K-42【第13話】「しずかに」
懐中電灯の光が、図書室の扉の前で止まっていた。
第7区画のみんなが息を潜める。
誰も動かない。
古い換気設備の音だけが、遠くで低く唸っている。
K-42は本棚の影で、自分の胸を押さえた。
どき、どき、と速い。
こんな音、
人間にも聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい。
扉の向こうで、男の声がした。
「……鍵かかってるな」
「開けますか?」
「いや、まず他を確認しよう」
懐中電灯の光が動く。
足音が少し遠ざかる。
けれど完全には消えない。
まだ近くにいる。
K-42は小さく息を吐いた。
その瞬間。
――くしゅん。
小さなくしゃみが響いた。
「!?」
全員がそちらを見る。
本棚の下。
小さな灰色のハムスターが、
口を押さえて固まっていた。
しまった、という顔。
廊下の足音が止まる。
「……今、何か聞こえなかったか?」
懐中電灯の光が戻ってくる。
第7区画のみんなが緊張する。
K-42の耳もぴんと立った。
どうしよう。
このままだと、見つかる。
その時だった。
L-13がすっと立ち上がる。
そして図書室の奥へ向かい、
ーーーーー古いスピーカーのスイッチを押した。
ぶつっ。
次の瞬間。
ガガガ……という大きなノイズ音が、廊下の反対側から響いた。
「うわっ!?」
「なんだ!?」
人間たちの声が遠ざかる。
「向こうだ!」
足音が急いで離れていく。
やがて、完全に聞こえなくなった。
静寂。
図書室のみんなが、一斉に力を抜く。
「た、助かった……」
K-42はその場に座り込む。
灰色のハムスターは、耳をしゅんと下げていた。
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫」
L-13が静かに言う。
「誰でもくしゃみはする」
K-42は目をぱちぱちさせる。
L-13は、思っていたよりずっと落ち着いていた。
まるで、こういうことに慣れているみたいに。
「L-13、すごいです」
「昔、何回も隠れたから」
その言葉に、図書室が少し静かになる。
K-42は胸の奥がざわついた。
“何回も”。
つまり、第7区画のみんなはずっとこうしてきたんだ。
見つからないように。
静かに。
存在しないみたいに。
K-42は本棚を見上げる。
たくさんの本。
言葉。
知識。
みんなここで、
静かに時間を重ねてきた。
その時、
研究員が小さな声で言った。
「……このままじゃ、いつか本当に見つかる」
誰も返事をしない。
でも、みんな同じことを考えていた。
K-42はそっと、白衣の袖を握る。
上の階へ戻れば、普通の日常がある。
エレベーター。
コーヒーの匂い。
朝の挨拶。
けれど今、
その“普通”が少し遠く感じていた。
