K-42【第5話】「押してみる?」
エレベーターの中は静かだった。
機械の低い駆動音だけが、
狭い箱の中に響いている。
K-42と女性研究員は、
並んで立ったまま動けずにいた。
目の前には、
存在しないはずのボタン。
7
淡く光るその数字を、
K-42はじっと見つめる。
「……前から、あったんでしょうか」
「いや……私は見たことない」
研究員の声も少し緊張していた。
K-42はゆっくり近づく。
小さな白い手を伸ばしかけて、
止める。
「押したら、どうなると思いますか」
「分からない」
「怖いですか?」
「ちょっとね」
研究員は苦笑した。
でも、
完全に止めようとはしなかった。
K-42はボタンを見る。
研究施設には、
押してはいけないボタンがたくさんある。
非常停止。
警報。
緊急封鎖。
人間たちは、
“押す前に考える”を大切にしていた。
だからK-42も考える。
押したら、
何が起きるのか。
けれど。
知らないままというのも、
なんだか落ち着かなかった。
「……少しだけ、気になります」
「うん」
「少しだけです」
「うんうん」
研究員が笑う。
K-42は決心したように、
小さく息を吸った。
そして。
ぴ。
7のボタンを押す。
一瞬、
何も起こらない。
次の瞬間。
ブゥン……
エレベーターが動き始めた。
K-42の耳がぴくりと動く。
「うわっ」
「動いた……!?」
研究員が壁につかまる。
だが妙だった。
普通の上昇感ではない。
ふわりと浮くような、
変な感覚。
階数表示は変わらない。
7
ずっと、
7のまま。
時間の感覚がおかしくなる。
数秒なのか、
数分なのか分からない。
やがて。
チン。
静かな音と共に、
エレベーターが止まった。
扉がゆっくり開く。
K-42は目を見開いた。
そこに広がっていたのは、
研究棟とはまるで違う空間だった。
暗い廊下。
天井の古い照明。
埃をかぶった案内板。
そして壁には、
色あせた文字。
第7区画
行動観察研究エリア
空気が違う。
古い。
眠っていた場所みたいだ。
「……本当に、あったんだ」
研究員が呟く。
K-42はゆっくり一歩踏み出す。
ぺた。
床に小さな足音が響く。
その瞬間。
廊下の奥から、
かすかな音がした。
――ぺた、ぺた。
K-42の耳が立つ。
今の足音。
自分と、
よく似ていた。
