『ホラーが書けない』40話 聞いた体験談の中で怖かった怪異【Web小説】
第40話 単語を聞いただけで身震いする噺
俺――紫桃――は、しゃれた珈琲専門のカフェで至福の時間をすごしている。
辺りはコーヒーの香りが広がっている。一口ふくむと苦みと砂糖にはない微かな甘みがし、体の力がぬけていく。飲むごとに気分が落ちついていき、このまま椅子に深く体を預けてぼんやりとしていたくなる。最高だ……。
香りを楽しみながら熱々のコーヒーを飲んでいると、向かいで友人がカップをにらんでいる。テーブルに肘をつき、真下にあるカップに向かって時おりふーふーと息を吹いてる友人は、コオロギ――神路祇――という。
コーヒーは熱いのが一番美味いと思っているから猫舌は気の毒に見える。じれったそうにカップをにらんでいても状況は変わらず、コオロギは視線を上げて俺を見てきた。
コーヒーを飲んでいるのをうらやましく思ったのか、ふくれっ面を見せたから思わず笑ってしまった。それがいけなかったらしい。コオロギの目に光が宿った。
「……そういや、前に紫桃に話した『獣のニオイ』がした場所はこの近くだぞ」
きらきらと目を輝かせて意地悪を言ってきやがった……。
「獣のニオイ」と聞くと俺は毎回どきりとする。前にコオロギが話してくれた不思議な体験のひとつなのだが、不気味な存在すぎて恐怖を感じる。
簡単に説明すると、ニオイの根源が見当たらないのに獣のニオイがした場合、よくないコトの現場になることがあるらしい。そのためコオロギは獣臭がした場所は避けるようにしているという。
これまで聞いてきたコオロギの体験の中でも一番不気味な話……。
あれはこの近くで起きたことなのか……?
俺はサ―――っと血の気が引いていくのがわかった。コオロギは、してやったりという顔になってカップを持ち上げた。今度は口元でふーふーと冷ましながら、ちびちびと飲み始めた。
こいつ! 俺が怖がってるのを楽しんでいるな?
笑ったことへの仕返しのつもりか!?
コオロギはカフェを3分の1ほど飲んだところで、熱さに耐えられなかったらしくカップを置いた。どうやら冷めるのを待つことにしたようだ。
俺は有休をとって東京にきている。神田の古書店めぐりをしたかったし、友人たちと飲む約束もしているけど……なによりもコオロギに会いたかった。
コオロギは霊感があり、たまに幽霊や妖怪などの類いと遭遇することがある。趣味でホラー小説を書く俺は、コオロギの体験をネタにしているから、会えば奇譚を引きだそうと企む。しかしコオロギはしらふだと体験を語りたがらない。そこで画策するんだ。
コオロギは酔うと機嫌がよくなって饒舌になる。そこを利用してランチだけの約束を引き延ばして夕食に誘い、さらに引き延ばして深夜の珈琲専門店で現在も一緒にすごしている。
日付が変わり終電もなくなった深夜、BGMが小さく流れる店内には東京のいつもの雑踏は聞こえてこない。コオロギは腕を組んで椅子にもたれてくつろいでいる。
まぶたが半分落ちていて目が少しうるんでいる。
居酒屋で飲んでいた酔いが残っているのか?
俺がいかにして体験談を引きだそうか考えていたら、コオロギのほうから口を開いた。
「そういや、獣臭がした職場ではニオイ関係の変なコトが多かったなあ。
……千秋チャン、聞きたい?」
コオロギはたまにからかったり意地悪したりするが、そのときは俺を「紫桃」ではなく「千秋」と呼ぶからわかりやすい。
怖がらせて楽しむなんて小学生レベルだな。
本当に俺と同年齢なのか……?
見え見えの考えは俺には絶好の機会だ。ホラー小説のネタとなるコオロギの体験談を聞けるチャンスを逃すはずがない。
「……怖いけど……聞きたい……」
怖がっていることを誇張してコオロギを満足させておく。そうすれば――
「しょうがないな~。
これはね、獣臭と同じように、ニオイだけ感じた出来事なんだ――」
ほらな?
ちょろいぞ、コオロギ!
さてさて、どんな話が聞けるかな♪
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