『ホラーが書けない』 へんぺん。木版に刻まれた謎の文字【Web小説】
『読めない文字なのに意味がわかる』
「夢は脳が記憶の整理をしているから見る」
そんなふうに聞いたことがある。
もしそうなら安心なんだが
知らないはずのコトが夢にでてくるのは――
どうしてなのだろう?
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クレバスのような道を歩いている。軽自動車がぎりぎりすれ違えるくらいの道で、深い位置だから光が届かないのか辺りは暗い。左右の壁もぼんやりとしてよく見えず、前には明かりを持った老人が案内している。
どこに向かっているのか、なぜこの道を歩いているのか、理由はわからないままついていく。
最初は二人の老人が案内していた。一人は亡くなったはずの祖父で、途中から姿が消えている。もう一人は曾祖母で案内を続けている。この曾祖母もすでに他界しており、目の前にいる案内人は別人という事実に気づいている。
この状況は現実ではなく、夢の中だ。自分はまた明晰夢を見ている。
たまに夢を見ていると夢の中で気づく人がいて、そんな夢を明晰夢というらしい。明晰夢を見る人の中には、夢の中にいると理解しているだけでなく、夢をコントロールできる人もいるという。
自分の場合は、夢の中にいると気づくだけでコントロールはできない。でも夢とわかっているから、置かれている状況がどんなに異常であっても、恐怖を感じることはない。
明晰夢を見るときは奇妙な内容が多い。今回は案内人が現れ、ついてくるように言われて素直に従った。
案内人はどこかへ導いているが言葉を発しない。そして自分も話しかけない。でも疑問に思ったり質問が思い浮かぶと、案内人が言葉を発することなく答えを伝えてくる。テレパシーのような感覚といえばわかりやすいかもしれない。
案内人が祖父や曾祖母の姿で現れたとき、見た目は二人だが中身が違うと直感した。不審に思うと、案内人は二人の姿をしているのは警戒させないためだと答えてきた。不思議なことに嘘はついていないとわかり、案内されるままついてきている。
案内人が現れたときは畑が広がる場所にいた。それがいつの間にかクレバスのような場所に変わり、説明がないまま薄暗い道を歩き続けている。
これまで真っすぐ歩いていた案内人が壁のほうへ寄っていく。壁のそばまで行くと足が止まった。ゆっくりとふり返り、曾祖母の顔で微笑むと壁を指さした。
細い道だったから、おそらく谷だろうと想像していたが違った。これまで暗くて見えなかったが、明かりに照らされた壁は岩ではなかった。
壁と思っていたのは木版で、びっしりと敷き詰められている。木の性質なのか古いからなのか黒褐色をしており、そのせいで黒い岩壁のように見えていた。
近づいて見てみると、木版には文字が彫られている。数行の文が縦文字であり、目にした途端に歴史の一部が記されているとわかった。隣の木版を見ると、同じように文字が彫られている。
『一般には知られていない地球の歴史が書かれている?』と質問を投げるようにして案内人を見たら、そのとおりと言い、ここにはすべての歴史が記されていると、テレパシーで伝えてきた。
すべての歴史と聞いて、未来も書かれているのかと興味をもった。未知を知りたいという好奇心がわき、木版に次々と目を通していった。
木版は不思議なものだった。書かれている文字は見たことがないのに、目で追うと情報が入ってくる。また三行分しかないけど大量の情報が詰め込まれていて、一つを読み終わるのにけっこう時間がかかる。
興味深くて、一つひとつ木版を読みながら未来が書かれている木版を探していたけど、あまりにも数が多くて、なかなか未来の木版にたどり着けない。
読むのをやめて壁を見ると、ずっと上のほうまで木版が敷き詰められている。反対側の壁を見ると、向こうも木版がびっしり詰まっている。……これは簡単には探せない。
ちょっと考えていいことを思いついた。案内人に『写真を撮ってもいい?』と聞いてみた。すると申し訳ない表情になり、『それは駄目だ』とテレパシーで断られた。残念だな、と思ったところで夢は終わった。
目が覚めても明晰夢の場合は内容を覚えている。
すごい夢を見た。これから起きることはもう決まっているんだと興奮し、読んだ木版の内容を思い返してみた。ところがおかしなことに、木版に書かれていた内容だけは記憶からすっぽりと抜け落ちている。
教科書に載っていない歴史を読んだのに、思い出せないのは損した気分になったが、まあいっかと流すことにした。
強烈だったけど夢のことは忘れていた。夢を見てからかなり経ったころ、ある映画を観たのをきっかけに夢を思い出すことになった。
観たのはSF映画で、世界が終わり迎えるというテーマのものだ。この映画について調べものをしていくうちに、ある共通点を見つけて夢のことを思い出した。
映画と夢の共通点は、物事はすでに決まっているという思考の一種だ。オカルトの域を超えないものだけど、「物事が決まっている」という考えは自分が見た明晰夢と似ている。
自分は終末論は信じていないし、未来を知りたいと願ったこともない。おまけに歴史は苦手で授業中は居眠りをしていた。関心がないのに、なぜあの明晰夢を見たのか……。
夢は、日常で得た情報を脳が整理するときに見るという話を聞いたことがある。では、日常生活とまったく関係がない内容の夢を見たり、知りえない情報がでてきたりするのは、なぜだろう?
疑問に思い、さらに情報を探していると心理学者が唱えていた「集合的無意識」という単語に目が留まった。集合的無意識は、自分の経験以外に民族や人類に共通する意識や記憶のようなものが存在するという説だ。
集合的無意識は、証明することができないからオカルトに近いけど、『ある』と仮定したら、つい想像してしまう。
『どこかに蓄積されている事実があり、眠ったときだけ読みに行けるのでは?』
医学に科学、コンピューター技術が進化して、これまで解決するのに時間がかかっていた問題が簡単に処理され、謎とされていた部分の答えが明らかになってきている。AIが進化すれば、もっと多くの謎が解明されていくだろう。
それでもわからないままのモノが残り、何かの拍子で知るほうがサプライズがあって面白い。夢はそのひとつで、また奇妙な夢を見るのを楽しみにしている。
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片々(へんぺん):
きれぎれになっているさま。
紫桃のホラー小説『へんぺん。』シリーズより
壱 「電車内の強引なナンパにご注意」
弐 「登場するとき妖は工夫している」
参 「イタズラを仕掛けたのは誰?」
肆 「スマホを見てるときに現れたのは」
伍 「寺には親切な妖がいた」
陸 「丁字路で多発する事故」
漆 「木版に刻まれた謎の文字」
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