「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第27話
用具室から出ると、体育館には本物の警察官達が到着していた。
ストーリー展開的に清水先生と鬼山先生がカラス達とぶつかり合う前に通報したのだろう。軍師清水先生ならそこまでしていてもおかしくない。
ちらりと清水先生の方を見ると、いつもの涼し気な笑顔をみせた。私もいつも通り真顔になってしまう。
ボイスレコーダーによるフェイクのサイレン音に合わせて良いタイミングで来てくれて安堵する。カラス達はあの音が偽物だと気づかないまま連行されていった。
ヒグマもカラスのリーダーである青年も大人しく警察に従っている。こんなにたくさんの警察が取り囲んでいたら逃げられない。
「鬼山先生。屋台でおごってくれるってほんとですか?」
「ああ。おごってやる!急遽休日練習に付き合ってくれた礼だ!」
さすまたを肩に乗せながら柔道部員たちを労っていた。さすまたをあんな風に扱えるのは鬼山先生ぐらいだろう。
「あざっす!」
柔道部員たちの野太い声が体育館に響き渡る。
瑠夏によると柔道部員たちは前日の夜、鬼山先生のメールで緊急招集されたらしい。
鬼山先生の勇姿を目にしたからだろうか。彼らの目が輝いていた。ラスボスがより神格化されていきそうな気がする。鬼山先生の伝説が学校の七不思議のひとつみたいに語り継がれていきそうだ。
「それにしてもあんなところに抜け穴があったなんてな」
「忘れ物取りに行くときはあそこから出入りするか」
柔道部員たちがそんな会話をしながら体育館を後にする。それを聞いていた瑠夏が呆然としていた。
「私のショートカットコース……鬼山先生にバレてたんだ」
私はそっと瑠夏の背中に手を置いた。鬼山先生は私達が破れたフェンスから抜け出していたのに気が付いていたらしい。瑠夏はもうあの道を使用することはできないだろう。
「瑠夏。私、ちょっと行ってくる」
「行くってどこに?暗号を解いて宝も見つけたし、窃盗団も捕まえた……もう何もないでしょ?」
瑠夏は眉間に皺を寄せながら上体を傾かせた。全身で疑問を表現している。
「氷上さんには分かったんだね。最後の謎、犯行予告の謎が」
さすが和久君。察しが良い。私は黙って頷いた。
「じゃあ私もいっしょに……」
「ふたりは待ってて」
思わず声に力が入ってしまって、すぐに「ごめん」とふたりに謝る。これから先は私しか行ってはいけない気がする。
小説で「衝動に突き動かされて動く」なんて表現があるけれど今の私はまさにそんな心情だった。
「これから悲しんでいる人を励ましにいってくるだけだから……。大丈夫。外で待ってて」
ふたりは顔を見合わせて、訳が分からないながらも手を振って送り出してくれた。
「分かった。待ってるよ」
「紬希がそう言うなら……。でも早く戻って来てよ?」
随分ふたりと打ち解けたなと改めて思う。瑠夏とは1年生の時からの仲だけど宝探しで更に信頼関係が深まった気がする。気が付けば和久君への警戒心もなくなり、宝探しでは意見を求めるような頼りになる相棒になっていた。
そんな変化を喜ぶと共に、私は再び前を向く。
あの人はたぶん……あそこにいる。
『図書室』の前までやってきて、私は息を整える。心臓の鼓動が速まっているのは走ってきて息が上がっているせいだけじゃない。
スライドドアに手を伸ばす。軽い感覚からドアが開いていることが分かった。
「紬希ちゃん?どうしてここに……」
「やっぱりここに居たんですね。加賀美先輩」
定位置に加賀美先輩は座っていた。参考書を開いて受験勉強をしている……ように見える。黒髪を揺らして、何事かと首を傾けていた。
私は呼吸を整え背筋を伸ばした。
誤魔化すのは得意じゃない。単刀直入に先輩に切り出した。
「先輩……ですよね。同森ヶ丘中学校の爆破予告と犯行予告をしたSNSに投稿したのって」
「……!」
加賀美先輩の目が一瞬だけ丸くなる。すぐに冷静さを取り戻すと口元に手を当てて笑った。
「何を言い出すのかと思ったら。どうして私?私がそんなことする意味ないでしょ」
「宝を守りたかったんですよね?」
再び参考書に目を落とした先輩の手が止まる。同時にシャープペンシルの芯が折れた。先輩の長いまつ毛が揺れた気がする。
「守る?どうして犯行予告と爆破予告が宝を守ることになるの?」
「爆破予告というのは何か別の目的を達成するために出されるのだと私は考えています。爆破予告が出れば学校も警戒するし警察沙汰にもできます。犯行予告は宝を盗もうとする人達を牽制することができる……」
そう。あの犯行予告は宝を奪うために出されたのではない。宝を守るために出されたものだった。
「確かにそういう理由もあるかもしれないけど……。私がそんなことする理由ってないよね?ミステリー小説風に言えば、動機」
先輩はシャープペンシルの芯を出し直すと再びノートに単語を書き連ねる。私はその様子をじっと眺めていた。
「紬希ちゃん。ごめんだけど今日の所は帰ってもらえるかな……」
「動機ならあります。加賀美先輩は栄真珠さんの娘なんですよね?」
先輩が弾かれたように参考書から顔を上げる。
「私の推測ですけど……。先輩は真珠さんから話を聞いて宝の存在を知っていた。それと先代の校長先生から真珠さん宛に送られてきた手紙を読んで宝が危ないことを悟ったんですね」
ここにきて初めて穏やかな先輩の雰囲気が一気に緊迫したものに変わる。
「どうして母のことを?」
「名前です。苗字は真珠さんが旧姓だったから全然気が付かなかったんですけど……。琥珀と真珠。どちらも宝石の名前だなと思って」
「それだけで?」
「一番決め手になったのは……先輩のそのバレッタです」
私の言葉に先輩が後頭部に手を振れる。今日もあのバレッタを身に着けていた。
「お店で買ったものじゃなくて……真珠さんから貰ったものですよね?」
「どうして……それを……」
先輩の目が零れ落ちんばかりに見開かれる。私は早口になってしまわないように気を付けながら推理を続けた。
「その虹色の石は宝石化した化石の一種。アンモライトです。学校に隠された宝は宝石化された恐竜の化石でその中にアンモライトもありました」
『それはアンモナイトが宝石化したもの。アンモライトだよ』
虹色に輝く宝石を見つけた時、清水先生が教えてくれた。
私はすぐに先輩のバレッタに取り付けられていた石を思い出した。何故先輩のバレッタに宝石が?
清水先生は真珠さんの家族から喪中のハガキを受け取ったと言ってなかったか。たとえば真珠さんに子供がいたとして。学校に隠された宝と暗号の話をしていたとしたら?後から届いた先代の校長先生の手紙を見て、亡くなった母親が宝のことを気にかけていたとしたら子供は……なんとかして守ろうと考えないだろうか。
そこから私はひとつのストーリーを思い描いた。
加賀美先輩が真珠さんの娘であると。
そしたら不思議とこれまでの色んな出来事が一本の線で繋がっていったのだ。
「暗号文が『宝石』の第1号巻に挟んであったのも先輩がやったことなんですよね?私が見つけるように仕向けたんです。
冊子は黄ばんで年季が入っているのに暗号文は白いA4用紙だったということは恐らく私が見つけたのはコピーされた物だったんでしょう。原本は先輩が持っているはずです」
「……」
先輩は黙って私の話を聞いていた。穏やかな表情に変わりはないけれど、ピリピリとした緊張感が私達を取り巻く。
一言でも間違えれば先輩を傷つけるかもしれない。小説の中の探偵も種明かしをする時はこんな気持ちなんだろうか。
人が隠しておきたいと思っていたことを明るみに出す行為。謎を解き明かすために必要とはいえあんまりいい気持ちはしない。
「図書準備室の本が飛び出ていた時もあったんですけどそれも先輩ですよね?旧校舎の窓が閉めてくれたのも。私にちょくちょくヒントを出してくれていたのは……宝を大人達ではなく私達生徒に見つけて欲しかったからですか?」
そこまで一息に話し終えると、先輩はふーっと長く息を吐いた。
「すごいね。紬希ちゃん。やっぱり私の思っていた通り。ちゃんと物語を読み取ってくれる子だった」
そう言って先輩はバレッタを取り外す。綺麗な黒髪がさらりと流れた。バレッタを見下ろしている先輩の姿はどこか寂し気だ。
「小さい頃から同森ヶ丘中学校の宝について話は聞いてた。その時の母はすごい楽しそうで……。だから前の校長先生から母宛に手紙が届いた時、なんとしても守らなきゃって思ったの。この学校に進学を決めたのもそのため」
先輩がぽつぽつと今日に至るまでの出来事を語り始めた。
「でも暗号も分からないし宝も何だか分からない。遺産相続で揉めてる校長先生と教頭先生がいる限り大人達は信用できないでしょ?
だったら宝を狙っている犯罪グループがいるかもしれないと世間に知らしめればいい。そうすれば生徒も宝を探し始めるかもしれないし、学校も外からの不審者を警戒する。校長先生達も宝に下手に手を出せなくなると思ったんだ。
まさか本当に犯罪グループと繋がっていたのには驚いたけどね。
生徒達の中でも更に信頼できる人……。紬希ちゃんに宝を見つけてもらおうと思って暗号文を見つけてもらえるように仕掛けたの」
先輩は制服のスカートのポケットを探ると、古びた鍵を私に見せた。
「これは『宝石』の背表紙の内側にくっついてた旧校舎の鍵。これも母がやったんだと思うけど偶然見つけてね。
紬希ちゃんたちが先生に叱られないように窓の鍵閉めておいたんだ。あの時私図書室に寄ってから帰ろうと思ってて……。B棟の突き当りの廊下にいたから見えてたんだよね」
私は『宝石』の1号巻の紙がごわついていたことを思い出す。あそこには旧校舎の鍵が張りつけられていたのだ。
先輩の思惑はうまくいったことになるんだろうけど……。
「あんな攻撃的な文章をSNSに投稿するなんて小説を書く先輩らしくないですよ……」
私はショックだった。小説を書く同士であり憧れの先輩があんな文章を書くなんて。それに爆破予告は罪になる。だから自分が辿り着いた結末だったとしても私は現実を認めたくなかった。
「もういいんだ。どうでも」
本棚の向こう側、それよりももっと遠くに視線を向けながら先輩は呟く。その声は掠れて疲れ切っていた。
「私に未来なんてないから」
「え……?」
私は恐る恐る先輩の表情を伺った。長い髪が横顔を覆い隠し表情はよく見えない。
今にも消えてしまいそうな生気を失ったその姿は滅びを予期した恐竜のようだった。
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