『ホラーが書けない』4話 霊からナンパって…どういうこと!?【Web小説】
第4話 都内でひそかに発生する怪異
俺――紫桃――は目の前にあるジョッキをつかみ、ビールを一気に飲み干した。気合いを入れ直し、霊からナンパに遭ったという体験を聞くために、コオロギ――神路祇――に質問を投げた。
「なあ、ナンパっていつ遭ったんだ?」
「3週間くらい前かな」
「どこで?」
「〇〇線の朝の通勤電車」
「朝? なら満員電車だろう? 乗客の誰かじゃないの?」
「時間ずらすから混んでないし、該当しそうな人はいなかった」
「どういう状況だったの?」
「スマートフォン見ていたら、腕をつかんで引っぱってきた」
「こわっ!」
想像力が豊かな俺はすぐに電車内の風景が浮かんできた。
朝の通勤車両
席は埋まっているので
つり革につかまった
電車のゆれに身を任せて
スマホを見始めた
そのまま熱中していると
ふいに腕をつかまれた!
集中しているときに、いきなり手をつかまれたら驚くに決まってる。
たとえ相手がヒトでもふつうに心臓に悪いわ!
自分で想像したのに怖くなり、ぞくぞくして無意識のうちに腕をさすっている。気持ちを落ちつかせるため、少し間をおいてからコオロギに続きを聞いた。
「それで? 手をつかまれてコオロギはどうしたの?」
「なにか用があるのかと周りの人を見たけど無反応」
「無反応?」
「隣の人でもなく、前に座る人でもなかった。
だから見えないやつがちょっかいかけたと判断したよ」
それは早計じゃないのか?
手を引いたあとに知らんふりしたとか。
あと、ほかの人の可能性もあるんじゃないのか?
「それだけで、なんで霊って判断したんだ?」
「腕を引っぱられたと思ったけど実体に変化はなくてさ。
中身だけ下がったんだ」
「え?」
「つかまれて引っぱられた感触はあったけど、腕は動いてなかったんだ」
「 ?? 」
「説明しにくいんだよ。
そうだなあ……例えばさ、エレベーターが動くと一瞬体が浮いたり沈んだりする感じがあるよね?」
「あ……ああ、エレベーターが下がり始めたときに、一瞬だけ感じるフワッとなるやつか?」
「そうそう。あの『フワッ』。
そのフワ~の強烈バージョンで、腕は動いてないのに中身がずれた、みたいな?」
こんな感じだよとコオロギは片手を上げて急に下げる手ぶりを見せたが、俺にはさっぱりイメージがわかない。
言葉足らずのうえに小学生並みの表現力……。
これじゃあ、ちぃ――っとも怖くならない。
いろいろ突っこみを入れたいが、コオロギが話すのをやめたらマズイ。今は流せ!
「そ、そっか。続きは?
どうなったの?」
「うん?」
コオロギは俺を見てきょとんとしている。まさか……
「終わりかよ!?
怖いとか思わなかったの?」
「それよりムカついた。読書の邪魔しやがって」
話し終わったコオロギは、テーブルで拳を握りしめていて目つきが怖い。
読書を邪魔されたという点がコオロギには重要ポイントらしいが……
注目するところはそこじゃないだろ!
なにこの塩対応!?
正体不明のナニカに腕を引っぱられたと知ったら、まず『怖い』だ!
それから気味の悪さに、あわあわとうろたえるべきだろう!?
俺なら「キャ―――!」と悲鳴を上げてその場から逃げるか、ヘタしたら腰をぬかして気絶するかもしれない。
でもそれってふつうだよな?
俺の反応は間違ってないよな?
たぶん今の俺は、珍獣を見つけたときと同じ目でコオロギを見てるはず。しかしコオロギは俺の視線にまったく気づかず、手を挙げて店員を呼んで何事もなかったかのようにジントニックなんか頼んでいる。
くううぅぅ―――ッ!
聞きたい! もっと詳細が知りたい!
細かく質問して根掘り葉掘り聞きだしたい!
でもしつこく聞くと黙ってしまうから、うかつに聞けない。
ああっ、もどかしいっ!
無意識にクリエイターの闘志に火をつけるやつだよな。
ここまで情報がないと想像力でカバーするしかないじゃないか。
想像の中の俺は頭を掻きむしってもだえ、コオロギの襟をつかんで「もっとわかるように話せ!」とゆさぶって催促している。だが現実には行動へ移せない。俺は脳内メモを静かに開き、聞いた話を箇条書きしていく。
■―― 紫桃のホラー小説 ――■
題「電車内でのナンパ(仮)」
体験者:コオロギ
3週間前(〇〇年〇〇月頃)
朝の通勤電車
スマホを見ているときに腕を引っぱるナンパに遭う
相手は乗客ではなく霊体
体(=実体)ではなく中身(=魂? 精神?)をつかまれた感覚
(エレベーターに乗ったときの「フワリ」感)
―――・―――
こんなに少ない情報から物語をつくるなんて無理だろう……。
コオロギは話をはしょるから、今回も重要事項がぬけてる気がする。あとでさぐりを入れよう。
現実へ戻ると、俺の苦悩を知らずに「ぷはー」とか言いながら、ジントニックを飲んで満面の笑みを浮かべてるコオロギがいる。
くっ、幸せそうな顔をしやがって!
なんかムカつく。
神様がいるなら意地悪だと思う。
クリエイターなら創作のネタを常に欲している。その願いを聞き届けて俺の前にコオロギが現れたけど、コオロギは無意識にホラーをコメディーに変える魔術の使い手だ。
めぐり合わせてくれたことに感謝するけど、不思議な体験をしたら相応のリアクションをとってくれる能力をコオロギに与えてくれないかな?
⋯⋯⋯✎ 紫桃のメモ ⋯⋯⋯
あやかし情報
・都内を走る〇〇線の車両
・腕を引っぱる妖が出没する
⋯⋯⋯⋯⋯⋯✐
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✎ この小説では、幽霊や妖怪などの正体不明なモノを「妖」と呼んでいます。また根源がわからない奇妙な現象のことも妖に含めています。
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