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㊱うつ病|「外科医になりたかった亅患者さんの話|精神科ナースcocomi

こんにちは。猫大好き精神科ナースcocomiです。

今回は「人生をやり直したい」——うつ病の患者さんが語った“もしも”のお話です。


夜勤の静けさの中で、ふと聞こえてくる患者さんの寝息やうなされる声。
その一つひとつが、私たち看護師に「生きることの重み」を教えてくれます。

あの夜、私はひとりの80代の女性患者さん——中野さん(仮名)を通して、
「人生の悔い」と「親子の絆」について考えさせられました。


■品のある“うつ病の患者さん”


中野さんは、白髪をきれいにまとめ、背筋をピンと伸ばした上品な方です。

口調も丁寧で、知的な雰囲気が漂っていました。
初めて担当したとき、「この方がどうして精神科に?」と正直思ったほどです。

診断名は「うつ病」
けれど、話をしていると受け答えもはっきりしていて、本当にしっかりしているのです。

この方、この病院にいる必要あるのかな?と感じていました。

娘さんがほぼ毎日お見舞いに来て、洗濯や身の回りの世話をしていました。
そこにも、私は小さな違和感を覚えていました。

——こんなに献身的なら、家でも介護できるのでは?と。


■深夜5時、姿がない


夜勤中の消灯後は、1時間おきに安全確認のために巡回します。
午前3時、4時……中野さんは穏やかに眠っていました。
けれど、5時の巡回で——ベッドにいません!😱

「え?」と思わず声が出ました。
トイレにもいない。他の病室にもいない。
一瞬、背中がゾッと冷えました。
“まさか…”という言葉が頭をよぎります。

ナースステーションに戻り、相棒の看護師と手分けして病棟を捜索します。
食堂、デイルーム、浴室付近、どこにもいません。

心臓がバクバクしていたとき、
暗い廊下の先に——あ、いた!

普段なら入らない保護室の前の床に、足を揃えて座る中野さん。
まるで人形のように動かず、部屋からもれる明かりの中に浮かんで見えました。

「・・・中野さん!」
駆け寄ると、彼女は小さな声で言いました。

「立てなくなっちゃったの。通帳も、印鑑も、現金もなくなっちゃって…困っちゃうの」


■妄想の世界の中で


「大丈夫、それは娘さんが持ってますよ」と声をかけると、
中野さんはゆっくり首を振り、「娘ね、死んじゃったの」とつぶやきました。

「昨日来てましたよ。生きてます」と伝えると、
「瀕死なの。もう手のつくしようがないのよ」と悲しそうに言いました。

彼女は妄想の世界の中にいるのだと思いました。

あんなに理性的だった中野さんが、急に現実を見失っている。
心のバランスを崩すというのは、ほんの少しのきっかけで起こるのだと感じました。


■「外科医になりたかったの」


部屋に戻り落ち着いたあと、中野さんはぽつりと過去を語ってくれました。

「若いころ、本当は外科医になりたかったの。でもお金がなくてね、医大に行けなかったのよ。それで病院の事務をしていたの。
でも、どうしても手術が見たくて、院長にお願いして見学させてもらったのよ」

目を輝かせながら語る中野さんの顔は、娘時代に戻ったようでした。
その姿に、胸が締めつけられるような思いがしました。

——もし、時代が違っていたら。
——もし、お金があったら。
彼女はきっと、外科医になって人を助けていたかもしれません。

けれど現実は、彼女の夢を許さなかった。
「なりたかった自分になれなかった」という痛みを、長い人生の中でずっと抱えてきたのでしょう。


■娘さんの思い


その後、娘さんから話を聞く機会がありました。
彼女は静かにこう言いました。

「母は、昔から完璧を求める人でした。
小さいころから“勉強しなさい”“ちゃんとしなさい”って。
いい母なんですが、でも…ずっと苦しかったんです。」

母である中野さんは、医者になれなかった悔しさを胸に、
「娘には私のようになってほしくない」と娘の成功を願ったのかもしれません。
けれど、その愛情はいつしか“支配”に変わってしまいました。

娘さんは毎日病院に通い続けながらも、どこか疲れた表情をしていました。

「うつ病」という診断名の裏にあるもの…

それは、単なる“脳の病(やまい)”だけでなく、
人間関係や、叶わなかった夢や、積み重なった支えきれないほどの課題に対する心の疲労なのだと改めて考えさせられました。


■「幸せ」って、なんだろう


私はその後考えました。

——人は、なりたい自分になれなかったとき、どんな風に自分を慰めるのだろう。

——そして、なれなかった自分を、どうやって許容していくのだろう。

看護師として働く中で、たくさんの“もしも”を聞いてきました。

「もし子どもが元気だったら」
「もし結婚してなかったら」
「もしあの時違う選択をしていたら」

そのどれもが、誰の人生にもある“分かれ道”です。

でも、今この瞬間を生きることもまた、“選択”の一つなのだと思うのです。


■「今の私」を大切に


あの夜の中野さんは、
「通帳がない」「娘が死んだ」と言いながらも、
どこか“助けを求める姿”に見えました。
人生をやり直したい——そんな心の叫びのようにも感じました。

けれど、私たちは過去をやり直すことはできません。
できるのは、今をやり直すことだけです。

「外科医になりたかった私」も、
「うつ病の私」も、
「母として失敗した私」も、
全部抱えながら、それでも今日を生きなければなりません。
どんな道であれ、今の人生を生きなければなりません。


■生きることは、続けること


朝の光が病棟の窓から差し込んできたとき、中野さんはベッドで静かに微笑みながら「さっきはごめんなさいね。少し怖い夢を見てたの」と。

私は「大丈夫ですよ。ゆっくり休んでくださいね」と声をかけ、
心の中でそっとつぶやきました。

——人生、思うようにいかないことばかり。
でも、誰かがそばにいてくれるだけで、人は少しずつ回復していく。
支えてくれる人がいたならば本当に感謝していかなければと。

これは大切なことです。



今日もまた、新しい朝が来る。
私たちはそれぞれの「今」を生きながら、終わってしまったことは取り返えせなくても今から出来ることを少しずつ積み重ねて行くことはできます。

それぞれの道、みなさんの幸せを祈って今日も看護師としてお手伝いをさせてもらっています。


今回も最後まで読んでくれて有難うございます。

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