくサムネが少女マンガです」
稲城「俺は美しい玲先輩が拝めればなんでもいい」
野瀬「今回もGeminiとChatGPTの二刀使いっちゅーことで、比較画像を載せてくよ」


ブラッシュアップ
野瀬「若干違うのがお分かりいただけるだろうか」
稲城「光とか艶感?」

野瀬「そ、で、直接ChatGPTだけで出したのがこれ」
稲城「好みの問題もあるけど、ChatGPTかなり進化した感じするな」
野瀬「100%乗り換えるか悩んでるみたいよ」
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