『ホラーが書けない』41話 怪異に遭遇する友人が嫌うニオイ【Web小説】
第41話 このニオイは嫌いだ
俺――紫桃――の友人・コオロギ――神路祇――は幽霊が視えたり妖怪のようなモノに接触されたりと、変わった体験をしている異能者だ。
「異能」と言うと大げさに聞こえるかもしれないけど、零感の俺からすれば「霊感」は立派な異能で、そんな異能の持ち主が香りだけの妖に遭遇したときの体験を今から語ろうとしている。
「渋谷で働いていたときのことだ。
いつもどおり出社して自席で作業をしていた。書類に目を通していると、微かにニオイがしてきた。ソレは職場にはそぐわないニオイだったから変だと思った」
「どんなニオイだったんだ?」
「線香のニオイだよ」
「えっ? 線香!?
会社で線香のニオイはありえないな」
「でしょ? 香水やアロマではなく、お香を焚いたわけでもない。突然、線香のニオイが発生したのはおかしい。だからすぐに書類から視線を上げた。
デスクに衝立はないから、向かいの席も左右の席も、すべての作業状況が見えている。みんな席にいて仕事に集中していた」
「だ、だれかオフィスに入ってきたんじゃないのか?
その人についていた線香の残り香とか?」
「オフィスへ出入りするドアは執務場所から5メートル以上は離れたところにある。自分は端の席にいたからドアが開閉すると、ロックの解除音が聞こえてすぐに気がつく。ドアは開かなかったし、席の近くを人が通れば気づくよ」
「じゃ、じゃあ線香のニオイはどこからきたんだよ……?」
「衣類についた移り香なら、出社してきたときに気づくはずだ。ところが線香のニオイをつけて出社した社員はいなかった。それにニオイがしてきたのは、ついさっきだ。
職場にはいろんな人がいるからニオイもさまざまだ。香水や体臭ならそれほど気にならない。でも線香のニオイは珍しいし、職場ではあまりなじみのないニオイが突然わいた点が引っかかったよ」
「ニオイはすぐに消えたのか?」
「いや、しばらく続いてた。だから服についたニオイかもしれないと思って、周囲の人たちの反応を見ることにした。
突然線香の香りがしだしたからニオイに気づけば、リアクションがあるはず。ところが、だれも反応を示さず淡々と仕事を続けている。
どうやらニオイを感じているのは自分だけのようなので、線香のニオイは妖だとわかったよ」
「ほかの人たちにはニオイはしてなかったのか……」
「でも腑に落ちなくてね、再度ニオイに意識を向けたんだ。そしたら線香のニオイはしなくなっていた。
なにかが見えたわけではないし音も聞こえていない。ただニオイがしてくる意味不明で奇妙な妖だったよ」
「ほかの人に線香のニオイがしなかったか、聞かなかったのか?」
「香水やアロマだったら聞いてみるけど、線香はイメージがあまりよくない。聞きにくいし、自分の勘違いの可能性もあるから質問しなかった。
それにニオイが消えたことから香りだけの妖の可能性もあって、うかつに聞けない。それで同じ現象がまた起きるかようすをみることにした。
その日、ニオイがしたのは一度だけだった。線香のニオイが突然してきたのは気になったけど、しばらく経つと忘れてしまったんだ」
「なるほど……。
『森の香り』の妖のように、すぐに消えてしまうタイプの怪異と遭遇したのか」
線香は法事のときに使うことが多いから、俺もあまりいいイメージをもっていない。だからニオイがすぐに消えたことにほっとしたんだけど、話し終えたコオロギの表情が冴えない。ようすを見ていたら口を開いた。
「……数日後、所属していた部署で異変があった。
全員が出社すると事務員がチームリーダーの親族に不幸があったため、数日不在になるかもしれないと告げた。
自分は話を聞いている途中から、嫌な考えが浮かんでいたんだ。
急にしてきた線香のニオイ……。あれは前に葬儀に参列したときに会場で嗅いだニオイだ。同じニオイがしたあとで人が亡くなるなんて……。
もしかしたら線香のニオイは死者がでる予兆かもしれない――。
そんな考えが浮かんだけど、不吉なので当たってほしくないという思いがあった。線香のニオイがしたのは一度だけだったから、勘違いだったかもしれないと言い聞かせて気にしないようにしたんだ……」
コオロギはゆっくりとした口調で話している。なんだか元気がなく、声の調子も暗い。いつもと雰囲気が違うので俺は不安になってきたが、コオロギは話を続ける。
「『線香のニオイは死の予兆かもしれない』という疑念だったモノ。あとになって気づいてしまったことがあるんだ……。
ある日、友人から電話がかかってきた。ひさしぶりに話すのでお互いの近況報告で盛り上がる。あらかた話し終えたら沈黙が入った。
おしゃべりな彼女が黙ることは珍しい。次の話題を待っていると、『実はね……』とトーンを落としてから、がんの闘病中だと言ってきた。
彼女が言い終わると同時に、スマートフォンから線香のニオイがしてきた。ニオイを嗅いだ瞬間、彼女は長くない――と、なぜか直感した。
早鐘のように心臓がばくばく鳴ってるけど、動揺が伝わらないよう声の調子に注意して会話を続けた。しばらく話していたけど、スマートフォンから漂ってくる線香のニオイが気になって、会話の内容は覚えていなかった。
その日からなるべく連絡をとるようにし、病院へお見舞いにも行った。会うごとに彼女は痩せていくけど気丈に笑顔を見せていた。治療のため会える回数は減っていき、メッセージを送ると遅れて返信されることが多くなった。
がんとカミングアウトした日から半年過ぎには、彼女と完全に連絡がとれなくなった。自宅は知らないので病院で安否を尋ねたけれど、現在は病院にいないとだけ言われ消息はわからなくなった。
いくらメッセージを送っても返事はこない。律儀な彼女がこんなに長い間、返信しないなんてありえないことだ。だから…… たぶん……。
線香のニオイなんて大嫌いだ。なにもない所からニオイを感知できる能力なんて……いらないよ……」
話している途中からコオロギのまぶたは下がり始め、こくりこくりとしていた。口調もどんどんゆっくりになっていき、とても眠そうにしていたが、最後まで話し終えると寝てしまった。
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