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CMOは何をする人か——米国職業環境医学会の公式ガイドが描く役割


前回、CMOという役職を「『健康』を経営アジェンダに組み込む役職」として整理した。CFOが財務、CTOが技術を担うのと同じレイヤーで、健康を経営に持ち込むポジションだ。

ただ、「健康を経営アジェンダに組み込む」だけでは、CMOが日々何をやっているのかが具体的に見えてこない。ESG開示も役員健診もメンタルヘルス対策も、どれもその答えの一つではある。では全体像はどう整理されているのか。

これを真正面から整理した文書がある。米国職業環境医学会(ACOEM)の公式ガイダンスだ。2018年版(Pawlecki ら)と2023年版(Stave ら)の2本立てで、CMOの仕事が具体的な粒度で書かれている¹。今回はこの2本を辿りながら、ACOEMが描いてきたCMO像を読んでいく。

2本セットで読むのが前提のガイダンス

ACOEMはCMOの役割について、2本の公式ガイダンスを出している。

  • Pawlecki 2018(J Occup Environ Med 2018;60:e215-e226)

  • Stave 2023(J Occup Environ Med 2023;65:e797-e807)

2023年版の冒頭にこんな一文がある。

"the original publication also contained advice for the new CMD. As that advice has not changed, it is not part of this update."

「2018年版の助言は今も変わらないから、本改訂版には含めない」と明記している。資格要件や新任CMDへの行動指針は2018年版に残置、責任領域の整理は2023年で再構成、という分業構造だ。本記事も2本セットで参照する。

2023年版の著者陣は9名。筆頭の Gregg M. Stave(Duke大学 + GSK)や2番手の Wayne N. Burton(UIC + JPMorgan元CMO)のように、アカデミアに本拠を置きつつ事業会社のCMDも兼ねるハイブリッド系が4名。並んで Goldman Sachs 元CMO(Michael Rendel)、Disney Parks CMO(Pamela A. Hymel)、Wells Fargo 初代CHO(J. Brent Pawlecki)など、Fortune 500 の現役・元CMOも揃う。学術と実務の両輪で書かれている文書である。

公式定義は「健康投資戦略を主導する医師の経営幹部」

2023年版の冒頭、CMOの仕事はこう定義されている。

"Corporate medical directors lead the development and implementation of a strategy to optimize their organization's investment in health for employees and their families, which may also extend to customers and communities….To achieve goals related to the strategy, CMDs collaborate internally across the organization and with a wide spectrum of external stakeholders."

CMOがだれを顧客とし、だれと一緒に、どんな仕事をするかがわかる。

中心軸は健康投資戦略の策定と実装をリードすること。CMOの仕事の重心はここに置かれている。

サービス提供の対象は従業員から始まり、その家族、顧客、地域社会まで段階的に広がりうる。

協働相手も社内のHR・法務・安全・福利厚生にとどまらず、公衆衛生当局や地域医療など外部にも及ぶ。

Stave 2023 は別の箇所で CMO を "physician executives"(医師の経営幹部)と呼ぶ。医師として何を診るかではなく、経営幹部として何を主導するかに軸足が置かれている。本文には "From white coat to business suit"(白衣からビジネススーツへ)というフレーズが繰り返し登場する。

やるべき仕事は「11の責任領域」に整理されている

では、戦略を主導するとして、具体的にどの領域を見るのか。2023年版はこれを 11ドメイン に整理した。

  1. 健康戦略・リーダーシップ(Health Policy, Strategy, and Leadership)

  2. 健康文化の醸成(Culture of Health and Well-being)

  3. 労働者の健康と生産性(Worker Health and Productivity/Performance)

  4. メンタルヘルス(Mental Health)

  5. 福利厚生・健康保険プラン設計(Employer Benefits Design)

  6. グローバル/渡航医学/極限・遠隔環境(Global Health, Travel Medicine, Remote/Extreme Environments)

  7. オンサイトクリニックの統括(On- and Near-site Clinics Oversight)

  8. デジタル/AI/テレヘルス(Digital Technology, AI, and Telehealth)

  9. 重大インシデント対応・BCP(Critical Incident Preparedness and Business Continuity Planning)

  10. 職場のハザード管理(Workplace Hazards)

  11. 役員健診(Periodic Executive Health Examinations, PHE)

特に注目したいのは、2018年版から 新設または大幅に拡充された5領域 だ。

  • メンタルヘルス(2018では behavioral health の一機能 → 独立化)

  • デジタル/AI/テレヘルス(2018にはほぼ存在しない領域 → 新設)

  • 重大インシデント対応・BCP(emergency response → 業務継続計画まで拡張)

  • グローバル/極限・遠隔環境(global → 極限環境・遠隔地まで拡張)

  • 役員健診(benefits design の一部 → 独立)

コロナ後に守備範囲がどう広がったかが、ここに刻まれている。「健康」がメンタル・デジタル・事業継続・グローバル・役員レイヤーまで地続きで扱われるようになった、と読める。

CMOの姿勢を象徴する3つのキーフレーズ

11ドメインは「CMOが何を担当するか」の地図だ。これと別軸で、Stave 2023の本文には、CMOというポジションの「在り方」を象徴するキーフレーズが繰り返されている。CMOがどう振る舞い、どう自分を位置づけるかの言葉だ。次の3つが特に印象に残った。

"Beyond pandemic support"(パンデミック対応の枠を超えて)

"the intense focus on addressing the challenges of the pandemic, however, may have created the mistaken impression that pandemic support is the primary purpose of CMDs."

コロナ禍でCMOの存在感が一気に増した。ただACOEMは、その仕事をパンデミック対応だけと矮小化して語られたくないらしい。戦略・文化・予防・事業継続を通年で回す常設機能だ、という言い方をしている。

"From white coat to business suit"(白衣からビジネススーツへ)

"These actions and behaviors to achieve C-suite support require the CMD to exchange their white coat for the 'business suit' and the opaque medicalized terminology for the language of business."

C-suite の支持を得たければ、医学用語ではなくビジネス言語で語れ、という指針。「医学から経営への翻訳」というCMO固有の責務を、一行で言い切ったフレーズだと思う。

"The 'H' in ESG"

前回も少し触れた言い回しだが、ESG投資の文脈で「H」(Health)が独立に語られる場面が増えてきた、という整理だ。

"the 'H' for health in ESG is becoming an increasingly important consideration."

健康戦略を、投資家にも通じる言葉に翻訳する。取締役会にCMOが座る意味は、その翻訳ができるかどうかに尽きる、という見立てだ。

C-suiteの支持を得る「5要件」

ガイドを読んでいて個人的に珍しいなと感じるのは、CMOがC-suiteに何をどう語るべきかまで明文化されている点だ。Stave 2023は「経営層から支持を得るには次の5要素を明確に語れ」と書いている。

  1. Compelling vision(健康が事業成果にどう効くかのビジョン)

  2. Focused priorities(焦点を絞った優先課題)

  3. KPIs(成功を測る指標)

  4. Resources needed(必要なリソース)

  5. Risks(実行リスクと、実行しなかった場合のビジネスリスク

5番目に「実行しなかった場合のビジネスリスク」を含めているのが秀逸だと思う。健康投資は「やる価値がある」だけだと理想論的すぎて経営陣に届きにくい。だから、「やらないと事業が痛む」をセットで語れ、という助言だ。

今回のまとめ

ACOEMの2018・2023ガイドを通して見えてくるCMO像を、まとめる。

  • 公式定義は「健康投資戦略を主導する医師の経営幹部(physician executive)」

  • 仕事は 11の責任領域 に整理され、コロナ後に5領域(メンタル/デジタル/BCP/グローバル/役員健診)が独立・拡充された

  • 姿勢を象徴するのは "Beyond pandemic support" / "From white coat to business suit" / "The 'H' in ESG" の3フレーズ

  • C-suite向けには 5要件(vision / priorities / KPIs / resources / risks)で語る

これだけの守備範囲を1人で見る役割を、ACOEMが「CMOとはこういう仕事だ」と公式に書いている。

11の責任領域のうち、あなたの会社で実際に手がついているのはいくつだろうか。手がついていない領域は、誰が見ているのだろうか。それとも、誰も見ていないのだろうか。



📓 「CMOラボ」について

Chief Medical Officer(CMO)を日本に浸透させるためのラボ。
書き手は、日本の産業保健現場で働く産業医です。国内外の先行事例、現場で見えていることを書き溜めていきます。

当面は週3本(月・木・土)で投稿予定。

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¹ 公式PDFは以下。Pawlecki 2018: DOI: 10.1097/JOM.0000000000001326(PMID 29608537)/Stave 2023: DOI: 10.1097/JOM.0000000000002979(PMID 37757772)。後者はACOEMサイトで公開: https://acoem.org/acoem/media/PDF-Library/Publications/Role_value_corporate_medical_director-Dec-2023.pdf

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