『ホラーが書けない』28話 月を見て何を思い出す?【Web小説】
第28話 高層ビルが並ぶ街で見た満月
「新宿だと満月でも目立たないなあ」
友人に言われて見上げてみたら満月が浮かんでいる。地元では月明かりですぐにわかるのに、この街では気づかない。
新宿という街は夜になってもエネルギーに満ち、人の気配が消えることはない。高層ビルやオフィスビルが所狭しと立ち並んでいて、ビルの窓には遅い時間でも明かりが灯っている。
明かりはビルからだけではない。道には街灯があり、店の看板も煌々と照っているから日が沈んだあとでも街は明るい。
昼と夜で激変するところは新宿の特徴かもしれない。夜の繁華街へ行けば派手な看板があちこちで自己主張している。派手さに合わせるように行き交う人たちのテンションは妙に高い。新宿の熱気は電車の始発時間になっても残っていて、出勤するビジネスパーソンが多くなってきたらビジネス街と入れ替わる。
絶えず変化する新宿に一日中いると、時間感覚がおかしくなってしまう。そんなパワーのみなぎる街では、たとえ満月であっても存在感はうすかった。
俺――紫桃――は有休をとってひさしぶりに東京へ来ている。そして、これまたひさしぶりに友人・コオロギ――神路祇――と会った。さっきまで居酒屋にいたが、食事を終えて夜の街を二人で歩いている。
俺は地元に戻って就職したUターン組だが東京には長いこと住んでいた。新宿には愛着があり、街の風景はなつかしい。
エネルギーのある新宿は人を引きつけ、夜になっても離さない。夜の街を楽しむ人の中に未成年っぽい子がいるのはよろしくないが、ちゃんと警官がパトロールして治安を守っている。あいかわらずカオスな新宿は古巣に戻った気分になって安心する。
街は明るくてにぎやかなのに、ぽつんと満月が浮かぶ暗い空は無音のようだ。こんな取り残されたような月を一人で見ると、急に孤独を感じて不安になるが、今は隣に友人がいる。
なんだか…… むかしみたいだな。
たくさん満月を見てきたけど、印象に残るのはコオロギと満月の組み合わせだ。以前にもコオロギと月華の中にいたことがあり、すぐ隣に本人がいるから、そのときのこと、俺が東京で職業訓練に通っていたころをやたらと思い出してしまう……。
当時の俺は無職だった。仕事を辞めたあと、メンタルをやられていてすぐに社会復帰できず、しばらく引きこもっていた。しかしいつまでも無職のままではいられない。リハビリをかねて職業訓練を受講することにし、そこでコオロギと出会った。
付き合いが長くなるにつれて、俺はコオロギに異能があることに気づく。これまで霊感とか超常現象など信じていなかったけど、コオロギを知ってからは常識が変わった。零感の俺には感知できないが、不思議な現象が身近で発生していると認識している。
未知の世界は俺の好奇心をくすぐる。コオロギのような異能者には現代の社会はどんなふうに視えているのだろうと想像が膨らむ。情報を収集して知識を増やしていくと、さらに知りたくなって際限がない。
怪奇の世界の虜となった俺は、コオロギから少しずつ怪異と遭遇した体験を聞きだし、いくつもの奇譚を蒐集するに至っている。有休をとってわざわざ東京へ来ているのも、本人には言わないがコオロギに会いたかったからだ。
エキゾチックな雰囲気をまとう容姿からは想像できない体験談は魅惑的だ。訓練に通っていたころは、飲んでいるときや帰り道でいろんな話を聞いたっけ。
コオロギに妖を視る異能があると知った日も満月だった。そして視えると知った日は、予知めいた能力も確実にもっていると知った日でもあった――。
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