一つでいいから、昨日と違うことをやってみる。
瞑想やマインドフルネス、アファメーションやビジュアライゼーション。ヨガに気功に自律訓練法。
良いと言われたものは色々やってみたけれど、わたしにはなんだか、しっくり合うと感じられるものがありませんでした。
どれも結局、やらなきゃいけない仕事のようになってしまって、「気持ちいいでしょ。楽になるでしょ。」と言われても、違和感を無視できず答に詰まってしまって。そんなことが続くと、今度は自分が嘘をついているような気持ちになってきて。
そのうち、自分のやる量が足りないんじゃないか?やり方が間違っているのではないか?真剣さが足りないんじゃないか?と自分を責める方へ行ってしまって、そこにいることが辛くなることを繰り返しました。
でも、「変わる、楽になる、のに、これをしなければそうなれない、なんてことはないよ。やりたくないことは、わたしが言ってもやらなくていいよ。」と仰る方に出会ってから、まずは、瞑想やアファメーションが苦手でいいんだ、と思えたことが楽になりました。
苦手と思うには理由があって、あまりにも静かな時間の経験がなかったり、羊水の中にいた時の状態によっては、そう思う人もいるようです。
その方が仰るには、
人の癒しのプロセスは人の数だけあってよくて、その人にあった形が必ずある。
特別支援教育と同じだな、と、感じます。
「ある」ものに当てはめられることが、わたしはしんどかったので。
「ある」ものに当てはまらないと、当てはまらい自分が悪い感じがするのも、しんどかったので。
それなのに、相手が望む以上に、自動的に当てはまりに行こうとしてしまう自分だったので。
そんな中で、わたしが無理なく続けられていることがあります。それは「一つでいいから昨日と違うことをする」です。
昨日までと同じことを続けていたら、明日からも何も変わらない同じ日々が続いていく。これは、身をもってそう感じています。だから一つだけ、1%だけ、昨日と違う何かをするようにしています。
このnoteを始めたのも、その一つでした。
小さな小さなことでも、昨日と違う何かを、と思って積み重ねることは、脳のパターンを新しくすることに、どうやら繋がるようなのです。
これならわたしも無理なくできる。
「自分を変える」「自分を癒す」なんて、何か特別な力が必要だったり、特別な人にしかできないことのように思っていたところがありました。だけど本当は、誰にでもできるよう、それはそれは様々な形で、しかも身近に、宇宙はたくさんその方法を、散りばめてくれているのかもしれません。
