『ホラーが書けない』20話 霊感のある人が視てる世界【Web小説】
第20話 ゼロ感の俺だと見ることができないアヤカシ
俺――紫桃――は有休をとって東京へ行き、仕事を終えた友人と合流して食事をしている。
新宿にあるこの居酒屋はごくふつうだ。
店内にはカウンター席とボックス席、仕切りを外せば10名ほどのグループが利用できそうな席も組めるような造り。まぶしい白色ではなく少し暖色の照明に、壁には飲み物や食べ物など、メニューが書かれた紙が貼られている。
繁華街ならどこにでもあるような大衆向けの店は、酔って機嫌がよくなった客たちの楽しげな声でにぎわっている。
とくに珍しいものがない店内だが、友人のコオロギ――神路祇――はさっきから目をきらきらさせて楽しそうにナニカを視ている。「あのオニーサン、いいなあ」とこぼした言葉に俺はすばやく反応した。
「なにが視えているんだ?」
「なにも。なにも見えないからいいんだ」
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おっと。
意味不明な会話で読者を置いてけぼりにして申し訳ない。
解説すると、コオロギは異能者で俗にいう霊感がある人だ。たまに姿のないナニカが背中に乗っかってきたり、なにもない所から奇妙なニオイを感知するなど、奇怪なことに遭遇する特異なやつだ。
コオロギは霊感があるけど、幽霊や妖怪の類いが視えることは少ない。でもなにかのタイミングで視えることがあるらしく、ちょうど今、妖を視る異能が働いているようだ。
「『なにも見えない』?
職業訓練での飲み会のときのように、鬼面は見えないんだ?」
「すごくきれい。
薄霧の中にいるように少しぼやけていたり、ぶれているように視えたりするのはあるけど、光る感じであんなにはっきり素顔が見えるのはあんまりないかも」
酒の席でナニカを視てるコオロギの姿から、俺は職業訓練時代を思い出していた――。
再就職に向けて訓練を受講していたとき、俺はクラスメートの一人としてコオロギと出会った。
コオロギに一目惚れした俺は、親しくなるために話しかけ、少しずつ距離を縮めていった。そしてコオロギを知っていくうちに異能者と気づくことになる。
きっかけは俺の父親の異変を予知するような言葉を聞いたことだ。このときからコオロギは変わった能力をもっているかもしれないと思っていたが、すぐに確信に変わった。
異能があると確信をもったのは同じく職業訓練に通っていたときだ。ある昼下がりに、コオロギが妖からちょっかいを受けることがあるとカミングアウトしたのだ。
コオロギが異能者と知ってから、俺は妖や異能などのオカルトに興味をもつようになった。折をみてコオロギから話を引きだそうとするけど言葉をにごす。だからストレートに聞かないようにしているけど、どんな世界が視えているのか知りたくてたまらなかった。
好奇心がピークに達していたときに職業訓練のクラスメート数名で飲み会があった。
受講生同士で飲みに行くことはままある。「暇なら参加しない?」的な軽いノリで誘ってくるのは年配の方々で、昭和時代から平成にかけたビジネスパーソンが、仕事終了後に当たり前のようにしていたことなんだろうと想像してしまう。
今のご時世だと、「仕事とプライベートは分けていますから結構です」と断る者がいたり、「パワハラです!」と言われたりするから飲みに誘うことは減ったと聞くからな。
まあ、世間は別にして、俺は交流を深めるために飲み会に誘われたら積極的に参加するようにしている。今回も授業終了後に誘われたので、二つ返事で参加した。そして同じく誘われて参加しているコオロギの隣を陣取っている。
俺はコオロギに惚れて観察していた時期があったから、酔うとどんな感じになるのか知っている。
コオロギは酔いが回ると警戒心がゆるんでいつもよりおしゃべりになる。はじめは食べることに熱中してるけど満腹になったら気を良くする。質問にも気軽に答えるようになるから、そのときがチャンスだ!
俺は隣にいるコオロギを横目で観察する。満腹になったコオロギは周りを見る余裕ができたようで、ぼんやりとした目で店内を眺めていた。
全体を見渡すようにゆっくり眺めていたけど、急にビクッとなって視線が止まった。そのまま同じ場所を凝視し、目を細めたり大きく開いたりしている。
固定された視線の先を追ってみたけど俺にはなにも見えない。でもコオロギは同じ場所を食い入るように見ている。
「コオロギ、なに見てるんだ?」
「いや、ね……
鬼面が視えるなあ……と」
ぼそりとつぶやいた言葉が奇妙すぎた。
鬼面?
店内にお面が飾られているのか?
さがしてみたけど、そんなものは見当たらず困惑する。
「どこに鬼面が見えるんだ?」
「松葉さんと老竹さんの顔に……」
コオロギは手に持っていたグラスをテーブルに置き、酔って少しとろんとなった目で興味深げに二人を見続けていた。
俺は息をのんだ。二人の顔に鬼面なんてない。見えている風景は酒を飲みながら話に花が咲き、笑い声がしている酒宴だ。
コオロギは俺には見えないナニカを視ている……。
言葉を発さずにいたら、視線に気づいたコオロギがどうしたのという表情で見てきた。
コオロギは思考を読むように俺の目をのぞく。しばらくして俺が異能に気づいたことを知ったようで目を大きく開いて硬直した。
気まずくなったのかコオロギは視線をそらすと席を立った。すぐにあとを追い、宴会の席から少し離れたところで聞いた。
「コオロギ、『鬼面』ってなに?」
コオロギは前に異能をカミングアウトしたときと同じように困った顔をした。でも大きな動揺はない。店内をちらっと見て少し沈黙したあと、「外へ行こうか」と言って店を出た。
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