『ホラーが書けない』34話 問答無用で現れるアヤカシの対処法【Web小説】
第34話 頼れるのは自分だけ。だから経験を積む
夜の街を歩きながら俺――紫桃――の隣でコオロギ――神路祇――が不思議な話をしている。
コオロギは幽霊や妖怪などの妖の類いから好かれるようで、奇妙な体験を多々してきている。それでも「音」にまつわる妖の体験は少ない。
貴重な体験談なので俺はコオロギの話に集中する。
「仕事帰りに友人と食事をした。
人気のお店でね、入ったときから満席だった。でも予約してたからすぐに席に着けて、料理を注文し終わるとおしゃべりが始まった。
職場のことや友人が海外旅行したときの話など話題は尽きない。とても楽しい時間をすごしているけど、気が散ることがあって集中できなかった。
気を散らす原因は音だ。雑踏の中にいるように店内が騒がしくて、友人の話が聞き取りにくい。うるさいのはどこの席だと、通路を挟んだ席にいる客を横目で見てみた。
二人組は楽しげに話しているけど、内容までは聞き取れない音量だから、ここは違う。次に四人組を見てみたら口は動いてるけど、内容までは聞こえないボリュームだ。ほかの席も確認したけど、大声で話している人はいないようだ。
該当する客がいないことに違和感をもち、店内全体の会話を聞こうとした。すると、さっきまでの騒音は消えていて、ふつうの会話レベルの音量になっていた。
音の怪異は経験してたから驚きはしなかったけど、また余計な音を拾っていたのかとうんざりした。でもこれで安心だ。音の妖は正体に気づくと、消えてしまうからもう問題はない。
気を取り直して食事と会話を楽しんでいると、今度は友人の声に雑音が混ざり始めた。
友人が話していると、友人の背後あたりからざわざわと音が聴こえる。ボリュームは大きいのにくぐもっていて、大勢の声が入り交じっているような感じで聞き取れない。こいつは前の妖とはタイプが違うと気づいた」
コオロギは当時を思い出すように音の妖の体験を語っている。いつもの明るい表情はなく、真面目な顔つきをしていて迫力がある。
質問できる雰囲気じゃなかったので、俺はそのまま聞き続けた。
「友人の背後から発生している音は、友人の声よりも少しずつ大きくなっていく。だんだん聞き取りにくくなる友人の言葉を聴き取ろうと意識を向けると、比例するようにソイツの音が大きくなるんだ。
以前の妖は集中して聴くと消えた。ところが今回は意識を向けると逆に大きくなっていく。前とパターンが異なるので会話しながら対処法をさぐっていくことにした。
まずは情報収集だ。店内全体に意識を向けてみると、最初に聴こえていたあの雑踏は聞こえず、怪音がしているのは友人の背後からのみ。そうなると周りの人は関係がないので友人が起因するナニカだと直観した。
正体がつかめれば対象に合わせてやり方を変えればいい。最初の妖は意識を向けたら音が消えた。今度の妖は意識を向けると音が聴こえる。こいつの対処法は逆パターンかもしれない。
そこで友人に意識を集中させるのではなく、周りに意識を散らして全体を聴き取るようにした。すると効果てきめんで、友人の後ろにあった騒音は小さくなった。
ルールがわかると音の妖は対処できる。でも二種類の音の妖がいるから、片方に対処するともう片方の妖の音が聴こえてくる。切り替えながら対処していたけど、店にいる間はどちらかがずっとうるさく聴こえていて、半分くらいしか楽しめなかった」
遅い時間なのに新宿は人が行き交ってざわざわしている。コオロギが体験した怪異と状況が似ているから、容易に想像できて怖さを感じている。
こんなに騒がしい街中でも、コオロギの声はよく通って聞き取りやすい。街のざわつきに怖さを感じつつ、コオロギの話に耳を傾け続ける。
「経験が少ないと妖系の怪異に遭っているのか、それとも精神が不安定だからなのか区別ができない。でも何度か経験すると、妖のデータが集まって怪異のパターンに気づけるんだ。
自分が置かれている状態がわかれば、あとは簡単だ。手あたり次第さぐっていき、妖の対処法を見つけるだけだよ」
俺はこれまでクールに対応しているコオロギの体験を聞いていたから、妖との遭遇はあまり心配してなかった。でも本当はかなり危ない状況なのでは……?
知らないうちに怪異に巻きこまれ、生活を侵食されるなんて神経が休まらない。コオロギはこのままで大丈夫なのか?
並んで歩くコオロギは頑丈そうに見えない。中肉中背で肌は白く、一人でいるときはどこか儚げさもあるエキゾチック美人で、この世に存在していないような雰囲気も時おり見せる。
コオロギはつらいようすを見せない。隠しているだけで実際はかなり苦労をしているのではと、今さら心配になる。
コオロギは歩きながら会話を続ける。
「それにしてもさあ、『音』の妖は厄介だよ。
妖に手を引っぱられたり幽霊らしきモノを視たりすると、ナニカが起こっていると自覚できる。
でも無意識のうちに音を感知するパターンはなかなか気づけないからね」
かなり嫌な目に遭っている体験を聞き、難儀しているコオロギにどう声をかけようかと迷う。しかし俺はコオロギを見たら、ふき出しそうになってしまった。
弱々しい顔をしていたらどうしようと気をもんでいたのに、ハムスターのように頬をぷくっと膨らませて口を結び、明らかに怒って機嫌の悪い顔をしていたからだ。漫画のように露骨すぎてシリアスなシーンはぶち壊しだよ。
酔うといつも以上に感情が正直にでるコオロギ。俺は笑いをこらえながら、ホラーにならないとほっこりした。
▼ 第35話 へ ▼
▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン
