『ホラーが書けない』35話 怪音は合図? なにを意味するのか【Web小説】
第35話 アヤカシは言葉ではなく音で伝えている?
俺――紫桃――は夜の街を歩いている。今宵は満月だというのに人工の光であふれる新宿では月の存在はうすい。
隣には友人・コオロギ――神路祇――が並んで歩く。長いまつげに大きな目、バランスのとれた鼻は、少し日本人離れした端正な顔つきをしている。エキゾチックな美人の口から語られる話は、容姿とは似つかわしくない怪しげなものだ。
コオロギはさっきまで雑踏のような音の怪異に悩まされたという体験を語っていた。
ざわざわと耳障りなうるさい音。聴こえているのは実際に流れている音なのか、それとも妖系で常人には聞こえない音なのか、見分けるまで苦労したらしい。
零感の俺には妖が見えないし、超常現象にも遭遇しない。経験できないからコオロギの体験談をもとに情景を推察することしかできない。知らないのに軽々しく言葉をかけると失礼な気がした。
かける言葉に迷ってコオロギのようすをうかがうと、ぷうっとふくれっ面をしている。きれいな顔が台無しで笑いそうになり、しんみりしそうな空気は吹き飛ばされて救われた。
新宿駅へ向かう道中は深夜とあって、さすがに人通りも車も減る。それでも車が走る音、街路にいる人の声などが常に聞こえていて、音が途切れることはない。そんな中でもコオロギの声は耳に心地よく届く。
てくてくと歩くコオロギは感情が昂ったままで、ぷりぷりした口調で奇妙な話を続ける。
「妖はこっちの都合などおかまいなしに、ちょっかいをかけてくる。いきなり音を鳴らすことだってあるんだ。
会社へ行くため家を出た。駅へ向かう途中に大きな街道が走っていて、ここで信号につかまることが多い。その日も信号待ちとなって、信号が変わるのをぼんやりと見ていた。
『シャラン シャラン』――と、ふいに音がした。薄い金属が互いにふれて鳴り響く軽い音だ。
すぐ後ろに人が来たようなので横断歩道を渡りやすくするため、立っていた位置から横にずれて道を空けた。邪魔になっていないか確認するため後ろを見たけど、だれもいなかった。金属音だけの妖だったよ」
話し終えたコオロギにすかさず質問した。
「音だけ?
これまでの妖は腕をつかんできたこともあったのに……。
珍しくないか?」
「音だけだった。しかも一度だけ」
「一回だけ? それなら近くに人がいたんじゃないのか?」
「自分もそう思った。でも歩道に人はいなかった。
歩道沿いのマンションのベランダも見たけど、どこも窓は開いてなくてカーテンも閉じてた。もちろん人はいなかったよ」
「じゃあ、遠くで鳴った…とか?」
「音は真後ろあたり、しかもかなり近い位置で聴こえたんだ。
それなのに該当する物がさがせなくて、なんだったのかわからずじまい」
コオロギは顔を小さく左右にふってお手上げだというように肩をすくめた。少し歩を進めると今度は怪訝そうな顔になり、腕を前に組んで話を続ける。
「音は最初に聴いたとき、鈴に似てると思ったんだ。
神社にある『神楽鈴』の音が近いかな? 複数の金属がぶつかり合って鳴っているようだったからね。
でも人が出した音ではなく、妖とわかってからは、鈴のイメージと合わないと思った。音はあまり加工されていない素朴な物、鈴よりも軽い音をだす物……。いろんな金属を想像していたら、『錫杖』が思い浮かんだよ」
「鈴とシャクジョウ?」
俺の日常では縁のない物が怪異の候補に挙がった。鈴はわかるけどカグラ鈴がどんなものか知らない。シャクジョウなんて初めて聞いた。全然イメージがわかないから、どんな物か聞こうとしたら、コオロギのほうから説明してくれた。
「神楽鈴は、2センチくらいの金色の鈴がたくさんついてて、つかむための柄がある。神社の神事で『神楽』を舞うときに、手に持って鳴らしている鈴といえばわかりやすいかな?
神社を参拝したときに使ったことがあるから鈴の音を知ってるんだ。振るとシャラシャラと軽やかに鳴る。音が似ていたから最初は神楽鈴が浮かんだ。でもしっくりこなかった。
違和感をもっていたら、ふと錫杖が頭に浮かんだ。錫杖は、そうだなあ……。寺の境内に大師像が立っていることがあるけど、僧が手に持っている長い棒のことだよ。錫杖は先端の部分が金属製になっていて、振ると金属同士が当たって音が鳴る。
調べると、錫杖は修行僧が山林へ行くときに携行して、動物除けとして鳴らす用途があるらしい。さすがに錫杖は使ったことないけど、なぜか振っているイメージがわいたんだ」
「なんでその二つなんだ?」
「あくまでも自分が聴いた瞬間のイメージだよ。音は『報せ』の意味があるから、できれば意味を知りたい。音を鳴らした『現物』が視えたら音の意味がわかったかもしれないけど、いまだに明確な答えはでていない。
でもねえ、思い浮かんだこの二つには共通点があるんだ。鈴も錫杖も『魔除け』の能力があるらしい」
「魔除け!?」
「紫桃~、そんなに驚くなよ~。
大丈夫、大丈夫。魔王なんて出てこないから(笑)」
「そんなの出るとは思ってないわ!」
「紫桃はビビりだからな~(笑)」
だ――か――らっ!
俺が怖いと思うのはコオロギの体験談だけだ!
そう言いたいけど、下手なことを言ってコオロギが体験を語るのをやめると困るから黙っておく。
音の妖にふり回されたことを思い出して、ぷりぷりしていたコオロギだけど、今は俺をからかって楽しんでいる。感情に合わせて表情がめまぐるしく変わってて、見ているだけで俺まで楽しくなる。
学生を卒業したら嫌でも社会人の仲間入りだ。仕事の重責、社会人としてのプライドなど、外面ばかりを気にして自分のことは二の次にしがちだ。羽根を伸ばせるような場所は少なく、素を見せられる人も少なくなる。でも今の俺は言葉を飾ることもなく、体裁を気にすることもない、自由だ。
いい年齢の大人なんだけど、コオロギといるときは子どものときのように感情のまま楽しめて心地がいい。楽しそうなコオロギを見ると、自然と口元がほころんでしまう。
俺は両手を頭の後ろで組んでから空を仰いだ。東京の夜空は、ぼんやりしていて地元の空のほうが美しい。それでもこの先、月を見て思い出すのは、コオロギと話している日の満月なんだろうなあ。
_________
【参考】
✎ ネットより
鈴:
神霊の発動を願うもの、神様に呼びかけるような役割があるとされる。また祓い清める力もあるといわれ、魔除けとしてお守りと同じように扱われている。
錫杖(しゃくじょう):
修行者が持ち歩く杖(短いタイプもある)。上部が金属製になっていて、大きな輪に複数の小さな環がある。振ったときに音が鳴る。
▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン
