見出し画像

『ホラーが書けない』30話 男女+夜景≠ロマンチック【Web小説】

第30話 夜の街、フシギが詰まったトークが始まる

 もうすぐ22時になるというのに新宿の街は煌々こうこうと明るく、人の姿が絶えることはない。

 有休をとってひさしぶりに東京へ来た俺――紫桃しとう――は友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――と会って食事をし、今は新宿の夜の街にいる。ピンクが似合うオトナの歓楽街にいるわけではないからご安心を。

 隣を歩くコオロギは夜の散歩が楽しいようで、せわしなく目線を動かし、街のようすを見ながら軽快に歩いている。

「ご機嫌だな。新宿はひさしぶりなのか?」

「新宿じゃなくて、夜の街がひさしぶりなんだ。
 付き合ってくれて助かるよ」

 活気のある街は人が行き交っているけど女性の一人歩きは危険だ。しかもコオロギはエキゾチック系の美人ってこともあるし……。なにも考えていないように見えるけど用心はしてるんだな。

 さて、夜の街をうろついていると思われる前に言っておくが、居酒屋を出たあと、コオロギにちょっと付き合ってくれないかと言われて向かっているのは東京都庁だ。

 都庁へ行く目的は展望室で、地上200メートル以上の高さから東京の街並みを一望することができる。展望室はありがたいことに遅い時間まで開館していて、今からでも利用できるのだ。

 新宿駅を通りすぎて中央通りを進む。新宿駅付近の繁華街から都庁へ向かう道は、昼と比べるとさすがに人の数は減る。でも街灯が歩道を照らしているし、道路は常に車が走っているから明るい。なんの支障もなかった。

 都庁に着いたけど開館しているのは展望室のみだから建物全体は暗い。それでも展望室を利用する人のために出入り口には警備員がいて、エレベーターには展望室まで案内してくれるスタッフが常駐している。

 入り口で警備員による手荷物のチェックが終わるとエレベーターホールへ進んだ。さすがにこの時間となると、俺たちのほかに展望室へ向かう人はいない。貸し切り状態で直通のエレベーターに乗りこむと、あっという間に到着した。

 展望室に着いたころには22時30分近くになっていたが、まだ数名の人影があった。コオロギは足早に大きな窓へ行き、窓ぎりぎりまで近づいて夜景を見始めた。俺はゆっくりとあとを追い、高所恐怖症で近くまで寄れないから少し離れたところで窓の外を見る。

 眼下には夜景が広がる。ふだんは見上げる建物も今は見下ろし、とらえどころがない街も全体像がわかる。

 きらきらとまたたく地上の光は美しく、東京タワーも見えるくらい眺望がいい。地平線の彼方まで途切れることなく続く街は、夜でも活気が伝わってきてエネルギーにあふれている。

 言葉もないまま広がる夜景を見ていたら、コオロギが小さな声で言ってきた。

「夕焼けも見ごたえあるけど、やっぱり夜景が東京らしくて好き。
 でも夜は一人だと訪れにくいから、なかなか来れない。
 紫桃、ありがとう」

 夜景から俺に目を移して笑顔を向けてきた。こういうときにコオロギが見せる天真爛漫な笑顔は、どきっとすることがある。……くそっ、不覚だ。

 都庁に到着して1時間も経たないうちに展望室は閉館時間となった。エレベーターで1階まで戻り、出入り口をぬけて再び街路に出た。中央通りにきたところで、コオロギは足を止めて空を見た。

 そびえ立つ都庁のほかにも高層ビルがあるから空はせまく感じる。そんな空に満月が浮かんでて、ビルに負けまいと懸命に存在をアピールしているようだ。月を眺めていたらコオロギがぼそりと言った。

「そういや前にも、紫桃と満月のときに歩いたことがあったね」

「俺も都庁へ向かっているときに思い出していた。
 職業訓練の飲み会の帰りに、コオロギが横断歩道の前にいたカップルを見て、立ち止まったことがあった」

「ああ、満月を見たのはあのときと同じ日だったのか。
 ふふっ、紫桃は予知できるのかって聞いてきたよなあ」

 コオロギは満月を見ながらなつかしむようすで微笑んでいる。好奇心を抑えられなくなった俺は、あのときもらえなかった返事を催促する。

「答えをまだ聞いていないぞ」

「ん―――? なんの答え?」

「予知できるのかってことだよ」

「予知…ねえ……」

 夜空を見ていたコオロギの視線が俺に移り、目をとらえると黙って見つめている。真っすぐな瞳には力がある。毎回どきっとするけど、悟られないよういつも平静を装う。コオロギはクールな表情をゆるめて人なつこい顔で言った。

「質問の答えは『わからない』だよ。
 紫桃には予知したように見えたかもしれないけど無意識なんだ。
 似たようなことはたまにある」

「『たまに』?
 ごくまれにじゃなくて、わりとあることなのか?」

「 ??
 そんなに珍しいことじゃないよ」

「珍しいことだろ! 例えばどんなことなんだ!?」

 予知することを珍しいと思っていないコオロギの感覚が理解できなくて、俺はせっつくように説明を求めた。コオロギは少し驚いた表情をしたけど、すぐにいつもの顔に戻って新宿駅方面へと歩き始めた。

 あわてて隣に並ぶと、思い出すように経験したことを話し始めた――。



_________
✎都庁の展望室
 東京都庁には南展望室と北展望室があります。利用できる日時などの詳細は東京都のサイトで確認できます。

▼ 第31話 へ ▼



▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン


カクヨム
 神無月そぞろ @coinxcastle


いいなと思ったら応援しよう!