『ホラーが書けない』18話 服装が変わっている理由がアヤカシのせい?【Web小説】
第18話 夏でも長袖を着ている理由は?
俺――紫桃――の隣では友人がカクテルを飲みながらくつろいでいる。黙っていればクールなエキゾチック美人の友人はコオロギ――神路祇――という。
俺のおごりでたらふく飯を食い、飲み放題でこれまた思いっきり酒を楽しんでるコオロギはご機嫌だ。いい年齢の大人というのに、きょろきょろと店内を見始めている。
好奇心の目でせわしなく視線を動かしていて落ちつきがない。さっきは酔ったおっさんが、道を尋ねるふりしてナンパしていることに気づかなかったし……。まるで子どもだ。
コオロギは店内ばかり見ていて手元にあるグラスを倒してしまいそうだ。グラスの位置を確認してみたら、つたった水滴がテーブルに小さな水たまりをつくっている。
「コオロギ、袖がぬれるぞ」
「え? ほんとだ。ありがとう」
あわてておしぼりで水たまりをぬぐうと、袖がぬれていないか確認している。
コオロギは真夏を思わせる日々が到来してるというのに長袖のワイシャツを着ている。仕事帰りだからワイシャツにパンツスーツという、ビジネスカジュアルな服装は珍しくない。だが長袖は季節はずれとなる時期に差しかかっているから、周りから見れば暑苦しく映るだろう。
一年中長袖なのは今も変わらないみたいだな。
もう見慣れてしまったが、コオロギと出会ったころは季節にそぐわない服装を変に思い、おしゃれに無頓着なタイプと見ていた。でも長袖にはコオロギなりの理由があり、その訳を知ったときは衝撃を受けた。
あれは俺がまだ東京に住んでいて、職業訓練に通っていたころだったな――。
職業訓練に通っていたある昼下がりに、同じ訓練を受講しているコオロギとコンビニへ出かけた。
コンビニで買い物をすませて訓練校へ戻る道すがら、俺は隣を歩くコオロギの袖を軽くつまんでから聞いた。
「なあ、この格好、暑くないのか?」
エアコンのきいた建物内は快適だが、外はほんの少しでも歩くと額に汗がにじむ気温になっていて、まるで夏のような暑さだ。それなのにコオロギは長袖のシャツを着ている。
今日だけではなく訓練が始まってからずっと長袖で、暑さを感じるようになってきても半袖を着てこない。
日が沈むと少しは涼しくなるけど、日中は長袖だと熱中症になるレベルまで気温は上がる。現にコオロギは半分まぶたが落ちて顔はピンクになり、のぼせているように見える。
「……平気だよ……」
「うそつけ。バテてるじゃないか。
こんな暑い日に、なんで長袖着てるんだよ?」
「さわられるのがイヤなんだよ」
「…………すまん」
俺はつかんでいた袖を離してそっぽを向いた。
ふれられるのが嫌なんて……ショックなんだけど……。
俺って思っていたよりコオロギから好かれていないのかな?
このころはすでにハートブレークしていて、コオロギに恋心はもっていなかったが、「イヤだ」と言われると傷つく。
うつろに歩いていたコオロギは俺が急に黙ったものだから、ようすがおかしいと気づいてこちらを向いた。しばらく経つとあせった顔になって、あたふたと話しだした。
「違う! 紫桃のことじゃない!
変なのがふれてくるのがイヤだって意味だよ!」
俺がふり向くとコオロギは申し訳なさそうな顔をしていた。でもすぐに不思議そうな表情に変わってまじまじと見ている。
コオロギが不思議がっているのは、おそらく俺の表情が「ショック」ではなく、好奇心に満ちていたからだろう。
俺はさっきまでの傷心はきれいさっぱり消えて、わくわくしてコオロギに質問する。
「なあ、コオロギ。
『変なのがふれてくる』って、なに?」
コオロギはきょとんとしていた。でも俺の問いがのみこめたら、大きく目を開いて「しまった!」という顔になった。わたわたと挙動不審になり、目を合わせないように向こうへ顔をやり、なにか言い訳を考えているふうだ。
コオロギは思考をめぐらせていたけど、「む――……」とこぼして肩を落とした。それから諦めたような表情をして、ようすをうかがうように視線だけ動かして俺を見た。
躊躇していたが、意を決したらいつもよりトーンを落とした声でぼそぼそと言ってきた。
「姿の見えないモノに……
ふれられるのがイヤだから長袖着てる……」
俺はおもしろそうな話が聞けそうで、はやる気持ちがあった。なにしろコオロギには予知する異能があるのではと疑念をもち始めていた時期だったからな。
早く話を聞きたかったが、その前にやることがあった。暑さでバテているコオロギは校舎へ着く前にぶっ倒れそうだ。まずは休ませないといけない。そこで途中にある公園へ寄り、木陰に避難させた。
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