㉔強かった母がうつになった日【前編】|家族が見た“心の病”の現実|精神科ナースcocomi
【前編】
こんにちは。猫好き精神科ナースのcocomiです。
今日は、私の母のことをお話ししたいと思います。
母はもう他界してしまいましたが、うつ病を発症した時のことは、今も私の心に深く残っています。
母のこと
母は美容師としてお店を経営していました。
高度経済成長期、店はそこそこ繁盛し、母は朝から晩まで働きづめ。
私は小学生でしたが、「ただいま〜」と言っても「おかえり〜」という声が返ってくることはありませんでした。
お店に続く小窓から忙しそうに動く母の姿を見つめるだけの日々。
母は働き者で気が強い人でした。
しかしストレスの矛先が、幼い私に向かうこともありました😢
怒鳴られたり、厳しく叱られたりすることも多く、当時の私は母を好きではありませんでした。
家庭の中心はいつも母…
優しいけれどお酒好きの父とはよくケンカをしていて、家の中はいつもピリピリしていました。
そんな中、私も中学生になり反抗期へ突入。
母の厳しい言葉に反発し、言い返すようになっていき、衝突はしょっちゅうでした。
年月が経ち、私も大人になり、就職して家にいない時間も多くなり、母との距離は少し落ち着きました。
けれど、ある日――。
父が…がんに
父は食道がんと診断されました。
まだ50歳、働き盛りの年齢でした。
母は泣きながら私に報告しました。
「お父さんが、がんになってしまった…」
私も一緒に泣きました。
当時は「がん=死」というイメージが強く、「お父さんが死んでしまう…」とすごく悲しい気持ちでした。
それでも母は諦めませんでした。
父を救うために奔走し、お店のお客さんのツテを頼ることができ、有名ながん専門医を紹介してもらっていました。対応が早かったせいか、手術は成功し、父は一命を取り留めました。
母の強さと行動力を、初めて心から感心した瞬間でした。
それから10数年後
父の病状が再び悪化。
再発ではないのですが手術の後遺症で食道の繋ぎ合わせた部分が狭くなり、食事もできない状態に。
母は仕事を従業員に任せ、何時間もかけて遠方のがん専門的病院まで通いました。
父を死なせまいとするその姿は、まさに“闘う妻”でした。
しかし2回目の手術が成功し、医師から「もうご主人は大丈夫ですよ」と告げられた瞬間、母は崩れ落ちました。
張り詰めていた心の糸が、ぷつんと切れてしまったのです。
本来なら嬉しいはずの医師の言葉であったはずでした。
——ここから、母のうつ病との長い戦いが始まったのでした。
後編に続く…
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その十数年後、私もうつに陥りました⬇️
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