『ホラーが書けない』33話 音だけのアヤカシを知ってるか?【Web小説】
第33話 姿なき怪異は厄介だ。例えば「音」
深夜の東京。俺――紫桃――は友人と都庁から新宿駅方面へ向かって街路を歩いている。
東京に長いこと住んでいた俺は地元に戻った当初、夜の静寂が気味悪かった。地元だと深夜0時をすぎると、自分以外に人はいなくなってしまったのではと思えるほど街は沈黙に包まれる。
ところが東京は違う。狭い面積に人がひしめき合って生活し、新宿だと一日中消えることのない人工の光が明るく輝き、比例するように人のエネルギーであふれている。地方から来た人たちは、常に聞こえる雑踏が耳障りだというが俺にはなつかしい音だ。
「東京はいろんな音があるから誤魔化せるよなぁ」
隣を歩く友人・コオロギ――神路祇――が奇妙なことを言ってきた。
これはもしかして……?
不思議な体験談を聞けるかもしれない!
期待して気持ちが昂るけど、コオロギには悟られないようにしれっと問う。
「『誤魔化す』ってなにを?
なにか悪いことでもしたのか?」
「ふふっ、違った。
『誤魔化す』じゃなくて『気づきにくい』が適切かな」
「なんだあ? やっぱ悪さしたんだろう?」
「違うって!」
「じゃあ、なにしたんだよ。
悪いことじゃないなら話せるだろう?」
「いいぞ!」
ぷぷっ、あいかわらず乗せやすい。
コオロギは本当にちょろいな。
腕を前に組んで、てくてくと歩きながらコオロギが語りだす。俺はどんな話が聞けるのだろうと、わくわくしながら歩調を合わせた。
「東京に来るまで田舎にいたから、人も人工物もあまり多くなかった。だから東京に来たばかりのころは音に悩まされたんだ。
東京は日本一人口の多い都市だからどこへ行っても雑踏がまとわりつく。人の会話、生活音、乗り物などの機械音と、どれも数が多いうえに距離が近いから大きく聞こえる。とくに人の声が気になった。
外へ行くと、大勢が大声で会話しているように聞こえて常にうるさい。カラオケボックスやゲームセンターの中にいるようだ。こんなに騒がしいのに、ほかの人たちが気になっていないことが不思議だった。でもある日、騒音の正体はヒトが発している声じゃないと気づいた。
電車に乗り、目的の駅に着いたらホームへ降りた。ホームから改札へ向かっていると、ざわざわと騒々しい。寝不足だったから癇に障り、周りの人たちを見た。
そこで気づいた。みな口を結んでいて言葉を発していない――と。思えば電車を利用する人は、たいていスマートフォンを操作していて無言だ。それに会話する場合は、相手が近くにいるので大声をだす必要はなく、そんなにうるさくない。
変だと気づいた瞬間に、人の声が通常のボリュームになり、せわしく行き交う靴音のほうが大きく聴こえるようになった。そして雑踏にいるようにうるさかった音も消えていた。
この変化でこれまでうるさいと思っていた音は、ヒトが実際に話していたものではなく、別の音を拾っていたと認識したよ」
コオロギは世間話でもするように、いつもの口調で話している。俺は気になることがあって、話の途中だったけど質問した。
「なあ、コオロギ。
実際の音なのか怪奇現象なのか区別ができないなんて、生活に支障はないのか?」
「ん――……。
はじめは慣れない東京生活だから精神的に不安定で、幻聴の類いなのかと悩んだよ。でも何度か似たような体験をするうちに、カタチのないナニカが影響してると気づいた。
それからは実際の音なのか妖系の音なのか、区別する対処法を見つけたから大丈夫かな」
「対処法があるんだ? それはだれかに習ったのか?」
「自己流だよ」
「どうやるんだ?」
「さっきの雑踏のような音をだす妖の場合はね――」
そう切り出してコオロギは話し始めた。
▼ 第34話 へ ▼
▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン
