見出し画像

「デジタル・AI・テレヘルス」とは何をする領域か——ACOEM 11ドメイン連載⑧

米国職業環境医学会(ACOEM)が2023年版ガイダンスで整理したCMOの責任領域は11ドメインある。健康戦略・リーダーシップ、健康文化、労働者の健康と生産性、メンタルヘルス、福利厚生設計、グローバル健康・渡航・極限環境、自社内クリニック統括、デジタル・AI・テレヘルス、危機管理・BCP、職場ハザード、役員健診。CMOが担う仕事の射程は、これだけ広い。

この連載では、11ドメインを1つずつ、Stave 2023原典の定義に忠実に読み解いていく。日本でどう持ち込むかは並走して考えるが、各ドメインがACOEM内部でどう定義されているかを先に押さえておきたいからだ¹。

ドメイン8で求められるCMOの役割は「デジタルヘルスケア(digital healthcare)の強みと弱みを評価する役」だ。「アプリを導入する」「オンライン診療を使えるようにする」だけならIT部門や人事部門でもできる。CMOの仕事はその先にある。これは医学的に効くのか、公平か、安全か。評価し、選別し、統括する。箱がデジタルに置き換わっても、CMOがやることは変わらない。

なぜCMOが「評価者」の役を負うのか

Stave 2023は、このドメインの冒頭をこう書く。

"The CMD is uniquely qualified and positioned to evaluate the strengths and weaknesses of health-related digital offerings."²

CMOは健康関連デジタルサービス(health-related digital offerings)の強みと弱みを評価する役として "独自に資格を持つ(uniquely qualified)" と原典は言い切る。「導入を主導する」とも「運営する」とも書かない。評価する、と書いてある。

なぜ「評価者」なのか。デジタル技術は医療アクセス・公平性・体験・アウトカム(patient access, equity, experience, outcomes)を改善する機会を生む。ただ、それが本当に効くかどうかは、中身を医学的に見る人がいないとわからない。デジタルというラベルだけで判断が止まりやすい領域だからこそ、医学的な目で評価する役が要る。

そして原典は、COVID-19パンデミックを起点に置く。

"The global COVID-19 pandemic created rapid adoption of digital technologies and the transition to telehealth/telemedicine."³

物理的な隔離政策、医療従事者の不足、感染リスクの回避。これらが重なって、デジタル技術とテレヘルスの採用が一気に進んだ。日本でもオンライン診療の規制緩和、健康相談アプリの拡大、健康情報の電子化などが加速した時期と重なる。

ただし、急速に採用されたことと、うまく機能していることは別だ。原典はそう釘を刺す。

デジタル化に残った4つの構造的課題

採用が進んだ後も、デジタル変革には大きな課題が残っている、と原典は4つを並べて挙げる⁴。

  • 高価な電子カルテ(EHR)システムが医療従事者のバーンアウトに寄与している。導入コストだけでなく、運用負担が現場の疲弊を生む

  • 電子カルテと他のデジタルアプリケーションとの相互運用性(interoperability)の欠如。データが繋がらず、医療情報があちこちに分散したまま活用できる形にならない

  • デジタルソリューションへの償還(reimbursement)の不十分さ。オンライン診療受診や遠隔モニタリングに対する報酬体系が整っていない

  • 公平性(equity)の問題。インターネットアクセスがそもそも不十分な層、ヘルスリテラシーが低い層が、デジタル化の恩恵から取り残される

この4つの並べ方が、原典のスタンスを語っている。「デジタル化すれば自動的に良くなる」とは言わない。むしろ、デジタル化したあとに残るこの4課題を誰がどう超えるか。それを考えるのがCMOの仕事になる。問うのは「導入できるか」ではない。「これを越えて全社員に届くか」だ。

デジタルを4階層で見分ける — 原典のカテゴライズ

ここから、CMOが何を見るのかを具体化する。

"While a variety of definitions and categorizations have developed for the meaning of 'digital' in health, from the perspective of the CMD, digital healthcare consists of various tools that engage patients for clinical purposes."⁵

原典は、CMOの視点でデジタルヘルスケアを4階層に分けて整理する。

  • eヘルス(eHealth): ウェブ・インターネットベースのサービス。テレヘルス(telehealth)・遠隔医療(telemedicine)もここに含まれる

  • モバイルヘルス(mHealth): スマートフォン・アプリ・SMS・タブレット・電話によるサービス

  • デジタルヘルス(digital health): フィットネスや行動・ライフスタイル・ウェルネス(wellness)系のトラッカー。血圧・心拍などの生体情報(physiologic processes)をモニタリングし、ユーザーに自己管理を促す

  • デジタル医療(digital medicine): エビデンスに基づく(evidence-based)ソフトウェア・ハードウェア製品。糖尿病・薬物使用障害・不眠等に対する処方デジタル治療(prescription digital therapeutics)、電子カルテ組み込みの臨床意思決定支援(clinical decision support)等

4階層を並べた上で、境界線を引く。

"These tools [digital health] do not require evidence-based studies to be released."⁶

"On the other hand, digital medicine includes evidence-based software and hardware products that measure or intervene for health ... These fall under the regulatory authority of the Food and Drug Administration, which applies approval or oversight."⁷

強調されるのはこの境界線だ。デジタルヘルスはエビデンスに基づく研究を経ずに市場に出せる。一方、デジタル医療はFDAの規制下で、エビデンスに基づくことが求められる。同じ「デジタル」とラベルされていても、かたやフィットネストラッカー(fitness tracker)やウェルネスアプリ(wellness app)と同列、かたや薬事承認の医療機器と同列。要求される医学的な検証水準がまったく違う。

この境界線を見分けるのが、CMOが独自に担う仕事だ。健康関連アプリのベンダーが提案を持ってきたとき、これはデジタルヘルスなのかデジタル医療なのか、エビデンス水準は何が要求されているのか。それを医学的に判断する人がいないと、企業はフィットネストラッカーレベルの製品を「治療効果のある医療機器」のように扱ってしまう。

AI — 連続体として理解する

デジタルの次に、AIに章を移す。

"AI domains can be classified as a continuum: rule based, machine learning, and deep learning/neural networks."⁸

AIは、連続体(continuum)として理解する。原典の整理はこうだ。ルールベースから始まって、機械学習、深層学習・ニューラルネットへと連続的に高度化していく。

そしてこの連続体の最先端として、LLM(large language models)を置く。

"This includes ... large language models that transform conversations into medical documentation or produce chatbots such as ChatGPT (Generative Pre-Trained Transformer) that use natural language processing and predictive modeling to generate conversational dialog."⁸

ChatGPTのようなLLMは、自然言語処理と予測モデリングを組み合わせて会話を生成する。原典は「LLMはヘルスケアや小売等の応用が評価されている段階」と書く。医療応用はまだ評価過程にある、というスタンスだ。

AI の医療現場での使われ方として並べられたのは、

  • がん・その他レジストリ報告のための EHRレビュー

  • 医療画像処理

  • 診断支援・アウトカム予測

  • 文献レビューの実行と解析

  • 在宅・医療施設での複数の接続機器(connected devices)からのデータ処理

そしてここで、原典は警戒すべき3つのリスクを釘を刺すように並べる⁹。

  • データが欠損している場合、エラーやバイアスにつながる。AIは「ある」データから学習するが、「ない」データの存在には気づきにくい

  • アルゴリズム学習に使われた人口データに偏りがある場合、それが結果に反映される。ユーザーの多様性を反映しないアルゴリズムが、特定集団に対して系統的に誤った判断を下すリスク

  • セキュリティ脆弱性。医療データを扱う以上、攻撃対象としての価値も高い

「AIは便利だが、データの欠損・人口偏り・セキュリティの3点を医学的に監視し続ける必要がある」。これが原典の結論だ。技術が高度になるほどブラックボックス化が進み、何を信じてよいかが判断しにくくなる。だからCMOが、現場の医学的観点から警戒(vigilance)を続ける役を担う。

ACOEMが描くCMO像 — 監督役で活用(leverage)を引き出す

このドメイン全体を貫いて、原典が締めの位置に置くのは次のフレーズだ。

"Rapidly evolving data-driven digital technology along with the pace of systemic change in the workplace and in society requires human involvement, surveillance, and oversight to be leveraged effectively."¹⁰

データ駆動のデジタル技術は急速に進化している。職場や社会の変化のペースも速い。これらを効果的に活用する(effectively leverage)には、人間の関与・監視・統括が必要だ。

技術は自動では機能しない。人が監督することを抜きにして、デジタル技術の効果は引き出せない、と原典は言い切る。そしてその「人」は、医学的な目を持った人、つまりCMOでなければならない。

CMOが具体的に何をするかとして、次のように整理する。

"Corporate medical directors can integrate their clinical experience and insights to assess how digital offerings impact individuals and populations."¹¹

"The CMD can navigate the benefits offerings and identify redundancies and gaps to assure selection of the most effective solutions to improve health and reduce patient reluctance."¹¹

CMOの仕事は2つに集約される。

1つ目は、臨床経験を統合して、デジタル製品が個人と集団にどう影響するかを評価すること。診療現場で患者を診てきた経験を背景に、デジタル製品の中身を読み解く。

2つ目は、会社の福利厚生プログラム(benefits offerings)全体の中の冗長(redundancies)と空白(gaps)を見つけて、最も効果的なソリューションを選ぶこと。あちこちで似たアプリを契約していないか、本当に必要なところに届いていない領域はないか、それを点検する。

そして原典は、このドメインを次のように締めくくる。

"Successfully implementing digital health solutions into employer benefit plans, disease management interventions, and workplace health and safety programs and processes will help employers and employees address future global health challenges."¹²

デジタルを「導入する」のではなく、福利厚生プラン(benefit plans)・疾病管理(disease management)・労働安全衛生(workplace health and safety)のプロセスに統合的に実装する。そこまでやって、健康課題に対応できる。実装の責任を負うのはCMOだ。

おわりに

このドメインを日本で考えると、構造的な空白がはっきり見える。

健康関連アプリ、健康診断結果の閲覧プラットフォーム、AIチャットボットによる健康相談、オンライン診療。日本でも導入はかなり広がっている。ただし、その選定はIT部門や人事部門が単独で進めることが多い。これはデジタルヘルスなのかデジタル医療なのか、エビデンス水準は何か、データ欠損や人口偏りの問題はどうか。それを医学的に評価する人が組み込まれていない。少なくとも私の現場感覚ではそうだ。

「導入の意思決定」と「医学的評価」を分けて、後者をCMO相当のポジションが統括する。これが原典の描くCMO像に近い形だと思っている。日本でこれを誰がやるか、まだ答えは出ていない。

あなたの会社が導入している健康関連アプリ・オンライン診療・AIチャットボットは、誰が医学的にレビューしているだろうか。それはIT部門だろうか、人事部門だろうか、それとも医学的な目を持った人だろうか。


📓 「CMOラボ」について

Chief Medical Officer(CMO)を日本に浸透させるためのラボ。 書き手は、日本の産業保健現場で働く産業医です。国内外の先行事例、現場で見えていることを書き溜めていきます。

当面は週3本(月・木・土)で投稿予定。

この連載「ACOEM 11ドメイン」では、米国職業環境医学会が定義するCMOの責任領域を、1ドメインずつ原典に忠実に読み解きながら、日本企業でどう実装できるかを考えています。

💬 記事が役に立ったら、♡スキ を押していただけると次回の執筆の励みになります。 フォローいただくと、最新の記事の更新をすぐにお届けできます。

ご感想・ご質問・「うちの会社だとこうなる」というリアルな声、コメント欄でお待ちしています。

脚注

¹ 注: 本記事の本文では一貫して CMO (Chief Medical Officer) と表記しているが、Stave 2023原典の用語は CMD (Corporate Medical Director) である。以下の脚注引用文中も原典通り CMD のまま掲載する。

² Stave GM, et al. "Role and Value of the Corporate Medical Director." J Occup Environ Med. 2023;65(12):e797-e807. DIGITAL, AI, AND TELEHEALTH 節(p.e802)冒頭。CMDの中心的役割を「health-related digital offerings の強みと弱みを評価する」点に位置づける核心フレーズ。

³ Stave 2023, p.e802. COVID-19パンデミックがデジタル技術とテレヘルス・テレメディシン採用を急加速させた背景の整理。physical access制限・provider不足・曝露回避ニーズが急加速の要因として明示されている。

⁴ Stave 2023, p.e802. デジタル変革に残る4課題の原典列挙: ①Expensive EHR systems → provider burnout、②Lack of interoperability between EHRs and digital applications、③Inadequate reimbursement of digital solutions、④Equity issues(Internet access・health literacy)。

⁵ Stave 2023, p.e802. CMD視点での digital healthcare カテゴライズの導入文。「臨床目的で患者と関わるツール群」と再定義する立場で4階層を提示する起点。

⁶ Stave 2023, p.e802. digital health(fitness tracker・wellness app・行動/ライフスタイル系トラッカー)に evidence-based study が要求されないという原典の明示。digital medicineとの境界線を成す決定的な記述。

⁷ Stave 2023, p.e802. digital medicine が evidence-based の software/hardware 製品であり、FDA規制下にあることの明示。prescription digital therapeutics(糖尿病・薬物使用障害・不眠等)と clinical decision support(EHR内蔵)が具体例として列挙される。

⁸ Stave 2023, p.e802. AIの連続体としての分類(rule-based / machine learning / deep learning・neural networks)と、LLM(ChatGPT等)の位置づけ。LLMは NLP と予測モデリングを用いて会話を生成する技術として記述される。

⁹ Stave 2023, p.e802. AI運用における3リスク: ①データ欠損が errors や bias につながる、②アルゴリズム学習用の人口データの偏りが結果に反映される(ユーザーの多様性を反映しないリスク)、③セキュリティ脆弱性。

¹⁰ Stave 2023, p.e802. データ駆動のデジタル技術を effectively に leverage するには human involvement・surveillance・oversight が必要、という原典の核心フレーズ。技術の自動機能化を否定し、人間の監督役を必須要件として位置づける。

¹¹ Stave 2023, p.e802. CMDの具体的な統合役を示す2文。臨床経験を統合して digital offerings の individuals/populations への影響を評価し、benefits offerings の redundancies と gaps を見つけて最適選択を行う、と整理されている。

¹² Stave 2023, p.e802. ドメイン8の締めくくり文。デジタルソリューションを benefit plans・disease management・workplace health and safety programs に統合的に実装することで、未来のグローバル健康課題に対応できる、という結論的整理。

いいなと思ったら応援しよう!