「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第26話
埃と土の乾いた香りがする。油断するとくしゃみや咳が出そうになるのが体育館の用具室という場所だ。
バスケットボールとバレーボールの入ったカゴと得点版、マットレスを掻き分けながら薄暗い用具室内を歩いた。
「何これー!どうなってんの?」
すぐに瑠夏が声を上げる。
用具室の奥の壁が消え去りぽっかりと穴が空いていたのだ。出入口からすぐに階段が見え、地下へ繋がっていることが見て分かる。
突然空間が切り取られたような異様な光景に私は息を呑んだ。
校歌のレリーフがスイッチとなり、壁がスライドしたらしい。地下空間はステージの下を横切るように続いている。
先頭に私、その後ろに瑠夏、和久君と続く。後ろに清水先生とカラスのリーダー、教頭先生。そして火縄一派がぞろぞろとついて来た。
暗号の製作者、宝をひとり占めしようとした者、窃盗団のリーダー、宝探しのライバル……。敵、味方、黒幕が入り乱れたカオスな状況だった。
「氷上さん。これ、使ってください」
清水先生が用具室の隅。壁に引っ掛けられていた懐中電灯を取り外すと私に手渡す。私は呼吸を整え、ぽっかりと口を開けた異空間に足を踏み入れた。
「暗くてこわーっ。というかこの空間って何なの?」
「たぶん防空壕の名残じゃないかな?」
瑠夏と和久君の声が反響して聞こえてくる。
トンネル内の道は辛うじて人ひとりが歩ける狭さだった。追い越したり、宝を奪って逃げだすなんてことはできないだろう。
「防空壕は全て取り壊したはずだ。こんな話聞いてないっ!」
教頭先生の声がグワングワンと地下に響いた。思わず私は耳を塞ぐ。
「泥棒稼業の俺が言うのもあれだけど……。あんた本当に信用されてないんだな」
カラスのリーダーの容赦ない言葉に教頭先生が黙り込んでしまう。私もそれには大いに同意する。遺産や宝というのは人の本性をあぶり出し、狂わせるものなのかもしれない。
先代の校長先生がギリギリまで息子たちに宝のことを教えなかったのは息子たちが欲に目がくらみやすいことを知っていたからだろうか。
「おいっ。ぶつかってくんなよ」
「わりい、よく見えなくて」
微妙な空気感を火縄一派の騒ぎが掻き消す。
狭い道が途切れ、広い空間に出た……ように感じた。目が暗闇で役に立たない状態だったので他の感覚が鋭くなっているようだ。急に土の壁の威圧感が無くなったのが分かった。
私は慌てて懐中電灯を色んな方角に向けた。ここに一体何があるというのか……。懐中電灯を持つ手が汗ばみ、自分の心臓の鼓動が聞こえる。
やがて青みがかったグレー色に輝く何かが懐中電灯の光に反射する。
キラキラと輝くそれは宝石か……?ゆっくりとそれの輪郭を確かめていくうちにただの宝石ではないことに気が付いた。
ぽっかりと空いた目と牙を見つけて思わず身を引く。暗闇でよろめきそうになるのを耐えた。
「……!」
宝は土に眠る。
暗号文から浮かび上がってきた言葉の通り。宝は長い間土の中で眠っていた。目覚めさせてはいけない生き物を起こしてしまったかもしれないという焦燥感と、貴重な物を目の前にすることができた感動が同時に押し寄せる。
一同が宝の迫力に圧倒されて黙り込んでいる中、いちばんに言葉を発したのは和久君だった。
「……恐竜の化石」
光を受けて青く輝くそれは恐竜の全身骨格の化石だった。
土の壁から体の右半分だけが掘り出されている。全長4メートルはあるだろうか。
骨だけだというのに力強い生命力に圧倒される。今にも壁から体を剥がして動き回りそうだ。
神秘的な色に輝く化石を見た瞬間、私の頭の中にビュウッと強めの風が吹き抜けていく。
「だから文芸部の部誌は『宝石』で、真珠さんは「恐竜」をモチーフに作品を書いたんだ……」
恐らくこの恐竜の化石は同森ヶ丘中学校の文芸部が誕生した頃からあった。そして代々、本丸家の校長に守り継がれて来たのだろう。
だから文芸部を創設した代の校長先生は文芸部の部誌の名を『宝石』にした。
そして真珠さんの卒業制作の小説『滅びぬ未来』。
冒頭の詩は『恐竜』をイメージしたものではなかったか。将来に不安を抱く主人公を滅びを前にした恐竜になぞらえて描いていた。
そんなところにまで宝のヒントを隠しておくなんて、真珠さんは抜かりがない。
「本物の化石?だったら変じゃない?色も付いててこんなにキラキラしてるなんて」
みんなが疑問に思っていたであろうことを瑠夏が口に出す。その通り。私が知っている化石とは少し違っている気がする。
「これは化石が宝石化したものです。全身が宝石化したものは珍しいんですよ」
清水先生が壁を見上げながら説明してくれた。その目は宝石の輝きで輝いているのか。それとも童心に戻ったからか。少年のように輝いて見えた。
「化石の色は地中の成分によって色を変えます。このラプトルと思われる恐竜の化石は、長い年月を掛けてオパール化したようです。地中に染みこんだ二酸化ケイ素と水が化石に浸透して再結晶化することで宝石へと姿を変えるのです」
「へえ~……。確かに外に持ち運べれば高く売れるな。今から運び出すか?先生?」
カラスのリーダーの言葉に教頭先生が首を振った。
「こんなに大きなもの無理だろう。こんな状態で運び出そうとしたら生き埋めになりかねん……。元から私達に譲る気なんてなかったんだ……」
教頭先生が膝を折り曲げてその場に崩れ落ちる。その瞳は恐竜の化石のように真っ黒だった。
「その通り。この宝は生徒達のために守り続けていたんです……。そのあたりのことは本丸朔司校長に聞いています」
それから清水先生が宝の真実を語り始めた。
「防空壕を作っていた時期……戦時中に偶然見つけたそうです。体育館を取り壊すわけにはいかなかったので、それからずっと学校の地下で守り続けていました。生徒達を驚かせ、喜ばせるために……。
ただ、場所が場所だけに危険で公にできませんでした。
だから当時の校長は宝探しという方式を取ったんでしょう。隠し扉を作って宝の噂を流した。そのあたりは校長先生の趣味でしょうね。そしてその宝をかつての私と同級生の女の子が見つけ、次の世代が見つけやすいように暗号を残したというわけです」
学校に隠された宝の真実。それは「生徒を驚かせ、楽しませたい」という歴代校長により仕掛けられた壮大な遊び心だったのだ。
「馬鹿々々しい!そんなことのために我々は踊らされていたのか?大体どうやってこの空間を維持し、こんなふざけた仕掛けを作った?そんな金どこから出て来る!」
遺産が扱いにくい代物だと知って教頭先生が自棄を起こす。
化石を見て感動しない。それどころか逆ギレなんて……。大人になるとみんなこんな風になってしまうんだろうか。少し嫌な気分になっていた時だった。
「親父だ」
カラスのリーダーが呟いた。それは先生に指名されて答えた生徒のようでもあり、誰に聞かせたつもりもない。独り言のようでもあった。
その目はやはり、宝石のせいで輝いているように見える。不思議とさっきまで感じていた不気味さはなかった。
「親父が多額の金を学校に送ってたのは現金を隠すためじゃなかった。こいつのためだったのか……」
その一言でなんとなく私は過去のこと……ストーリー展開が読めた。
恐らくリーダーの言う「親父」はカラスのボスで、彼は「多額の寄付をしていた匿名の誰か」だったのだ。
「私が生徒だった頃の校長……本丸朔司先生からこんな話を聞きました。『戦時中、父が学校運営のために助け合った友人には今も助けられている』と。……あなたのお父様がその人だったんですね」
清水先生がカラスのリーダーに視線を向ける。まさか窃盗団のボスと昔の校長先生との間にそんな接点があったなんて。
だからこの青年は学校に隠された宝の噂を信用したのか。他でもない、窃盗団のボスの言葉があったからだ。
「お父様って……言っておくけど実の父親じゃねえからな。くっだらね~。親父のせいで俺達捕まるのかよ。死ぬ間際に『同森ヶ丘中学校には宝がある』って聞いた上に宝が隠されてる学校の教頭から宝を探してくれなんて言われたら食いつくに決まってんだろ!」
リーダーがうんざりした様子で頭の後ろで手を組んだ。
もしかするとカラスのボスは死の間際、彼らに泥棒稼業から身を引いてもらいたかったのかもしれない。なんてストーリーを考えてしまう。これは私の妄想というか……都合の良い想像だった。
心なしか青年の顔は誇らしげで、スッキリとしている。
「先代の校長先生から手紙が届いたんです。宝のことで卒業してからも年賀状のやり取りがありましたし、教師になりましたから。手紙には『君たちが見つけた宝、生徒達に遺したい宝を然るべき場所に保管する日が来たようだ。遺産のことで息子たちはごたごたしているから君たちに宝を守って欲しい』ということが書かれていたので私は化石を博物館に寄贈する準備をしていました……。ただSNS投稿のせいで状況が変わりましたね」
清水先生が依頼していたのはカラスではなく博物館だったのか……。何とも紛らわしい発言だ。
「本当に。あの投稿のせいで計画が狂ったんだ!」
ふたりの何気ない発言に私は固まった。あのSNSの投稿はカラスのものではない?だったら一体誰が何のために……。和久君も瑠夏も首を傾げる。
「ここにいない人で宝の関係者は……先代の校長先生と真珠さんだけだ」
和久君の言葉に教頭先生は激しく首を横に振った。
「父はスマホでSNSなんかできないぞ!今は体調が悪くてほぼ寝たきりが続いているし……」
「真珠さんって今どうしてるんですか?」
和久君が清水先生の方を振り返って問う。清水先生は一瞬黙り込むと、意を決したように答えた。
「亡くなりました。4年前だったかな……。喪中のハガキが届いて知ったんです。結婚していたらしく、差出人はご家族の方でした」
暫くだれも言葉を発さなかった。学校に隠された宝を見つけ、暗号を残したユーモアにあふれた人はもういない。
そう思うと会ったこともないのに寂しさが押し寄せてきた。今になって清水先生の「実際に生徒が謎を解いて見つけて欲しかった」という言葉の重みが増す。
「暗号を全部解いて宝も見つけたのに……寂しいね」
「……うん」
和久君が眉を下げて私も懐中電灯を握りしめ直して頭の中で思考を整える。
全てのはじまりがあのSNS投稿だと思っていたのに。宝探しは既に校長先生の遺産相続を引き金にカラスと清水先生の間で始まっていた。
だとしたらあの投稿は一体なんだったのか……。
新たな謎について考え始めたせいで懐中電灯の光があらぬ方向に向いてしまう。光の先に虹色に輝く何かを見つけた。
「これって……」
「わあー!こっちの宝石もきれー!虹色に見える」
私の隣から顔を出した瑠夏が声を上げる。私達の盛り上がった声を聞いた清水先生が側にやってきて説明してくれた。
「それも宝石化した化石の一種で……」
清水先生の解説を聞いた瞬間、私の心の中に竜巻が起こる。今まで耳にしてきたこと、目にしてきたものがぐるぐると混ざり合った。
目まぐるしい思考の後、残されたのはあるひとつの結論。
……最後の謎が解けた。
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