『ホラーが書けない』29話 予知の現場に居合わせた【Web小説】
第29話 偶然で片づけられない。そうなるって知っていたのか?
職業訓練を受講していたある日、俺――紫桃――は授業終了後にクラスメートから飲みに行かないかと誘われた。
飲み会は珍しいことではない。受講した職訓では、気の合う少人数のグループでほぼ毎週のように行われていたからだ。とくに用事もなかったし、コオロギ――神路祇――も参加するので俺も加わった。
最近は思考が混乱気味だ。常識を覆す出来事に遭遇したためで、情報の整理が追いつかない。原因はコオロギだ。
始まりは父親が入院することを予知したようなコオロギの言葉だった。ふいに言われた台詞はつっけんどんでイラっとさせられたが、悪意があったわけではなく、コオロギの言葉足らずだっただけ。そして実際に忠告どおりになった。
この件でコオロギになにかしらの異能があるのではと疑念をもったが、すぐに確信に変わった。なぜなら別の日に、妖の類いが接触してくることがあると、コオロギがカミングアウトしたからだ。
『常人にはない異能をもつ者が存在する』
この時点でこれまでの常識が崩れたのだから俺の思考は混乱していた。そこへさらに衝撃的な情報が追加された。
さっきまで行われていた職業訓練の飲み会で、コオロギが俺には見えない鬼面を視ている現場に居合わせ、コオロギに妖の類いが視える異能があることを知った。
これまで霊感とか超能力などには懐疑的だった。でもナニカを視ているコオロギを目の当たりにして、この世には不思議な能力をもつ異能者が確実に存在すると確証した。
もともと情報の整理ができてなかったところに、「妖が視える異能もある」という新たな情報が追加されて、いろんな思考と感情がごちゃごちゃになって全然まとまらない。そんな状態のまま飲み会は終了した。
飲み会が終わった今、駅へと向かっている。隣を歩くコオロギに異能のことをいろいろ聞きたいけど、なにを質問すればいいのか言葉がでてこない。
「へえ、今日は満月なんだ」
コオロギの言葉につられて空を見上げた。周辺に高いビルがないから満月がよく見えていて空が明るい。月明かりを感じながら駅へ向かっていた。
駅近くの交差点に来たところでコオロギが足を止めた。俺はそのまま歩き続けたけど、コオロギがついてくる気配がない。ふり返ってみたらコオロギはカップルを見ている。
「コオロギ、どうしたんだ?」
「ん……ちょっと……ね」
コオロギは数メートル離れた横断歩道の前にいる二人が気になるようで、足を止めたまま目を離さずにいる。
二人は大学生くらいでデートの帰りのように思われる。並んで立ち話をしている男女は、喧嘩をしているわけでもなく、とくに変ったところなんてない。それなのにコオロギはじっと見ている。
なにが気になるのだろうと俺もまじまじと二人を観察し始めたら、男性の体がふらっとゆれて倒れた。急に倒れてしまった男性を前にして、女性はあたふたとしゃがみこんだ。コオロギはすぐに二人のもとへ向かったので俺もあとに続いた。
俺たちがカップルのところへ着いたとき、男性は意識を取り戻していた。上体を起こして地べたに座りこんでいる男性に俺が声をかけると返事はあった。容態を聞けば一瞬意識を失ったようで、倒れたことに男性自身が驚いていた。
見たところ怪我はなく、受け答えはちゃんとできている。お酒のニオイがしているのは気になるが、問題はなさそうだ。ひと安心してコオロギを見ると、ややパニックになっている女性に話しかけて落ちつかせていた。
男性が立てるようになったところで一緒にいた女性にあとを任せて、俺らは駅へ向かった。
コオロギは男性の容態を気にして何度もふり返ってようすを見ている。あのカップルには悪いが、俺は二人のことよりコオロギのことが気になっていた。
コオロギは男性が倒れる前からカップルを気にしていた。この状況は前に俺の父親が倒れるのを予知したときと似ている。
ずっと見ていたのは…… 知っていたからなのか?
俺は駅へ歩を進めながらコオロギを横目で見る。満月の月明かりにいるからか、コオロギの肌が月華で白く発光して見えて幻想的だ。すぐ隣にいるのに、コオロギの存在が遠くにあるように感じる。
酔っているせい?
それとも満月というシチュエーションでいつもと雰囲気が違うから?
なんだか……現実味が……。
俺は異能をもつ人が存在するとわかる瞬間に一日で2回も居合わせている。めったにできない体験をしたことへの興奮をおさえながらコオロギに話しかけた。
「コオロギ……さっきのは……予知なのか?」
問われたコオロギは俺を見てきょとんとした。真っすぐな目でじっと見ていたが、くすっといたずらっぽく笑った。
「今日の紫桃は知りたがりだなあ」
そう言っただけで質問には答えてくれなかった――。
高層ビルが立つ新宿のオフィス街のせまい空でも満月は輝いている。夏を目前にした街は、夜になっても昼間の暑さの残りがある。それでも涼しさを感じられるからまだマシか。
さっきまでお酒を飲んでいたこともあって気分がいい。隣を歩くコオロギは満月を見ながらハミングしている。
夜の街をコオロギと歩くと職業訓練時代の飲み会の帰りを思い出す。同じ時間をすごし、そのあとは別々の道へ進んだ。でも縁は切れず、むかしと変わらない関係が続いていることをありがたく思う。
夜も遅いがまだ時間がある。コオロギとの再会をぎりぎりまで楽しもう。
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