『ホラーが書けない』10話 働く条件が変わっている理由【Web小説】
第10話 派遣を選んでいる理由が想定外すぎる
オフィス街を急ぎ足で行き交うビジネスパーソンを見ながら俺――紫桃――は食後のコーヒーを飲んでいる。
東京に住んでいたときは俺もあんなふうにせわしかったのかと、しみじみしていたら、向かいの席でコオロギ――神路祇――が戦闘中だ。
俺はすぐにコーヒーを飲み始めたが、猫舌のコオロギはカップに目をやり、熱さを測りながらコーヒーとにらめっこしている。
さっきまで仕事の話をしていて、物事を楽観的にとらえるのはコオロギのいいところだと思った。でも時には短所に思えてくることがある。
俺は保守的で、先が見えない不安定なことには手を出さず、最悪の事態が発生しないよう計画を立てて行動したいタイプだ。だから無鉄砲なコオロギが無職になり、路頭に迷わないか心配になって聞いてみた。
「コオロギは派遣がいいと言うけど、派遣は最長でも3年までだろう?
次の仕事が見つかればいいけど、すぐに見つかるとは限らないし、やっぱり不利じゃないのか?」
「契約期間が終了に近づくと、次の仕事さがしはいつも不安になるよ。
でも期間は限定されているからいいんだ」
ん? 今、引っかかること言ってきたな。
俺は手に持っていたカップを置いた。それからテーブルの上に腕を乗せて、少し身を乗りだすようにして向かいに座るコオロギに聞く。
「なあ、なんで『期間限定』がいいんだ?」
「そりゃあ、逃げ切れるからだよ」
熱くてなかなか飲めないコーヒーを、ふーふーと冷ますことに集中しているコオロギはまだ気づいていない。
「ふうん?
なにから『逃げる』んだ?」
「そりゃあ、変なの…に…… !!」
やっとで気づいたコオロギはコーヒーから顔を上げて俺を見た。
今の俺は絶対ニヤついている。そして「やったぜ」という顔をしてコオロギを見ているはずだ。
うれしくて笑みがでてしまうことには理由がある。コオロギは異能者で俗にいう霊感がある人だ。そんな人物から『変なモノ』と言葉がでたら、妖に決まっているじゃないか!
これは絶対、おもしろい話が聞けるぞ!
「コオロギ~、『変な』って、なに?」
「 !! 」
もう、わかりやすいよ。
どぎまぎして手に持っているカップからコーヒーがこぼれそうだ。
ここで引いたらチャンスを逃す。追撃だ!
「な、コオロギ、『変な』ってなに?
言い逃げはしないよな?
俺、気になって眠れなくなるぞ」
「ええぇえとぉ……」
しどろもどろとしながらコオロギは腕時計に目をやった。するとパッと明るい表情になって安心した顔で言ってきた。
「ごめん、紫桃。時間だ」
助かったとばかりに明るく返してきたけど……逃がさん!
今度はいつ会えるかわからないからな!
俺がゆっくりと残りのコーヒーを飲んでいる前で、コオロギはふーふーと冷ましながらあわてて飲んでいる。飲み終えると俺とは目を合わそうともせず、カバンを持って立ち上がった。俺は逃げるようにレジへ行こうとしたコオロギの前をふさいだ。
「コオロギ~、仕事終わったら一緒に飯食いに行こうぜ」
「へ?」
「あしたは休みだし、どうせ予定ないよな?」
「ぐっ、ないけどっ」
「いいのかよ、俺がモヤモヤしたまま帰って寝不足になっても。
ま・さ・か、そんなひどいことしないよな?
それに夕飯代、俺が出すぜ?」
「寝不足なんて…… 紫桃はそんなに神経細くないだろ」
おっ、珍しく反抗的だな。
ならもうひと押し。
「じゃあさ、ランチも俺がおごるよ」
「えっ」
とたんに笑顔になったコオロギ。
本当にちょろい……。
こうして約束をとりつけて新宿のいつもの居酒屋へ行くことになる。
コオロギと別れた後、俺はカフェへ移動して作戦を練る。
コオロギが期間限定で働く理由をうまく聞きださないといけない。妖がからんでいることは確実だが、言葉足らずのコオロギの話を一度で理解できるとは思えない。ここは少しずつ情報収集していくか……。
質問事項を書きながらコオロギからどんな奇譚が聞けるのかと期待してつい頬がゆるむ。
夜が楽しみだなあ。
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【参考】
✎ ネットより
派遣は3年まで:
「派遣の3年ルール」といわれることが多い。
労働者派遣法により、原則として同じ組織で3年を超えて働くことはできないというもの。
▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン
