『ホラーが書けない』42話 怪異に慣れるなんてないよな…【Web小説】
第42話 知らず知らずのうちに傷つけている?
俺は趣味でホラー小説を書いている。小説のネタは霊感のある友人の体験をもとにしたものだ。聞いた話はできるだけそのまま文章化し、実話に近い物語にするのが俺のスタイルだ。
小説の執筆はやりがいがある。たまにどうしても書けなくて投げ出したくなるときもあるが、それでも書くことがやめられず、また筆をとる。
これまで幾度もスランプを乗り越えてきたけど、このままホラー小説を書き続けようか真剣に迷っている。
時計を見れば深夜2時前。夜更けだというのに俺――紫桃――は東京にあるカフェの2階、窓際席にいる。ひさしぶりに友人と会い、さっきまで話していたのだが、友人・コオロギ――神路祇――は寝てしまった。
時計を見るまで気にしていなかったが、初めて訪れた店なので閉店時間を知らない。こんなに遅くまでいて大丈夫なのか?
階下から上がってくる足音がして階段を向くと男性が姿を現した。総白髪できれいにセットされた髪。銀縁眼鏡をかけた顔にはしわがあるけど端整な顔立ちだ。1階のカウンター内にいた男性でたぶん店のマスターだろう。
俺より背が高くて中肉中背。アイロンの利いた白いシャツに、店名が書かれた檜皮色のエプロンが妙に似合う。白髪や顔に刻まれたしわから高齢と思うが、背筋はぴんと伸びてて若々しく所作がていねいで美しい。若いころは絶対モテていただろう。
マスターは階段付近から客のいないテーブルを整え始めたが、俺と目が合うとこちらへやってきた。
やばいな、閉店を告げに来たのかな?
コオロギは眠ったままだ。起こすのは忍びないけどタイムリミットかな。
マスターがテーブルまで来ると俺は席を立って小声で話しかけた。
「閉店時間ですよね。気づかなくてすみません。今から出る準備をします」
マスターは俺から寝ているコオロギへ視線を移すと口元をゆるめた。表情はとてもやわらかくて男の俺でもどきりとする。コオロギから再び俺へ視線を戻すと、マスターは落ちついた口調で話してきた。
「時間はお気になさらず。まだ営業していますから」
「そう……なんですか。では閉店は何時ですか?」
「わたしの都合で閉店時間を決めています。
まだ開けていますから時間は気にしなくて大丈夫ですよ」
「でも、ご迷惑では」
「趣味でやっている店です。それにこちらのお客様はひさしぶりですから、ゆっくりすごしていただきたいのです」
寝ているコオロギを見てからマスターは話し、目を細めて柔和に微笑んだ。俺は男前にぽうっとなり、「ありがとうございます」としか言えなかった。
お客に対する心配りがマスターの眼差しや言葉から伝わり、コオロギがこの店をお気に入りと言っていた意味が改めてわかる。ここはとても温かい。
寝ているコオロギを起こしたくないし、俺ももっとここにいたい。閉店時間を延ばしていることに気づいていたけど、マスターの言葉に素直に甘えることにし、追加のコーヒーを注文した。
小さくBGMが流れる店内。コーヒーの良い香りがただよう。
俺はコーヒーを飲みながら、スマートフォンのメモアプリを使ってコオロギが話してくれた体験をまとめていく。最後に話してくれた線香のニオイの体験談まできたら、スマートフォンを操作する手が止まった。
なにもない所から線香のニオイを感知した場合、ニオイはコオロギにとって死の報せになることがあるらしい。線香のニオイは嫌いだと言い、ニオイを感知できる能力なんていらないと、眠りに落ちる前に異能を嫌悪した言葉をこぼした……。
零感の俺は霊体は見えないし、怪異に遭遇したこともない。妖の類いに日常生活を脅かされることもなく、実害もない。
でもコオロギは自分が望まないのに、妖からちょっかいを受けたり、怪音や異臭を感知したりと日常で怪奇な現象に遭遇する。
もしかして体験談を聞かれるのはつらいことなのでは……?
ちらとコオロギを見ると、向かいで椅子にもたれて腕を組み、器用な姿勢で寝息を立てている。ふだんは弱音を言わないから、眠る前にぽろっと言った言葉がずしりと響く。罪悪感がわいて俺は気分が落ちこんだ。
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