『ホラーが書けない』7.5話 四方山話(2)【Web小説】
第7.5話 春の訪れを告げるポワン
俺は零感なので幽霊を視ることはないし、いきなり襲われることもない。妖を意識しない平和な日々を送っているけど、そうではない人たちもいる。
俺の友人は奇妙な体験をたびたびしている。話を聞いていると、映画などと違って不思議な出来事というのは謎のまま終わるほうが多い。そういう話は物語として書くにはパンチが弱いし、短すぎてまとめられないので世間に出せないまま消えていると思う。
友人の体験談も短い内容が多くて、ホラー小説にしていないものがけっこうあるんだ。書き留めているノートを見ていたら珍しい妖の話を見つけた。せっかくだから小説で紹介することにした。
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平日の朝。まだぼうっとした状態だけど駅へ向かっている。出勤というルーチンは無意識でもできるのがビジネスパーソンの悲しい習性だ。
駅近くの歩道を歩いていたら、足先になにかを引っかけた。ぼんやりしている思考に障害物は不意打ちすぎて、前につんのめって転びそうになる。
派手に転びかねない状況だったけど、なんとかこけずに踏みとどまれた。突然のことで肝を冷やしたから眠気は吹っ飛び、一瞬で意識が明瞭になった。
いくらぼんやりしていたからといって、道路に落ちていた物を見逃すはずはない。
(なにに足を引っかけたんだ?)
立ち止まり、速くなっている動悸を落ちつかせるように深呼吸しながら、足を引っかけた場所へ目をやった。
(ほ―――ん……?)
なにもなかった。
そりゃあ、そうだろう。眠たくても自分が歩いている道路は視界に入っている。路上になにかあったのなら最初からよけているはずだ。
モノが当たった感触があったというのに該当する物体が見当たらない。まだ現状を整理できていないので、まずはなにが起こったのか情報を整理していくことにした。
(足に残った感触からどんなモノだったのか?)
靴を通して足先に当たったモノは、子どもが遊びで使うサッカーボールより小さく、柔らかいゴムボールのような球状で、ぷよぷよしていた。
見えない球体は道路に転がっている状態ではなく、半分は地中に埋まっており、地面から出ていたもう半分に足を引っかけたような感触だった。
(ふ―――む。丸いぽよぽよかあ)
当たったモノのイメージはできたが、いくら目を凝らしてもそれらしきモノは見えない。
正体がわからないのはもやもやするけど、そろそろ会社へ向かわないと遅刻してしまう。探求するのは諦めて電車に乗りこんだ。
会社に到着するまでの間、さっきの奇妙な体験のことを考えていた。オフィスに入って自席に来たところで、デスクの卓上カレンダーが目に入った。手に取って見てみると、マス目には数字のほかに文字が書かれている。
(今日は啓蟄か)
単語を見て思い出した。たしか啓蟄は、冬ごもりしていた虫が目を覚まして地中から出てくる時期といわれている。
(あっ、それかあ!)
ふだんと変わらない道に見えていたけど、地中深くで寝ていたナニカが目を覚まして地上へ出てきたところに、たまたまタイミングが合って足を引っかけたのかもしれない。
(う―――ん、目覚めたばかりだったのに悪いことしたなあ)
頬を軽くぽりぽりとかいて「ごめん」と心の中で謝った。
虫が目覚める時期なら、ほかにもいろんなモノが地中からはい出てくるのはあり得ることだ。外はまだ寒いけど春はすぐそこまで来ている。
(まさかこんなカタチで春の訪れを感じるとは)
意外な春との遭遇にほっこりして椅子に座った。
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【参考】
✎ ネットより
啓蟄(けいちつ):
二十四節気のひとつ。
二十四節気は、一年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもの。春分、夏至、秋分、冬至は今でもよく耳にする。
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