『ホラーが書けない』8話 霊感がある人はどんな仕事をしているのか【Web小説】
第8話 異能を活用しているだろうと思いきや…
有給休暇をとった俺――紫桃――は東京へ来ている。友人とランチの約束をしていて、その友人とはコオロギ――神路祇――だ。
平日なのでコオロギは仕事中だ。昼休憩に合流する手はずでコオロギが指定してきた時間になった。
ガラス張りで丸見えになっている1階のフロアに人影が見えた。きょろきょろとあたりを見回していたが、ビル正面の街路樹にもたれかかっている俺を見つけると自動ドアから出てきた。
「紫桃、おまたせ」
「おう」
ひさしぶりだというのに、まるできのうも会っていたかのような挨拶。
あいかわらず社交辞令のないやつだ。
まあ、俺も気を使わなくてすむからいいけど。
会わない期間が長くあっても、ぎくしゃくせず自然な対応ができるのはコオロギくらいだ。さっそくお互いの近況を話しながら近くにあるカレー店へ向かった。
ひさしぶりに会ったこの友人は異能の持ち主で、わかりやすくいうと霊感がある。霊感がある人といえば、独特な雰囲気があったり特殊な仕事に就いているなど、いろいろ想像するだろう?
だがな、コオロギはいたってふつうだ。
コオロギは非正規雇用で働いている。もっと詳しく説明すると派遣会社を利用していて、さっきのビルが派遣先だ。
小説や漫画などと違って現実とはこんなもので、派遣の仕事も特殊なものではない。ネットで募集している求人情報から自分のスキルに合わせて選んでいる。
仕事はコオロギが自分のスキルに合わせて選んでいるので、俺はこれまであまり気にかけていなかった。だが今回は違う。
今の派遣の仕事が決まったとき、コオロギからメッセージが届いた。仕事が変わったという出だしで、文を読んでいくうちに俺は飲んでいたコーヒーを噴きそうになるくらい驚いた。原因は業務内容が「校正」だったからだ。
なんで校正で驚くのかって?
だってさ、「失敗」を「しゅっぱい」と言ったり、「雰囲気」を「ふいんき」とか言ったりするんだぜ?
「見計らう」なんて「みはらかう」って言ったから、「ミハラ買ってどうするんだ。『みはからう』だよ」と冗談まじりに伝えたら、「みらかはう?」と混乱する始末。
カタカナの単語は間違って覚えているし会話の語彙力もない。時事にもついてこれないというのに、広範囲の正誤チェックスキルが求められる校正をコオロギができるのか?
一番気になるのは適性だ。
コオロギは待つことがニガテで、待っている間はきょろきょろして落ちつきがない。ひたすら正誤チェックを行い、忍耐が求められるような校正業務ができるとはとても思えなくて、叱られずに仕事ができているのか心配になる。
さっきも「紛らわしい」を「まぎわらしい」と言い間違えしていたよな?
昼飯にカレー店をチョイスしたのも待つことなく、すぐに食べられるからだろう?
俺の心配をよそに、コオロギは校正に向いていると言っていたが、一体どこからそんな自信がでてくるんだ?
コオロギのミステリアスな思考回路は、あいかわらず俺を振り回す。そこでさぐりを入れてみた。
「どう校正の仕事は。もう慣れた?
ミスがないかチェックするのは気が張るし、黙々とする作業だろう?
大変じゃないのか?(コオロギには向いてないんじゃないの?)」
「ふっふっふっ。
それがね、千秋チャン、校正とは相性がいいんだよ」
ヤバイ……。いやな予感がする。
ふだん俺のことを名字の「紫桃」で呼ぶコオロギが「千秋」と言ってくるときは機嫌がいい。そして、からかったりするときに使う。
「解説しよう!
第一に、自分のスキルは完全に理解している!
任務遂行できる業務内容を選んでいるのだよ!」
「そ、そっか」
「第二に、校正はさ、間違いさがしやジグソーパズルのようなゲームと一緒!
1つ1つチェックしていくことに快感がある!
そして間違いさがしは得意だ!!」
「……はい?」
「原稿と校正紙を見比べてチェックしていくでしょ?
1アイテムチェックして『校正済み』の線を引く。
次のアイテムへいき、同じくチェックして校正済みの線を引く。
この作業を続けて最後の校正済みの線を引いた瞬間に訪れる『うひょー! すべてのチェックが終わったぜ!』というぞくぞく感がたまらんのだよ!!」
「…………」
目をきらきらさせながら胸の前で手ぶりを入れてコオロギはまくしたてる。コオロギの言葉足らずを要約できるスキルが身についた俺でも今回はお手上げだ。
思考回路がナナメすぎて意味不明。
ただ校正が好きなことだけは伝わったよ…… うん……。
しかし俺には校正の良さがさっっっぱり理解できない。
校正は1文字1文字をひたすら正誤チェックしていく気が狂いそうな作業だ。一日だけなら自分に言い聞かせて耐えられる。でも数日間、いや校正業務をしていたら、それがずっと続くんだろう? 耐えられんわ!
やや興奮して鼻息があらくなっているコオロギに、俺はドン引きしそうなんだけど、コオロギは気づかずに話し続ける。
「金額チェックとかがおもしろいんだよ。
一番安い『標準』クラスと高めの『S』クラスの室料がある場合、たまに金額が入れ替わっていることがある。
それに1名料金は合っているけど、2名とか人数が増えたら合計金額が間違っていたりとかさ。
最悪なのは数字の『桁』違い。12000円を1200円とかにしたら最悪でしょ? それから――」
まだまだ続く。
(読者がうんざりすると思うから、そろそろやめてほしいのだが……)
カレー店に到着してもコオロギの校正愛の語りは続き、ようやく止まったのはカレーが運ばれてきたときだった。
まったく。
奇妙な話も今みたいにすらすらと話してくれればいいのに。
コオロギは仕事大好き人間で、仕事のことを尋ねると嬉々として語りだす。今は校正の仕事をしているが、いろんな派遣を経験していてパソコン関連の仕事が得意のようだ。
仕事の仕方は個人の自由だけど、俺から見るとコオロギはスキルが高いから正社員として就職すればいいのにと毎回思ってしまう。
なんで派遣で働いているのか、昼飯を食べ終わって落ちついたころに聞いてみよう。
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