『ホラーが書けない』19話 怪異に時間帯は関係ない【Web小説】
第19話 夜よりも昼間に怪異に見舞われる友人
職業訓練を受けている俺――紫桃――は昼休みを利用して友人・コオロギ――神路祇――とコンビニへ出かけた。
コンビニからの帰り道、コオロギが軽い熱中症になっているようなので公園の木陰で休憩している。
建物に囲まれている窮屈な都内だと、木々が植わっている公園は避難場所になる。平日で利用者のいない公園はとても静かだ。
低い鉄柵に座り、下を向いてつらそうにしているコオロギに、俺はコンビニで買った2個入りのアイスを開けて片方を差し出す。
アイスを受け取ったコオロギは、ありがとうと弱々しくお礼を言って、もそもそと食べ始めた。すぐに涼しくなったようで、しんどそうだった顔に生気が戻ってきた。
アイスで体を冷却し、まだ熱の少ない風を受けて少し元気を取り戻したコオロギは、アイスのお礼を改めて言うと、ためらいのある口調で聞いてきた。
「紫桃は……幽霊や妖怪とか……
目には見えないナニカがいるって言ったら……どう思う?
『いない』って否定する?」
以前の俺なら「そんなのいるわけないだろ」と即答するが今は違う。
『この世には今の常識や科学では説明できないナニカがあるのかもしれない』
コオロギと接するようになってから俺の中に芽生えた考えだ。
俺は前に予知するようなコオロギの言葉を聞いている。それに付き合いは浅いけど、コオロギは人をだましたり、かまってほしくて嘘をつくようなやつではないことも知っている。
いつも自分の考えをストレートに言うコオロギがためらいがちに聞いてきたってことは、あまり話したくないのだろう。
話しづらいのに語ろうとしているのは信頼してくれているのか……。
なら、俺も正直に心境を伝えないと。
「俺には幽霊とか妖怪とかは見えないから存在しているかはわからない。
でもコオロギが話すことなら『いる』『いない』にかかわらず、信じる」
俺をじっと見ているコオロギの体に、木漏れ日がところどころ当たっていて、風のせいで位置が変わってまぶしい。光のまぶしさで目を細めたら、コオロギのくすっと笑う声が聞こえた。
「ありがとう。
じゃあさ、おとぎ話みたいな感じで聞いてね――」
真夏のように暑い日なのに気温を感じなくなり、静かな空間が広がっていく。コオロギは深呼吸して少し間をおいてから静かな口調で語りだした。
「たまにね……姿が見えないナニカがちょっかいをかけてくるんだ。
どんなやつか知らないけど、つかまれたときに相手の肌の感触や温度を直に感じたら気味が悪いでしょ?
……だから長袖を着ているんだ」
俺が呆けていると、コオロギは困ったような表情をして黙ってしまった。
このときの俺は決してあきれていたわけではない。見えないナニカが存在していることを知って驚いただけだった。
『姿は見えないが人に接触してくるナニカが存在する』
この事実だけで幽霊や妖怪の類いは存在しないと思っていた俺の常識は崩れた。知識のよりどころが変わった瞬間、全身がぶるっと震えた。
新たな常識に思考と感情が追いつかなくて、俺は言葉を発することができないままコオロギを凝視していた。
沈黙を破ったのはコオロギだった。
俺が理解できるように、ゆっくりとした口調で体験を語り始めた。
「怪異ってさ、夕方とか夜とかに起きるようなイメージがあるでしょ?
自分の場合は昼夜を問わない。むしろ昼間に体験することが多いんだ。
昼に商店街へ行った帰りに、妖と遭遇したことがある。
メイン通りを抜けて路地を通って帰ることにしたんだ。表通りはにぎわっているけど、路地に入れば商店がなくなってふつうの住宅地になる。静かな通りを歩いていたら、いきなり腕を引っぱられた。
自分に用があるのかと思ってふり向くと、だれもいない。子どもがイタズラでもしたのかと思って見回したけど、どこにもいない。
変だなと思って、しばらく周囲をさがしてみたけど結局は正体不明。そいつは妖だったんだ……。
つかんできた感触は生身のニンゲンと同じものでまったく区別できなかった。人に似てるけどヒトではない……。
そんな奇妙な存在がふれてくる感触なんて知りたくないから、肌をだすことを極力避けるようにしている」
コオロギがつむぐ言葉は俺の想像を超えていた。
前からコオロギは不思議な能力をもっているのではと思っていた。だが聞いた内容は想定外の異能で、このとき初めてコオロギが妖からラブコールを受ける体質とわかり、同時に妖系を感知できる異能があると知った。
世の中には見えないナニカが存在し、ソレはヒトに接触することもある……。
今まで考えもしなかった事実を知って、姿の見えないナニカの存在に薄気味悪さをもった。日常のすぐそばにひそむ怪異に恐怖を感じたけど、それ以上にわいてきたのは――
『コオロギがどんな世界を視ているのか知りたい』
本格的な夏の到来を感じる暑い日に、俺は小さな公園で暑さにバテている友人を見ながらぼうぜんとしている。
未知の世界を知ることへの恐れと好奇心が俺の中で渦巻き、妖という不思議な存在がいる世界への扉が音もなく開いていくのがわかった。
職業訓練に通っていたころを思い出した俺はなつかしくなった。
あの日も今日みたいに暑かった。有休をとったのも暑くなってきて、バテていそうなコオロギを思い出したことが、きっかけの一つだった。
回想から新宿の居酒屋という現実に戻ってきた俺はコオロギを見る。さっきまで落ちつきなく視線を動かしていたが、なにか見つけたらしく楽しそうな笑みを浮かべている。
手に取るようにわかる素直な感情表現。何年経っても変わらないなあ。
そういや今日の昼も歩きながら「暑い~」とか言ってバテてたっけ。
ほっこりとしていたらコオロギがぼそりとつぶやく。
「ふふっ。あのオニーサン、いいなあ」
コオロギのやつ、ナニカ視えているな?
俺はうきうきしながらコオロギの反応を観察する。コオロギはテーブルに肘をつき、手に顎をのせて、きらきらとした目でナニカを追って視ている。熱中しているコオロギに、俺は声のトーンを落としてさりげなく聞いた。
「なあ、コオロギ。なにが視えているんだ?」
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