これって普通じゃなかったんだ|私が我慢すれば家庭はうまくいくと思っていた
「私が我慢すれば、家庭はうまくいく」
私はずっとそう信じていました。
夫の機嫌が悪くても、私が余計なことを言わなければいい。
嫌なことを言われても、言い返さなければいい。
納得できないことも「まあいいか」と飲み込めばいい。
そうすれば家庭は平和に保てると思っていました。
でも離婚した今なら分かります。
それは家庭がうまくいっていたのではなく、私が我慢することで“形だけ”を保っていただけでした。
夫との生活では、何度も「ここは我慢しよう」と自分に言い聞かせていました。
反論すれば喧嘩になるから黙る。
傷ついても夫婦ならこれくらい普通と思い込む。
気づけばどうすれば夫を怒らせないかばかり考えていました。
いつの間にか私はどうしたいかではなく、夫がどう思うかが基準になっていたのです。
確かに我慢すれば、その場は収まります。
喧嘩にもならないし、空気も悪くならない。
だからやっぱり私が我慢すればいいと思っていましたね。
でもその平和は長く続きませんでした…
我慢を重ねるたびに「これくらいなら」と基準が下がり、気づけば自分の感情が分からなくなっていました。
「嫌だ」「悲しい」「おかしい」という感覚すら曖昧になっていったのです。
私は家庭を守るにはある程度、我慢が必要と思っていました。
確かに夫婦には譲り合いも必要です。
しかしそれは本来、お互い様であるはず。
ところが実際は、私だけが我慢し、相手の機嫌を気にし続けていだと思います。
それは家庭を守っているのではなく、私一人が自分を削って成立させている状態でした。
一番怖かったのは我慢をやめたら家庭が壊れるという思い込みでした。
だから嫌でも飲み込み続け、「夫婦だから」「子どものためだから」と理由を並べて自分を納得させていました。
でも離婚した今なら分かります。
我慢し続けなければ続かない関係なら、それは最初から一人の努力に依存していたということ。
私は我慢できることを「良い妻の証」だと思っていました部分もあります。
空気を壊さず、相手を立て、自分を後回しにすることが正しいと信じていたのです。
でも本当は逆でした。
苦しいときに「苦しい」と言えること、嫌なことを「嫌だ」と言えること、その違いを話し合えることこそが健全な関係だったのだと思います。
長い間、我慢しない私はわがままなのでは…?と思っていました。
でも、自分の気持ちを大切にすることと、わがままは違います。
相手を尊重しながら自分の気持ちも伝える。
違いがあれば話し合う。
それが夫婦関係では大事なんだと思います。
離婚後、もっと早く我慢をやめてもよかったと思いました。
嫌だと言ってもよかったし、傷ついたと伝えてもよかったはず。
そして何より、私一人が我慢し続けなければ壊れる家庭なら、それは最初から健全な形ではなかったのだと気づきましたね。
「私が我慢すればうまくいく」と思っていた関係は、実は一方的な支えの上に成り立っていました。
家庭は一人が自分を消して守るものではありません。
お互いが安心して自分でいられ、違いを話し合える関係こそが本来の家庭なのかなと…
今ならはっきり言えます。
私が我慢しなくても続いていく関係こそ、私が本当に欲しかった家庭だったなと思います。
「このシリーズを読んで『私も同じかもしれない』と思った方へ」
モラハラは、日常の小さな支配から始まることも少なくありません。
私自身も、「これくらい普通なのかな」と思いながら過ごしていました。
もし今、
「離婚した方がいいのかな」
「でも、何から準備すればいいか分からない」
そんな気持ちを抱えている方がいたら、私が実際に離婚前に行って本当に役立った準備をまとめた記事があります。
感情だけで動くのではなく、「あのとき準備しておいて本当に良かった」と思えたことを、実体験をもとにまとめました。
少しでも参考になれば嬉しいです。
