『ホラーが書けない』11話 職場を変えるのは同じ場所に長くいたくないから【Web小説】
第11話 徐々に近づいてくるアヤカシたち
有給休暇をとった俺――紫桃――は東京へ行き、神田で古書店めぐりをしたあと、友人・コオロギ――神路祇――と会ってランチをした。
平日なのでコオロギは仕事だ。だから昼休憩に落ち合って職場から近いカレー店へ行き、遅い昼飯をとりながら会話を楽しんだ。ほとんど近況報告だったけど、その中でコオロギから気になる台詞がでてきたんだ。
俺はホラー小説を書くため奇譚を集めているから耳ざとい。コオロギの言葉から、おもしろい話が聞けそうだとすぐに勘づいた。そこで詳細を話してくれるように迫ったが、昼休み時間内に聞きだすことはできなかった。
しかし千載一遇の好機をスルーするわけにはいかない。すぐに次の手として仕事終了後に飲みに行く約束を取りつけ、再びコオロギと合流した――。
俺らが向かっているのは、いつも利用する新宿区にある居酒屋だ。店の前に来たところで、そういや今日は金曜だと気づく。
俺の地元だといつ店を訪れても大丈夫だが、東京でしかも新宿の場合だと、金曜の夜は満席になっていることが多く、予約なしだと厳しい。不安なまま店に入ると店員が案内を始めた。
さあ、ここからが俺の腕の見せどころだ。
コオロギは霊感があり、妖に腕を引かれたり、背中に乗られるなど奇妙な体験を多々してきている。俺はコオロギが経験した出来事に興味があり、体験談を聞きたいと常々思っている。
しかしコオロギはしらふだと体験を語るのを嫌がる。そんな相手に無理強いしても良質なホラー小説ネタは得られない。だから自然と話してくれる雰囲気づくりが重要で、コオロギの場合は居酒屋へ行くのが有効打となる。
店員が席へ案内している間に、壁に貼られているメニューを見て注文する料理の候補をさがしておく。
すでに決まっているのは「本日のサラダ」「チキン南蛮」、ドリンク飲み放題は必須だ。俺はビールだけどコオロギはおそらくカクテルだな。
この店は俺が東京にいたときからコオロギと何度か来店している。だからこのへんは慣れたものだ。
カウンター席に着いたら端っこにコオロギ、並んで俺が座った。すぐに店員に定番のメニューを注文すると、コオロギはジントニックを頼んでて思っていたとおりカクテルだった。注文を終えたらコオロギはくつろぎ始めた。
俺はすぐにでも昼にコオロギが発した意味深な言葉の真意を聞きたい。でも焦ったらダメだ。限られた時間内にコオロギから体験談を聞きだすコツは『急がば回れ』だ。酒が運ばれてきたのでまずは乾杯した。
「コオロギ、仕事お疲れさま」
「うーい、お疲れ~」
雑談しながら俺は準備を整えていく。メニューに目を通して追加する料理を再確認し、先に注文していたサラダとチキン南蛮が運ばれてきたら追加注文しておいた。
テーブルに並んだごちそうを前にして、今にもよだれをたらしそうなコオロギ。手を合わせて「いただきまーす」と言うと、がっつくように食べ始めた。
よし、たらふく食べろ。
そして飲め!
食事をしつつ会話も楽しみながら、コオロギのグラスが空になる前に次の注文をうながして着々と作戦を進める。しばらくして満腹になってご機嫌な状態のコオロギができあがった。
よし、次の手だ!
俺は自分のスマートフォンに収めている風景写真を出してコオロギに差しだした。
「茨城へ行ってきた。いろいろ撮ったんだ」
「おおっ!」
コオロギの趣味は俺と同じくカメラで、写真を撮るのが好きだし見るのも好きだ。だから旅先で撮った写真をネタに本題から気をそらせる。
コオロギは一枚一枚をじっくり見始める。「これはどこ?」の問いに「大洗海岸だよ」と返していき、そのうち聞かれる前に「ここはひたち海浜公園」、「ここは袋田の滝」など先に説明を入れていく。
最初のうちは「大洗海岸か~。海に立つ鳥居が神秘的だ」などちゃんと返すけど、次第に写真に見入るようになり、集中して無口になる。コオロギが完全に没頭したところで俺は声のトーンを落とし、さりげなく質問をはさむんだ。
「昼にさ……『派遣は期間限定で働けるからいい』って言ってたけど、なんでなんだ?」
「同じ場所に長くいると、変なやつらのアプローチが増えるから」
「変なやつのアプローチって?」
「姿の見えないナニカが後ろに立っていたり、さわってきたりする」
きたきた!
俺が欲しかった幽霊、妖怪の類いの話だ!
よーし、よし!
そのまま続けろよ~。
熱中しているとコオロギはほかのことは頭に入らない。音は聞こえているけど無意識に近い状態になっていて、質問に素直に答えてくれるんだ。この機会に聞きだすぞ!
「期間と関係があるの?」
「ん――…… 時間とともに距離が近くなるイメージかな?
初めは自分の存在に気づいていないけど、だんだんと居場所を特定してきて、最終的にはふれられる距離まで来る」
「変なモノが近くにいるなんて、どうやって気づくんだ?」
こうして質問していき、入手できた体験談がたくさんある。今夜も期待ができそうだ。
すでに俺は準備万端だ。コオロギの言葉足らずをカバーする「コオロギ用翻訳スキル」を発動させている。フル稼働するけど、ホラー小説の下書きまでもっていけるようにするには時間がかかるだろうなぁ。
⋯⋯⋯✎ 紫桃のメモ ⋯⋯⋯
〇〇年〇〇月〇〇日
新宿区/居酒屋〇〇〇〇
コオロギより
・派遣で働く理由
(長い期間、同じところに居られない)
・移動しないと妖に存在を感知される
・コオロギに弊害が発生するのか? ←未確認
⋯⋯⋯⋯⋯⋯✐
▼ 第12話 へ ▼
▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン
